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異世界に来たけど義母が5人もいた上に結構ハードモードだった。  作者: 雨露口 小梅
第一章 撤退支援戦闘(ウィズドロワル・サポート・バトル)
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◇06 把握 命令 (オーダー)

 【国境・王国側谷】


 高地の乾いた土を跳ね上げて5頭の騎馬が駆ける。


 両脇は岩山が迫る谷あいで、陣を敷いた入口と同じような狭い幅を持っていた。

 そして奥行きは深かった。


 敵の騎馬隊に追撃を許したら、この谷から逃げ切るのは至難の業だ。

 迎え撃つならこの狭さは理想だが、逃げるにはこの谷は長すぎる。

 早いところ、この谷の入り口での防衛を切り上げて、先手を打って後退しないと、とんでもない事になる。


 総裁がどうして、馬を飛ばせば僅かな距離の場所でのんびりしているかがわかった。

 きっとその場所は、谷が終わり開けた場所の筈だ。


 そこに軍を集中すれば、谷で兵力を全面に集中できない敵を防ぐことが出来る。

 本当の殿しんがりはそこにいる。


 「やはり俺は死んでもいい存在……」

 「いや……。俺を殺したいやつがいるかもしれない」


 情報がないために、妄想ともとれる想像が膨れ上がる。

 流れゆく景色を見ながら、次の展開を考えていた。

 どうしたら生き残れるか。

 どうしたら情報を得られるか。


 それにしても、驚いた事に体は騎乗を覚えていた。

 という事は、記憶がないのは俺の意識の方で、体が覚えている事はその時になれば動くという事だった。


 「シュラー」


 後ろに向けて声を発するが、返答がない。


 「シュラー!!」


 「はい」


 ようやくシュラーが轡を俺に並べてきた。

 その返事の大きさと圧力に俺は苦笑する。

 この戦場に立ってる老騎士に比べて、俺の声のなんと力のない事か。

 俺一人では弱すぎる。


 「情報が欲しい」

 「総裁はどんな人間だ?」


 「はい。ご主人様マイロード

 「トイテン・マリーエンロッゲン王国軍総帥」

 「王国七領家の保守派筆頭で、実質王国を陰で支配している家です」


 「ノイシェーハウ家に並ぶ家格ですが、向こうはそうは考えていません」

 「更にアクティム様は義子ですから見下してくるでしょう」


 「総帥は無能なのか? 有能なのか?」


 「戦争は総帥が指揮をとって負けました」

 「ですが、王都ではその責任を取る事はないでしょう」


 「戦場では無能だが、政治では有能というわけか」

 「ノイシェーハウとは敵対関係なのか?」


 「そうですね。ノイシェーハウ家は王国に加わったのは一番遅く、更に共和国革命政権に近い進歩派と言われておりますので、何かとぶつかります」


 「ただ、ノイシェーハウ家は王国筆頭援助者ですので、蔑む以外の事は出来ません」


 「筆頭援助者?」


 俺の疑問に、シュラーは意地悪な笑みを浮かべる。


 「王国に一番金を貸しているという事です」

 「ノイシェーハウ家は疎まれておりますので、後衛戦闘を命じられました」

 「政治です。失敗すれば責任を取らされる」


 「なるほど」

 「俺は新参者の更に、外様みたいなものか」

 「だからこの先に本当の殿しんがりがいる」

 「俺たちは、殿しんがりが戦うための生餌みたいなものか」


 「それを本当の殿しんがりに出来ると信じて、ノイシェーハウ家軍の司令官たるアクティム様の叔父が託したのです」


