◇07 亜人 略奪 (ロバリー)
【王国領 国境 双子城下の平原】
【1日目 昼前 固守残り3日】
「シュラー。シュール。ツム。ヴェーク。クライナー」
「広がって気合を入れていやれ」
5人が剣を抜いて、前方に広がる。
総裁天幕の周りで警備していた騎士や兵士たちは何事かと俺達を見る。
「赤マント2人」
「俺を超えて逃げようとするやつは敵前逃亡で斬れ」
「お前らだけ貧乏くじを引かせるな」
総裁の護衛隊の二人はにやりと笑うと剣を抜いた。
「俺から先にいる兵達を全員編入するぞ」
振り返るとすぐに目の前の兵に告げた。
「聞け!」
広がった護衛隊が俺の言葉を復唱する。
「お前達はありがたくも総裁から地獄行きを命じられた」
「地獄への引率はアクティム・ヴァシュリンガーだ」
「これよりノイシェーハウ家ヴァシュリンガー隊として、共和国の追撃を阻止する」
「お前たちの大好きな戦場へ戻れるぞ!」
「武器を取れ、荷物をまとめて準備しろ。すぐ出立するぞ」
すぐに護衛隊が動き出した。
「立て立て立てのろま共! マリーエンロッゲンの兵士はサボタージュで王国に仇名すのか?」
「それぞれの隊長は部下をまとめろ、逃げるやつがいたら、部隊の恥だぞ!」
「天幕は捨てろ! そんなもので寝られると思うなよ」
「領家の旗はいらない、王国軍の旗を揚げろ!」
何人かが一目散に、俺を超えて前方の部隊に逃れようとしたが、全て赤マントの剣に恐れをなして、元の場所に戻った。
赤マントのやつら、ちゃんと仕事をするじゃないか。
目の前にいる兵たちは失望を隠さず、諦めながらゆっくりと立ち上がった。
天幕に邪魔されて総数はわからなかったが、集められたのは500。
「2個中隊弱か……足りないな……」
「これじゃ生き残れない」
「街道を撤退している兵を編入してもどれくらいになるのか……」
体の中が寒くなった。
※
希望から絶望に叩き落された兵達をまとめた、護衛隊と赤マント2人が集まってきた。
「この兵力では足りない。ありったけの物資を集めさせろ」
「のろま集団がすぐに動くかどうか……」
シュラーが危惧を表す。
「ならこう言ってやれ」
「荷馬車を引いていないものは、優先して前線に出す」
「いいアイデアですな。それだと競って集めてくる」
「のろまの中の間抜けも篩にかけられる」
シュラーが悪魔のような笑みを浮かべる。
「相手が抵抗したら?」
赤マントの1人が聞いてくる。
こいつはもう気持ちを切り替えたようだ。
俺の部下になってきている。
「略奪しろ」
「物資を差し出すか、そいつが後衛戦闘に加わるか考えさせてやれ」
「さぁ。時間がない」
「ぐずぐずすると居残りの前線部隊が全滅して、更に苦しい戦いになるぞ」
俺は両手を打ち鳴らしながら、督促した。
それから僅かの間で膨大な物資が集まった。
シュラーがのろまと罵った集団の行動は早かった。
埋め尽くす荷馬車を前に俺は笑みを浮かべた。
「総裁はカンカンだろうな」
「既に後退していませんでした」
「それは上等だ」
赤マント達と笑みを交わす。
「名前は?」
「コルネスティ・ピシュキア」
「ジアルマタ・ノワ」
「アクティム・ヴァシュリンガーが、これから宜しく頼む」
「さぁ。戦場に戻ろう」
「進発だ」
そのまま、国境に向けて馬車の波は動きだした。
※
森を抜けている間、後退してくる兵達を全て編入した。
往路で見ていたが、殆どが負傷兵だった。
「本気でこの役立たず共を編入するんですか?」
「シュラーは優しいな。彼らは勇敢に戦ったが故に負傷した」
「だから故郷へ返してやろうという訳だ」
「そういう意味では……」
「残念ながら俺達には人手が足りない」
「自分で動けるなら役に立って貰う」
粛々と谷へ向けて隊は進んでいく。
徴集された人間と荷馬車が歩んでいくにつれ、次第に隊列が出来ていく。
負傷した兵は荷馬車の上へ。
負傷していても荷馬車の馬を御せる兵は、元気な兵と後退する。
自然と戦える者と、戦えず物資を当番する者とで分かれていく。
俺の見えないところで、護衛隊が立て直しているのか、訓練された兵というのはこういうものなのか。
今は俺の記憶を求めるのを止めて、目の前の仕事に集中した。
街道を国境へ向けて進んでいると、珍しいものを見た。
亜人と思われる一行を引きつれている部隊が道を空けて、森に入る。
亜人5人を鎖で繋ぎ、武装している兵が10人とそれを率いる隊長。
ツムが俺の傍から離れて先行する。
「お前たちもヴァシュリンガー隊へ加われ。前線へ戻るぞ」
ツムが馬上から命令する。
髪の毛と髭に埋もれたいかつい姿からは想像できない、割れていない声だった。
編入は全て護衛隊と赤マントがやってくれる。
俺はその見慣れたやり取りを横目に馬を進めた。
亜人。
午前は遠目だったから、軍服違いかと思ったが、こうして近くで見ると確かに人間とは違っていた。
人間でいえば、髪のある場所から背中を通って腰まで羽毛が覆い、肩のラインに沿って羽毛が逆立っていた。
体の全面は細かい羽毛なのだろうか。
滑らかで一見すると羽毛には見えなかった。
足は明確に人間と違い、骨に薄い皮が張り付いている感じだ。
人間とは違うから奴隷になる……か。
しかしあの怯えた顔。
知性がある証拠じゃないか?
