~判の八・結~
彼女はカーテンの隙間から、帰国する一行を眺めていた。
白馬に乗る娘の姿が、随分と逞しくなったように感じる。
「一緒にお帰りになれば宜しかったのではないですか? エイダ様」
「その話し方はやめて、フローラ」
アハトの女王エイダは、拗ねた子供の様に口を尖らせた。それを見たエルバドスの女王フローラは、穏やかに微笑む。
公の場では、常に毅然とした態度を崩さないエイダ。これほどリラックスした表情を見せる相手は数少ないだろう。フローラは、エイダが変わらず心を開いてくれている事が嬉しかった。
「ごめんなさい、エイダと二人きりなんて久しぶりだから」
「正確には、二人きりとは言えないけれどね」
エイダが部屋の隅を見やる。
姿は見えないが、護衛役が潜んでいるはずだ。尤も彼女達は影。エイダ達が何を話そうが、護衛に必要な情報以外を記憶に残す事は無い。そう教育されている。
「頼もしいじゃない」
「まぁね」
エイダは肩をすくめ、フローラと共にベットに腰かけた。
「懐かしいわね、昔は良くこうしてお喋りしてた」
「そうね、エイダは知らぬ間に寝ちゃってる事が多かったけど」
「……昔の話でしょ」
エイダが再び口を尖らせる。
そのまま二人は並んで虚空を見詰めた。自然と幼き頃を思い出し、笑顔が浮かぶ。
「これから忙しくなるわね、城内の人間全てを徹底的に調べる必要が有る。ナミルに細工とやらをされた者が、アハトにもいるかもしれないし」
「近隣諸国への通達も早める様に手配しておくわ、なるべくウチの弱みにならないようにね」
「フローラなら大丈夫でしょ」
「どうかしら、何せ相手は海千山千の猛者ばかりだもの」
そう言って二人はクスリと笑う。互いを信頼している故に、その苦労も手に取る様に感じられた。
「本当に、これで良かったの?」
フローラがポツリと呟いた。
それまで笑顔だったエイダの表情に影が差す。
「フローラも分かっているでしょう……」
エイダは再び虚空を見詰める。その思い出にはエイダとフローラと、そしてもう一人の姿が映し出されていた。
「あの子も、何時の日か知る事になる。その時まで、あの子を導くのが私の使命……」
フローラはエイダの手をそっと握る。
「エイダ、一人で抱え込まないでよ?」
「大丈夫、ありがとう」
エイダはフローラの手を握り返し、家族にも見せない様な優しい微笑みを浮かべた。
全ては動き出した、もう止める事は出来ない。
エイダは己に言い聞かせる様に呟いた。
「大丈夫、私もあの子も……」
エイダはベットから立ち上がり、テーブルに置かれた一冊の本を手にする。
本の表面を撫でると、不気味な程滑らかな感触が指先に伝わってきた。
「彼女の遺志は、私が継ぐ……」
それが彼女の為なのか、自己満足かは本人にも分からない。
エイダは窓際に歩み寄ると、再びカーテンの隙間から外を眺めた。一団は既に個人の判別が出来ない程、小さくなっている。
「そう、これは彼女の遺志であり、私の意志……」
胸が締め付けられるような思いに耐えながら、エイダは見えなくなるまで娘達を見送っていた。
御覧頂きありがとうございます。
第弐章もなんとか書ききれました。
執筆途中に副業で1,000文字以下のショートシナリオばかり大量に書いていたら、語彙やセリフ回しの難しさや大切さを改めて実感。
制限付きで文章を書くと、色々と見え方が変わるものですね。
特に中盤から後半の戦闘シーン。オリヴィアはあえて同じようなパターンの繰り返しにしましたが、今だったら同じような動きでも、もっと多様な表現に出来たかもと考えてしまったり。
我ながら修行が足りないと痛感するばかりでございます。
最後まで読んで頂けた皆様には感謝しきりです。
重ねて御礼申し上げます。
ありがとうございました。
少しでも楽しんで頂けましたら幸いです。