 なるほど、俺の実家のノイシェーハウ家とやらが本当の殿しんがりという訳か。


 「期待に応えられればいいのだが、俺はこの通りだ」

 「お前も俺に仕えて残念だな」


 自分が置かれた状況に嫌気がさして、嫌味を言う。


 「いえ、正確にはアクティム様に仕えているのではないのです」


 「それは面白い話だ」


 「アクティム様に家臣はいません。私たちはノイシェーハウ家の当主ロストッカー様の家臣です」


 なるほど。俺は本当に一人という訳か。


 「それで」


 「ロストッカー様は義理の孫であるアクティム様の死を望んでいない」

 「ですからアクティム様がオシメをしている頃から、私は護衛騎士を務めております」


 「ありがとう」


 「いえ……」


 俺は捨て鉢になっていた自分を少し恥じた。

 それが本当ならば、この老騎士はその後半生をかけて、俺に仕えてくれていた訳だ。

 馬を駆けさせながら、老騎士の横顔を見る。

 深く刻んだ皺は、それだけ修羅場をくぐった証拠だろうか。

 とすると、俺もそういう修羅場の中にいたのだろうか。


 まだ谷は続く。


 しかし【ノイシェーハウ】【アクティム】。

 老騎士の口から出てくる名前の響きは、俺の頭が絞り出した【ミサキ トウヤ】という響きとは異質なものを感じる。


 【ミサキ トウヤ】と出てきたのは、俺の幻想なのか?

 その他にあるのは、この世界、この体への違和感だけだ。


 これからの行動の基にするには、確信がなさすぎる。

 この馬の走りと体を撫でる風、鎧の立てる音の方が真実味がある。


 この違和感の素を見つけるのは、長い道のりになりそうだ。


 ようやく谷の切れ目が見えてきた。

 谷を塞ぐ歩哨に向かって、先行するヴェークが叫ぶ。


 「こちらはノイシェーハウ家ヴァシュリンガー隊!」

 「アクティム中隊長が総帥に面会だ。通るぞ!」


 ヴェークが旗を揚げると、塞いでいた陣が割れる。

 旗があるのか。


 三角旗に五本足の烏。

 それが俺の旗だった。


   ※


 【王国領 国境】


 谷を抜けると森を切り開いた大きな道を囲む広場に出る。

 敵の侵入を阻止するために、陣を張るには理想的な場所だ。

 俺の集成中隊は悠々と行動できる広さがあった。


 しかしそこには陣が張られておらず、国境を守る僅かな警備の兵がいるだけだった。


 「これはどういう事だ。陣が張られていないぞ」


 伏撃するために兵を隠しているのか。

 大舞台で迎撃するにはこれほど理想的な場所は無い筈なのに。

 殿しんがりはここに配置しないで、どこに配置しているのだろうか。

 馬を止めて周りの森を見まわした。


 「総裁はまだ先です」

 「この先の国境を守る双子城に向かっているそうです」


 クライナーが警備兵のところから帰ってくると告げた。


 「追うぞ!」


 再び太ももを締めて、馬を入らせた。

 幅の広い街道を駆けてゆくと、パラパラと後退する兵が見え始め、それが次第に隊列になっていく。

 街道も道幅こそ広いが、その脇はすぐに深い森に囲まれている。

 ここも谷と同じで、逃げるには適していない。

 森に逃げ込めば、部隊のまとまりが維持できなくなってしまうだろう。


 背中を丸めて歩く兵達を追い抜き、しばらくすると草原に無数の幕舎が広がっていた。

 幕舎の奥には、2本の尖塔を持つ城が遠くに見えた。

 幕舎を取り囲む兵たちはたき火を囲い、食事をしている。


 兵たちは剣を傍らに置き、戦闘に備えていたが、張り詰めた気はなかった。

 その数は万を超えている。


 自分が率いる集成中隊の10倍以上だ。

 これが殿しんがりか?