俺は亜人を観察しながら、その一行の横を通り過ぎていった。
「まるで鳥のような姿だな」
独り言にシュラーが反応した。
「はっはっはっ。何を仰られるのですかご主人様」
「鳥とはああいうものを言うのですよ」
シュラーが指を向けた方行を見る。
それは羽毛のない翼を持つトカゲだった。
「そうか……」
「ありがとう」
「昔に戻ったようですな」
「前にもこうやって、1から教えた時があった」
「その話」
「後でもう1度教えてくれ」
「喜んで」
振り向いた時にはもう亜人たちの姿は見えなかった。
次はあの亜人たちが全面に出てくるわけか……。
「シュラー。先に行っててくれ」
「亜人を見てくる」
俺は返事を待たず馬首を返した。
※
「お言葉ですが、剣を向けられても、捕虜を渡すことは出来ません」
俺が亜人の一行の素にたどり着く頃には、亜人を護送していた10人は既に部隊に加わっていて亜人の周りにはいなかった。
隊長と思わしき者だけが、亜人とツムの間に立っている。
ツムから剣を向けられていても、動じていない。
ツムが躊躇う事を見ると、身分は向こうの方が上なのかもしれない。
「説明しろ」
俺は馬上から、神経質そうなその男に聞いた。
「この亜人はトイテン・マリーエンロッゲン王国軍総帥の直命で護送中です」
「|マイロード≪ご主人様≫の許可なしに捕虜をお渡しする事は出来ません」
「こっちはその総帥の命令で編入している」
「その命令書を見るか?」
「その必要はありません。命令には従いますが、捕虜にはその命令は適用されません」
「捕虜をマイロードに護送して頂ければ、私は貴方の元で戦います」
「なるほど」
「なら命令に従え。その捕虜は敵の奴隷だろ? 物資は全て徴発している」
「後ほど|マイロード≪ご主人様≫に説明していただけますか?」
「戦闘の報告を直接する事になっている。その時にしてやろう」
「生きていたらお願いいます」
「ああ」
「亜人の鎖を外せ。専用の馬車に載せろ」
「ヴァシュリンガー隊の賓客だ」
ツムとその部下が素早く動く。
「お前が亜人に仕えろ。名前は?」
「モニオム・ビストラ」
「素直だな?」
「命令ですから」
「結構だ」
「陣についたら、水、食糧、衣服、怪我。全て手当してやれ」
「情報を貰う。死なせた時はお前の命で償って貰うぞ」
モニオムが敬礼する。
「ついでに教えろ。総裁はその亜人たちをどうするつもりだった」
「個人的に慰み者かと」
モニオムが事務的に答える。
「そんなところか」
俺は馬を先頭に走らせた。
今度は隊が止まっている。
先頭で何かがあったのだ。
※
部隊の先頭ではシュラーと騎馬の一行が睨みあっていた。
騎馬の一行は中央に将校を配し、20人程の騎士が周りを囲んでいた。
「あの旗は?」
「プレブ家の旗です。嫡子の旗もあります」
「弱小貴族ではありますが、主人様と違い……」
「貴族でその息子だから面倒くさい……だろ」
「そうです。総裁の命令は保護でした」
「そのまま東へ行かそうとしましたが、道を空けません」
「ぼっちゃんか」
俺はそのまま、貴族の騎馬隊の前へ出た。
「お前がヴァシュリンガーか。こちらは軍務中である。早く道を空けろ」
騎馬の中から高飛車な物言いをしてくる。
「こちらも軍務中だ。それに急いでいる」
「後衛戦闘の話は聞いてないか? お前の方が数が少ない道を空けてくれ」
「貴様、貴族に話しかけるときには敬称をつけろ。サーだ」
「俺も貴族だ。サー」
「敬称を忘れないでくれ」
「孤児が!」
「身分の違いを教えてやろうか!」
ぼっちゃんの怒気が膨らむ。
「それ以上の侮辱はノイシェーハウ家への侮辱となりますぞ。お言葉を慎まれい」
