10話 料理名
お願いします!
『ほら、入った入った。』
『頑張って下さいね!』
『........』
そう言いながら厨房に押し入れられた俺は呆然と立っていた。
『ほら、何でも使っていいからね。好きな物でも作ってくれ。』
『作ってくれって、言われても...』
俺はそこで言葉を止めてしまう。
厨房の中を見回す。
中には3個あるガスコンロと種々多様な包丁や器具、ボウル等が綺麗に整頓されていた。
百均のやっすい包丁やフライパンとかしか使った事が無かったので見た事が無い道具ばかり。
ガスコンロなんか見た事も無い形なので、下手に触れば壊れる気しかしなかった。
キット凄い、火力が出るんだよなぁ...という感想しか抱けなかった。
『どうしたんだい高榊君。...なにを作れば良いのか迷ってるのかい?』
『…いや うんそうです。』
本音を言おうと思っていたのだけど、柳さんがキラキラと大きな瞳を輝かせて見てくるからそう答えるしか無かった。
俺の言葉を聞いた店長は顎に手をやり俺に何を作らせようかと考えた後。
『なら早く作れる物でも作って貰おうかな。オムレツでどうだい?』
オムレツと答えた店長の言葉に、柳さんは俺より早く反応した。
『オムレツかー、高榊君にはもっと凝った物を作って貰いたかったんだけど...』
『まあ洋食屋とかなら、オムレツは最低限のステータスみたいな所があるからね。』
『ふーん。そうなんだ...まあ、高榊君なら簡単にできるよね!』
柳さんが俺に振り返ると良い笑顔でそう聞いてくる。
そんな事を言われれば、首を縦に振る事しか出来る訳が無かった。
『あ、当たり前じゃないか柳さんっ!待ってて、美味しいオムレツを作ってくるから。』
『はい!じゃカウンターで待ってますね。』
そう言うと、柳さんが厨房から出て行く。
店長は俺の手腕を見る為に出ていってはくれず、じっと見つめてくる。
『ほら、どうしたんだい?高榊君。卵は其処の冷蔵庫に入ってるからね。』
『は、はい。 』
言われた通り、卵を冷蔵庫から出す。
取り敢えず卵が必要だと言う事は分かったので俺は冷蔵庫からパックに入っている卵を華麗に全部取り出した。
取り敢えず、適当なボウルに卵を全部わって掻き混ぜるが此処で動きが止まってしまうが其れには理由があった。
其れは...オムレツがどんな料理なのかをちゃんと覚えて無かったからだ。
ちょっと待ってくれ!!俺は料理が下手じゃない!!其れはホントだ。
嘘じゃない!
俺は古本屋で買った数冊の料理本は全部作れる様にまで仕上げたし、今でもどんな料理か言えばすぐに作れる。
だけど、生活費に回す金が少なく料理本に書かれている料理は一度しか作った事がなかった。
そのせいで名前を聞いただけじゃ、どんな料理か分からなくなってしまったのだ。
数分ぐらい掻き混ぜ続けているが、どうやってもどんな料理かは思い出せない。
異常に卵を混ぜ続けている俺を店長は見てくるがどんどん視線が痛くなっているような気しかしなかった。
店長の視線が怖いが仕方が無いと結論づけた俺は尋ねる事にした。
『あの...すいません店長。』
『どうしたんだい?高榊君。』
『あのぉ、その...ですね? 怒らないで聞いてもらいたいんですがぁ...』
『ん?大丈夫、怒らないよ。』
『ホント...ですか?』
『約束するよ。』
初めはおどおどしていたが、怒らないと約束してくれた心優しい店長に俺は安心して聞こうと思えた。
『オムレツって、どんな料理ですか?...お菓子?』
『…… え?』
店長の少し渋く感じる格好良い声が何故か厨房内で響いた様な気がした。
俺は分からない物は分から無いのでしょうがないと考え店長の言葉を待ち続けた。
数十秒ぐらい店長は黙り続けた後、口を開いた。
『……フライパンにバターを引いて、塩と砂糖で味付けして溶いた卵に表面は焦げ目なく中はトロトロに焼いた料理、だよ...』
店長の声は徐々に小さくなっていく。
きっと俺に期待していたけど、気の所為だったのかと勝手に結論づけたのだろう。
...確かに、普通の人間ならそう考えて結果も同じ様に終わるかもしれない。
だけど、俺は数々の訓練された男だった。
店長の話を聞いて一瞬でどんな料理かと思い出し、フライパンを熱し始める。
『店長。確かに料理名は分かんなかったですけど......其れぐらい簡単に、作れますよ。』
『そ、そうかい...頑張ってね。』
店長は話を合わせる様にそう答える。
俺は適温になったフライパンに一欠片のバターを落として溶かしながら、信用してくれて無いなと理解し黙り込んだ。
『……』
バターが完全に溶けるまで待った後。
俺は簡単に味付けた卵を熱したフライパンに流していく。
そして数分後、俺は有言実行するかの様に焦げ目なんか一切無い、オムレツと呼ばれる料理を完成させた。
ありがとうございました!