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約束の空に君を乗せて  作者: 御堂寺 祐司
第三章 『Imagination means nothing without doing.』
22/33

お片付け、しちゃうね♪

 翌朝、エレナは目を覚ますと「もう大丈夫だよ」と無邪気に笑った。


 熱もすっかり引いており、顔色も良くなっている。


 胸を撫で下ろしたリュート達は、エレナにしばらく安静にするように伝え、アイオンの空戦機を整備するため揃って工房へと移動した。


「――アイオンさん、ありがとうございました」


 工房でアイオンの空戦機を整備する傍ら、リュートは改めて頭を下げる。


「ああ、いえ、お力になれて良かったですよ」


 面と向かって礼を言われることが照れくさいのか、アイオンは後頭部を掻いた。


「それにしても、これにあんな小さい子が一人で乗っていたなんて信じられませんね」

ダルマの巨体を見上げながらアイオンが言う。


 工房内を仕切るように吊るされた暗幕。ダルマが目立ちすぎる為にサクミとジルが用意した簡易の目隠し。その幕の内側で、アイオンは熱心にダルマを注視していた。


 アイオンから治療を受けるうえで、リュート達はエレナに関する情報のほとんどを説明していた。その方がエレナの出自について色々と聞き易いだろうと判断してのことだ。

 話を聞いたアイオンはエレナの記憶を取り戻すことに協力すると申し出てくれ、参考までにダルマを見せて欲しいと強く頼み込んできた。

 穏やかなアイオンが見せた熱意に多少面食らいながらも、リュート達はアイオンをダルマまで案内した。


 ダルマの威容を前にして、アイオンは感嘆の吐息を漏らす。


「これはもう修理出来ているんですか?」


「まあナ、外側は見た目ほどは壊れてなかったんですぐ終わったヨ。中身は良く分からない部分ばかりだったけど、まあなんとかナ。恐らくはもう飛べるはずだヨ」


「あとは動力部を動かすのに必要な燃料さえ判明すれば、ですけどね」


 サクミのザックリとした説明をジルがすかさずフォローする。


「燃料、ですか……」


 アイオンの瞳が僅かに曇る。それは注意して見ていなければ気付かないぐらいの小さな変化ではあったが、整備士として鍛えたサクミの観察眼はそれを見逃さなかった。


「ひょっとしてアンタ、何か知ってるんじゃ――」


 サクミが訝し気にそう尋ねた、その時だった。


「じゃあああああーーーーん!!」


 突如、工房内に響いた愛らしい声音に、その場に居た全員が唖然とした表情を浮かべる。

 暗幕の隙間からぴょこんと顔を覗かせたのは、先程安静を言い渡したはずの少女だった。 


「エレナ!? まだ寝て無きゃだめだろ!?」


「えー、もう大丈夫だよお! ずっと寝てるのつまんないだもん!」


 頬を膨らませながら、トテトテと駆け寄ってくる。


 以前と変わらないように見えるそんな仕草に、リュートは内心で安堵の溜息を漏らす。


 エレナが元気になったことももちろん喜ばしいが、エレナと喧嘩してしまったことがずっと心にひっかかっていたのだ。ひょっとしたらもう以前のようには笑いかけて貰えないのでは、などと心配していた。