シュラーが俺の後ろへ馬を付ける。
「黙れ、孤児の犬が」
貴族が1歩馬を進める。
それに合わせて護衛隊の馬が割れた。
赤に金の装飾をあしらった鎧には、傷一つついていなかった。
見れば護衛隊も戦場帰りとは思えぬ程、汚れていない。
「お前、戦場で何をしていた?」
「軍務とはなんだ?」
「貴様……」
「マリーエンロッゲン様直属だぞ。前線に立つと思うか?」
「偵察だ」
「総帥の軍はもう少し汚れていたがな」
「何を偵察した」
「お前たちが、謀反を起こさないかどうかだ」
「見張りという訳か」
貴族の視線は俺を正面から射貫いているが、それを受け止める。。
「それはご立派な軍務だ」
「こちらはその総裁の命令で、撤退の支援をしているところだ」
「お前が道を塞いでいる間、撤退支援の戦闘が出来ない」
「敬愛する総裁の命令を邪魔して楽しいか?」
「その総裁の命令だ。お前を保護してやる」
「ありがたいと思え」
俺の護衛隊が馬同士の距離を開ける。
俺が強調した「保護」に素早く反応した。
「何を……」
「護衛隊! 向こうのガーズに教えてやれ。馬に乗るのは100年早いとな」
俺は貴族が話し終わるのを前に、命令を出した。
シュラー・シュール・ツム・ヴェーク・クライナーが素早く馬を走らせると、すれ違いざまに、兜を掴まれた10人の騎士が叩き落される。
そして、馬を翻した際に剣を抜こうとした騎士5人の腕をひねりあげて叩き落した。
更に剣を抜いてくる騎士が振り下ろす前に、腕を絡ませて地面に落とす。
最後の5人は剣を抜いたものの、主を無くした15頭の馬が邪魔で振り下ろすことができない。
俺は馬の隙間を進み、短刀を鎧の隙間に差し込む。
そのままねじ込めば確実に、刃が体に食い込む。
俺がこの貴族を人質に取った事を確認した5人の騎士は、剣を地面に落とした。
「お前たちは歩いて進め」
「ヴェーク。全員別の部隊に配置しろ」
「わかりました。ご主人様」
剣を抜こうとしているぼっちゃん貴族を見る。
「お前の部下は貴族じゃないだろ? ヴァシュリンガー隊に貰うぞ」
「だとしたら私の身を守るのは誰だ」
「その剣で戦えよ」
貴族が泣きそうな顔をしていた。
短くまとめ上げているが、巻き毛の金髪は人形のように端正な顔をしていた。
柄を掴む手が震えている。
「私はプレブ家の嫡男、ソチェニ・プレブだぞ。わかっているのか」
「貴様に命令する。このまま私を行かせろ」
「命令不服従、敵前逃亡は斬首だ」
「俺が刑を執行してやろう」
「丁重に葬ってもらえると思うなよ」
冷たい金属音と共に剣を抜く。
貴族が慌てて両手を出して制止した。
「私を保護するんだろ」
「保護してやる」
「俺の横にいろ。これ以上邪魔をするな」
剣をしまうと、慌てて馬を横に並べた。
「お前の旗を捨てろ」
「敵から集中的に狙われたいか?」
「もう土にまみれている」
俺は俺の護衛隊によって、引き倒された旗を一瞥した。
「そうだったな」
生き残る力は、家柄ではつかない。
俺が証明してしまった。
護衛隊に頼り切るのも、程ほどにしないと。
「このまま行かせた方が良かったのでは?」
シュラーが耳打ちをしてくる。
「貴族を逃がして徴集された兵が納得すると思うか?」
「それにこいつは、俺たちが生き延びるための保険だ」
「わかりました」
「遅れを取り戻すぞ!」
「進発」
再び部隊が動き出した。
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次回 亜人 再編成
2016年05月24日7:00公開予定
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