36話 リルの問い
「なんだ急に?」
「少し聞いてみたくなっちゃって。この世界はジンくんが知っての通り、すでに取り返しのつかないところまで狂っている。なんたって世界を動かす歯車そのものが、ズレてしまってるんだもん。もう誰にも止められず、世界は混沌に浸食されるしかない」
リルはどこまでも広がる空へと手を伸ばしながら、どこか重々しい口調でかたる。
「ははは、どうもこうも、ただ単に面白いとしか言いようがないな。普通の人間には迷惑きわまりない話だろうが、オレのようなまともじゃない人間からしてみれば、なかなか退屈しないいい世界だと思うぞ」
「ふふっ、ジンくんらしい答えだね」
「じゃあ、逆に聞くが、リルにはどう映ってるんだ?」
ほほえましそうに笑うリルに、先程の質問をたずね返してみた。
彼女がただ者でないのはわかっている。なのでなにかすごい答えを持っている気がしたのだ。
「わたし? そうだねー。正直に言うとよくわからない……、かな……。こうなることを望んでいたはずだけど、実際目にしてみるとなんというか……。うん、今さらながらすごく複雑な気分だよ。本当にこんなものを望んでいたのかなってね」
ほおにポンポン指を当てながら、首をかしげだすリル。そしてなにやら遠い目をして、物思いにふけ始めた。
「なんだそれ?」
「さあ、なんだろうねー? こればっかりは本人に聞いてみないと……」
陣のツッコミに、リルは意味のわからないことを口にする。
そのことについて聞こうとするが、彼女は話を逸らそうとしているのか話題を再び陣の方へ。
「でも、そっかー。ジンくんはやっぱりこの世界を肯定しちゃうんだね」
「世界がどれだけ狂っていようと、オレはオレのやりたことを貫くまでだ。星詠みの求道をな」
「星詠みの求道ね。でもその求めたものを手に入れた結果、ジンくんは取り返しのつかないことになるかもしれないんだよ? 星詠みとはそういうもの。人智を超えた力ゆえに、いづれは耐え切れなくなってしまう」
リルは陣の上着をぎゅっとにぎりしめながら、身を案じるように告げてくる。
「それがどうした。壊れたなら、オレがその程度だっただけのこと。禁忌の力に手を伸ばそうとしてるんだから、そのぐらいの覚悟はとうにできてるさ。すべては前に進むため。力を持て余してるこの停滞した時間から、抜け出したいんだからな」
陣は自身の想いをかたりながら天に手を伸ばし、なにかをつかみ取るかのよう拳をにぎった。
それから再びリルに向き直り、四条陣の力への渇きを告白する。
「なんたってガキのころからもう、魔法やそこらの星詠みといった表側の世界の景色を見透かしちまってるんだ。読み解いてしまったがゆえに面白みがなく、新鮮味が感じられない。そう、この渇きを満たすには、もっとケタ違いの劇薬が必要だ。オレの力でどうすることもできないぐらいの難解に出会うことで始めて、この空虚な生から脱することができる……。ははは、ようは未知を求めて、生を実感したいってわけだな」
「ジンくんはあの子と同類だけど、違う選択を選んだんだね。あの子はその果てに絶望を。キミはその果てに希望を見出した。それは実に愚かで間違った答えだけど、わたしにとっては狂おしいほど愛おしい」
するとリルはすべてを見透かしたような瞳で陣を見つめ、一人で納得を。
「ふふっ、やっぱりこれがわたしの嵯峨なんだね。ジンくんが行き着く果てを知りたくてたまらない。キミとどこまでも堕ちていって、壊れたいだなんて……。――ねえ、ジンくんは幸か不幸か女神に、はたまた悪魔に魅入られてしまったようだよ。だから引き返すなら早い方がいい。でないと狂い狂った運命はキミの手をとらえ、離してくれなくなっちゃうから」
リルは数歩下がり、陣へ心の底から慈しむようなまなざしを向ける。そして祈るように手を組み、意味ありげにウィンクしながら忠告してきた。
「ははは、上等だ。そんな面白そうなこと、オレからつかみにいってやるよ。たとえその果てに、滅びしか待ってなくてもな」
だが陣はリルの不吉な予言を、歓迎だと笑い飛ばした。
おそらく彼女の言葉はまぎれもない真実なのだろう。陣自身、ここで引かなければ取り返しのつかないことになる予感がしているのだ。そう、これ以上リルに近づけば危険だと、人としての本能が叫んでいるのだから。しかしその程度で引く陣ではなかった。みずからの力の渇きを潤せるなら、たとえ地獄の片道切符であろうと喜んで突き進む。それが四条陣なのだ。
「ふふっ、あぁ、それでこそわたしの……」
リルは満足げにほほえみ、愛おしそうに手を差し出してくる。そして万感の想いを込めてなにかをつぶやこうと。
だがその言葉は紡がれることはなかった。なぜなら別の第三者の声が割り込んできたのだから。
「陣くんだー! やっほー、奇遇だねー」
後ろを振り向くと、灯里が元気いっぱいに走ってくる姿が。
「一人でなにしてるの?」
「一人?」
灯里はおかしなことを口にする。
ここには陣とリルがいるので、一人という言葉はありえない。なので疑問を抱きながら、再びリルの方へ視線を。するとさっきまで彼女がいた場所には、驚くことに誰もいなかったのだ。
「どうしたの? 狐に化かされたような顔して」
灯里はほおに指を当て、首をかしげてくる。
「――いや、別になんでも……」
「あ、そうそう、実は陣くんに、手伝ってもらいたいことがあるの!」
灯里は内心混乱している陣をよそに、手を合わせ勢いよく頼みごとをしてくるのであった。
次回 仲良しコンビ