 しかし目の前に居るエレナは「元気になって良かったな」と言えば「うん!」と微笑んでくれる。

 どうやらリュートが口にした暴言の数々も、発熱騒ぎのせいでうやむやになってしまったようで、その点だけは病気にこっそりと感謝をした。


「あ、でもね、この痣は消えないんだよう」


 そう言うとくるりと振り返って自分の足の裏側を見せる。そこに刻まれた痣は昨日見た時と変わっていない。色も大きさも。細くて華奢な足には痛々しすぎる斑紋だ。


「もうやんなっちゃう。わたしの綺麗な足が台無しだよう」


 再び頬を含ませて口を尖らせる。しかし、子供の感情と言うのは本当にコロコロと転がり続けるもので。

 次の瞬間には、エレナは視界の隅にダルマを認めて感嘆の声を上げた。


「わあ、すごーい! もうすっかり元通りだね!」


「へへっ、まあナ。私らの手にかかりゃあ、このぐらい朝飯前だゼ」


「さっすがサクミ姉ちゃんだねえ! えらいえらい!」


 サクミ達の技術を褒め讃えるようにはしゃぐエレナ。

 そんな無邪気さに溢れる仕草を前に、リュート達は相好を崩した。――ただ一人を覗いて。


「ん? ジル、どうかしたのか?」


「いえ、今ちょっと気になることが……」


 眉間に皺を刻むジルの姿にリュートが首を傾げていると、次にエレナが駆け寄ったのはアイオンだった。


「お兄ちゃんが治してくれたんだよね! ありがとう!」


 満面の笑みを浮かべ、頭を下げるエレナ。


「はじめまして、私エレナだよ! よろしくね!」


「……うん。よろしく、エレナちゃん……」


「ん? なあに? じっと見つめて……わたしの顔に何かついてる?」


「あ、いや……エレナちゃんがあまりにも可愛いらしかったから、ちょっと驚いてしまってね」


 可愛いと言われたことが素直に嬉しいのか、エレナがその頬を桃色に染めた。


「リュート! 聞いた? ねえ聞いた? わたし可愛いってさ!」


「ああ、はいはい。聞いた聞いた」


「ぶう。何よそれえ? リュートは可愛くないって言うの?」


「え? いや、それは――」


 エレナは掛け値なしの美少女だ。そりゃ可愛いに決まっている。しかし、そんなことを言えば調子に乗るのは目に見えている。

 言葉を濁しながら顔を背けたリュートの身体を、頬を膨らませたエレナがポカポカと叩く。


「おいそこ! なにをイチャコラしてんだヨ! さっさと仕事すんゾ!」


「な、なんで怒ってんだよ?」


「うっせー! うっせー! ホラ! そこにあるレンチとってくレ!」


「はいはい分かりましたよ」


 唐突に不機嫌になった長女に首を傾げつつもリュートは言われたとおりに工具を探す。しかし工具箱へ伸ばされたその手が、ビタリ、と空中に張り付くように止まった。


(なんでだ? なんで、こんなところに――?)


 伸ばした手の先、僅か数十センチ。床の上でわしゃわしゃと蠢く黒い影。


 それは、あの忌まわしき甲虫。エルサージマダラオオカブトだった。


 恐らくはエレナが開けっぱなしにした入り口から飛んで入ってきたのだろう。


「ああ! それって!」 


 硬直しているリュートの手の先を見てしまい、エレナの顔がにんまりと輝く。いやらしく曲げられた口元を見て、いつかの悪夢が頭を過る。

 エレナ(とオオカブト)に追いかけまわされた経験はリュートに新たなトラウマを植え付けていた。


「やめてくれえっ!」


 さっそく捕まえようとするエレナの手を掴み、ぶんぶんと首を振って拒否を示す。


「なんでよう? 可愛いよう?」


「可愛くてもなんでも駄目! 駄目ったら駄目! らめなのおおおおおおおお!」


 もはやなりふり構わずに懇願するリュートを見て、さすがにエレナも悪いと思ったのだろう。

 不満げに頬を膨らましながらも渋々といった様子で頷いた。


「ぶうううう。もお分かったよ!」


「そ、そうか分かってくれたか! ありがとうエレナ! 今日のお前は今まで一番光り輝いているぜ! ああ紛うことなき美少女だよおまえは!」


 ついさっき、その事実から目を背けようとしたことなどすっかり忘れたかのように、現金極まりない褒め言葉を口にする。しかし、そんな薄っぺらい賛辞でも幼い少女にしてみれば嬉しいものなのか、エレナは満更でもない様子で頬をうっすらと染めた。


「えへへ、そうかなあ。そんなに可愛いかなあ?」


「ああ。可愛い可愛い世界一可愛い」


「うふふ。分かったよお。じゃあもう、お片付けしちゃうね!」


「ああ頼む……ん? そういえば前にも言ってたけど、そのお片付けって――」



 ぐしゃり。



 問いかけたリュートの目の前で、踏みつぶされたオオカブトの内容物が床に広がった。


「………………え?」


 直前まで動いていたはずの甲虫をぐりぐりと踏みつけているのは、紛れも無く少女の華奢な足だった。固い甲羅で覆われているはずの甲虫が一瞬で潰された。

 それは一切の躊躇なく足が降り下ろされたことを意味している。


 目の前で起きたことが咄嗟には理解出来ず、リュートは呆然と立ち尽くした。


「あ……え……? お前、何をやって――?」


「だから、お片付けだよ?」


 エレナは人差し指を頬に押し当て可愛く首を傾げた。

 何かおかしなことでもあったかな――? そんな表情を浮かべてから、


「リュートはこの子が嫌だったんでしょ? だから『お片付け』したの」


 にっこりと得意げに笑う。


「いや、だからって――」


「なんで? 邪魔なものは全部片づけちゃえばいいんだよ。煩わしいことは全部まとめてポイってしちゃえばいいの」


 いったいなんの話をしているのか――困惑の表情を浮かべるリュートの前で、エレナは翡翠の双眸をすっと細めた。

 瞳の奥で冷やかな光がまたたく。


「そうしなくちゃ――――私が壊れちゃう」


 エレナの口から零れ、ポトリとその場に落ちた言葉。

 周囲の誰もが気がつかない中で、リュートだけが微笑みを湛えるエレナから目を逸らせずにいた。


「……おまえ……」


 よく見知ったはずの双眸は、どこか無機質な光を浮かべなんの感情も読み取れない。


 ぴんと張り詰めた永い永い一瞬。それを破ったのは背後から近づいてきたジルだった。


 少女の足元で起きたことに気付いた様子も無く、エレナの頭をポンポンと撫でる。


「ほら、エレナ? まだ病み上がりなんですから寝てなくちゃ駄目ですよ」


「はーい!」


「後でとっておきのプリンを持って行ってあげますから」


「わーい!」


 顔を綻ばせ、ぴょんぴょん飛び跳ねて喜ぶ姿は普段と何も変わりがないように思えた。


 しかし、離れていったエレナが残していったもの。


 原型を留めていない無残な死骸。


 もはや骸とも呼べなくなってしまった命の果てが、何かが決定的に変わり始めていることを残酷なまでにリュートへと突き付けていた。


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