 だとすると総裁の面会の他に、その叔父とやらに会えるかもしれない。


 「少なくとも総裁に勇気は不足いていないようですな」

 「自軍の最後尾に天幕を張っております」


 シュラーが指す方向を見ると、一際豪華な天幕が立てられており、身なりの良い騎士たちが周りを固めていた。

 俺は殿しんがりと見込んでいた部隊に失望した。


 「どおりで負ける筈だ」

 「敵は目と鼻の先にいるのに、陣さえ組ませていないとは」


 「おまけに馬車が満載じゃないか」

 「敵に物資を渡して掩護するつもりか?」


 「王国領ですし、ここは双子城主メットナウ家の領地です」

 「防衛はメットナウ家の責務です」


 「これは本当にピクニックというわけか」

 「それで。そのメットナウ家の軍はどこにいる?」


 シュラーが黙って双子城を指さした。


 「敵が攻めて来たらどうするんだ?」


 「籠城でしょう」


 「その時、ここにいる軍は双子城の更に後方というわけか」

 「とすると、殿しんがりと指定された叔父の軍がそこで再編しているんだろうな」


 「そうだと思います」


 「俺たちが死んだら、ここを戦場にするわけか」


 まさに政治的決断の見本だった。


 「メットナウ家はノイシェーハウ家に近いですから、ご主人様マイロードが死んでここが戦場になったら、更にマリーエンロッゲン家が力を増すでしょう」


 「ありがとう。もう聞きたくない。心が腐りそうだ」


 シュラーに八つ当たりをするのも心苦しいが、醜い現実に吐き気がした。

 マリーエンロッゲン家軍の従者に馬を任せると総裁の天幕に向かった。

 赤いマントを羽織った立哨が槍を交差し、行く手を塞ぐ。


 「ノイシェーハウ家ヴァシュリンガー隊。総裁に面会だ」

 「時間を取らせるな。任務中だ。殺すぞ」


 俺達が谷の向こうで戦っている現実が、政治的逃走の時間稼ぎとわかって、俺も驚くほど気持ちが逆立っていた。

 王国軍の腐り具合を目にして、手続きを踏む気もならない。

 無遠慮に天幕の入り口をくぐる。


 「総裁。もう一度命令を確認させてください」


 明かりのない天幕の中は広く、後ろに二人の赤マントの衛兵を立たせて総裁がワインを飲んでいた。

 お付きの者が天幕の中を忙しそうに片付けている。


 「移動の準備ですか?」


 目の前の机には、王国の地図が広げられている。

 置かれている駒は王国軍の展開を示しているのだろう。


 国境から殿しんがりである叔父の軍と双子城を挟んで、後方に王国軍主力が展開していると思ったら、街道上に並んでいた。

 撤退している……。

 

 俺達と殿しんがり・双子城すら犠牲にするのか……。

 軍の再編はどこでやってるんだ?


 「ノイシェーハウの義子か……。敵前逃亡は斬首だぞ」

 「敬礼はどうした」


 少なくなった金髪を頭皮に撫でつけ、醜い体を埃一つついていない高価そうな軍服で包んだ男が、不機嫌そうな声を出す。

 シュラーが右腕を胸に当てるのを見て、真似をする。


 政治とはここまでやるのか。

 本当の敵は味方だというわけか……。


 「命令を確認させてください」


 「既に発した、後退援護をせよ」


 めんどくさそうに手を振る。


 「王国軍の敗走の尻拭いはわかりました」


 「敗走ではない!!」


 総裁が机を叩く、その拍子にワインが軍服に零れた。

 従者が身を竦ませる。


 「わが軍は目的を達した! 人民の政府とやらに懲罰を加えた」


 「敵は追撃をしています」


 「だからお前がいるだろう。捨て子」

 「さっさと部隊に戻って指揮を執れ。蹴散らして来い」


 あっさりと言ってくれる。

 どれくらいの敵と対峙していると思ってるんだ。

 ちらりと地図をみる。

 総裁はちゃんとわかっていっているようだった。


 「敵の数をご存知ですか?」

 「1個連隊を正面で足止めしています。その後ろにどれだけいるのかわからない」


 「我々は1個集成中隊ですよ」


 「ふん。そんなもの知っておる」

 「向こうは素人の集団だ。お前たちなら蹴散らせるだろう」


 白々しく嘯く。


 「その素人の集団に負け……」


 総裁が激しく睨んでくる。

 面会が終われば、目的は達せない。


 「私達はいつまで掩護すれば? そして私たちの後退は誰に援護してもられるのです?」


 「貴様は無礼なやつだな」

 「まあ、ノイシェーハウ育てられた孤児だからな、お前に礼儀を求めても無駄か」


 俺の事をせせら笑うと、重厚な椅子に更に身を沈めた。


 「3日固守せよ。その後独力で後退」


 「断る」

 「そのまま捨て駒じゃないですか。俺は死にたくない」


 俺は即座に否定した。


 「なんだと?」

 「総裁に逆らうというのか?」


 一瞬、怒気に顔を赤らめたが、すぐに薄笑いに変わる。


 「ノイシェーハウのガキとはいえ、今は軍の指揮下にあるだろう」

 「抗命すれば、ここで命令不服従で処刑してもいいんだぞ」


 後ろに侍る衛兵2名が剣の柄に手をかける。

 それに合わせて俺の護衛隊ガーズも剣の柄に手をかけた。


 「代わりに運の悪いやつに代わりをさせるだけだ」

 「ノイシェーハウ家の者が、抗命だなんてな。尻拭いに苦労するだろうな」

 「お前の義母は」


 圧倒的優位にいるものの余裕か。

 天幕の中で剣が抜かれるかもしれない状況にあっても、椅子から立ち上がる気配すらない。


 「それとも何か? ノイシェーハウの名前は張り子の虎か?」

 「捨て駒にする為に貴様ら辺境軍の、更に見捨てられていた独立中隊を温存していたのだ」

 「少しくらいは役にたて」


 こいつは、全ての人間が自分の為に存在していると、疑ってないんだろうな。

 残念ながら、俺は生きたい。

 そして自分が何者なのか、確かめたい。


 「援護がなければ3日は持ちません」

 「敵はすぐに貴方に追い付きますよ」


 自分の護衛隊も赤マントも剣の柄に手を当てたまま離さない。

 押しすぎると、このままここで戦闘になりかねない。


 しかし増援は必要だった。

 俺は総裁の机に手を置くと身を乗りだした。


 「格好つけて軍の最後に立っておられるようですが、行先は私と一緒になりますね」

 「首と体が離れて地獄に行きます」

 「最後のワインを味わっておいてください」


 俺は机に身を乗り出して、如何にも首を斬りおとしてくださいと言わんばかりだった。

 総裁と視線が絡み合う。


 「言うじゃないか。孤児の中隊長如きが……」


 「事実を申し上げているまでです」


 総裁が視線を外す。


 「なら、増援をくれてやる。儂より後ろにいる兵は好きに使え」

 「3日守り切ったら、直接儂に報告せよ」


 椅子に深く座り込むと満面の笑顔を向けた。


 「その時までお前が生きていたならばな」


 これで増援は手に入れられた。

 目的は達した。


 「文書にしてください」

 「今の命令をすべて」


 俺はまだ首を差し出していた。


 「わしに要求するか……」

 「いいだろう。冥土の土産だ」


 総裁が羊皮紙に命令を書き込むと、俺に投げてよこした。

 シュラーが足元に落ちた命令書を拾い上げて、俺に手渡す。


 ようやく机から手を放す。


 3日固守。増援の融通。報告。

 署名と共に全て書かれていることを確認する。


 俺は文字が読めるのか。

 一瞬だけに自分の事を考えた。


 「ノイシェーハウ家ヴァシュリンガー隊。アクティム・ヴァシュリンガー」


 俺は直立で敬礼をした。

 後ろの護衛隊ガーズもそれに倣う。


 「確かに拝命いたしました」


 「さっさと消えろ」


 「そうします」

 「後ろの2名。俺についてこい」


 剣の柄に手を当てていた総裁の護衛2名が、驚いた顔をする。


 「総裁のお言葉を聞いていたな」

 「総裁より後ろにいる者はヴァシュリンガー隊に編入する」


 「我々は総統の護衛隊ガーズである」


 戸惑いを隠せない護衛の騎士2名は、お互いに顔を合わせている。

 まさか総裁直属の自分が、と他人事だったのだろう。


 「抗命するのか? 命令不服従は斬首だぞ」

 「総裁の天幕を血で汚すのか?」


 俺の後ろにいる護衛隊ガーズが剣を抜く。


 「やめろ!」


 総裁が再び机を叩いて、制止した。


 「命令を取り消すのですか?」


 「さっさとついていけ!」


 後ろの兵士2名は、驚きの顔を隠せないまま剣を収め、命令に従う。

 自分たちが捨てられた事が信じられないようだった。


 「それでは原隊に復帰し、指揮を執ります」


 「消えろ」


 敬礼する俺の顔に金属製のワイングラスが当たる。

 芳醇な香りがした。

 流れ出たばかりの血の匂いと同じ濃い香り。


 「貴族がいたら保護しろよ」


 俺の背中に追加の命令が下された。


 それは命令書に書かれていなかったな……。

 振り返らずに先を急いだ。


 天幕を出ると、先ほど槍で侵入を阻止した立哨が固唾を呑んで俺を見ていた。

 話を聞いていたのだろう。


 「安心しろ。お前たちは総裁の前にいる」

 「生き延びられるぞ」


 あからさまな安堵の顔に見送られて、俺たちは天幕を後にした。


 俺も軍人なのだろうか。

 自分の立ち振る舞いに、自分で驚いた。




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 次回 亜人 略奪


 2016年05月20日15:00公開予定


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