五十三話 誰かからの宣戦布告
「現場では今も救出活動が続いて……」
ボロボロの瓦礫になったビル群とそれを覆い隠すブルーシートをバックに興奮気味で叫ぶアナウンサーが映されたタブレットの電源を新垣は無表情のまま切り、イヤホンを外した。
上げた視線の先では井伊が真剣な表情でモニター越しに誰かと話していた。
「……では今回の件でマシンナーズ・パンデミックの首謀者の1人が死んだ、という発表はしない、と」
「はい。今この状況で国民を混乱させるような情報は流すべきではない、とお考えのようです。何より首謀者がギガロポリス内で死んだとなれば『国の重要な中枢部に犯人を入れてしまうとは、警備はどうなっているのだ』と大騒ぎする頭のゆるい方がいらっしゃいますし……井伊総監もそのようにお願い致します」
モニターからの声はそう言い切ると何も言わなくなった。井伊が大きなため息を吐いたことで新垣は通信が終わったことを察した。
「終わりました?」
「ああ……相変わらずお偉いさん方の相手は疲れる……。今回は言っていることが正しいからまだいいが」
胸ポケットに入れていたハンカチで額を拭った井伊はそれを元の場所に戻すと手を組んで机の上に置いた。
「で、今後の話なんだが……いいか?」
「イエッサー?」
新垣は不敵な笑みを浮かべて上司に対して失礼な態度と言われかねない返しをした。
「今回の事件で黒島が部下と一緒に公の場に現れてくれたおかげで、今の潜伏場所がわかったそうだな」
「ええ、俺も会ったことがある人です。一応組織としめはスパイとして潜りこませた奴だったんですが……いつのまにか籠絡されてしまったそうで。申し訳ないです」
そう言って頭を下げる新垣を責めることはせず、井伊は目を瞑った。
「そういうことをしている者達が別にいることを知っているなら、教えておいて欲しかったところだが……まあいい。そこから移る可能性は?」
「いつから入ったのかは不明ですけど……バレたことに気づかれなければ恐らくすぐに移動しないでしょう。あいつがちゃんとスパイやっていた時の報告を信じるならば、ですけどね」
非常に頼りない新垣の言葉に井伊は唇を噛んだ。
「一応衛星で入った入口は監視しているが……別の入口があったらふりだしに戻る、か。能見は仕方ないがせめてジョナサンの完全復帰まで待って欲しかったが……泳がせるわけにはいかないな」
そして何かを期待しているかのような物言いたげな視線を新垣に向ける。しかし新垣は首を振りながら両手を挙げた。
「残念ながら、今組織にいるウェイカーは俺と志賀博士だけです。それ以外はマシンナーズ・パンデミックで大切な物を喪った何の力もない人たちの集まりです。総監が思っているような『戦力』としては期待しないでください」
井伊が頭を抱えるのを見て、新垣は苦笑いを浮かべてこう続けた。
「それこそこの間面接したウェイカー全員採用して自衛隊もろとも突撃させる、っていう手もありますが」
「それだけでいいならそうするが、あれは派遣契約じゃなくて終身雇用契約だ。おいそれと簡単にできることではない」
「知ってますよ。あなたは人を捨て駒のように扱える人じゃないってことは」
そう言って新垣は立ち上がった。
「現時点で主戦力として動けるのは俺だけ。でもサポートでジョナサン、槙原さん、志賀さん。奇跡が起こればA-Sとその繋がりで国崎も参加可能。これだけサポートがあれば俺1人で充分です」
「しかし……」
「太陽と呼ばれてる男をなめないでください?」
ウインクをしながら微笑んだ新垣は井伊の憂いを含んだ言葉を完全に無視して総監室を出て行った。
その時、新垣のスマートフォンに着信が入った。画面には見覚えのない数字が出ていた。
「……もしもし?」
「もしもし。覚えてるかな?」
訝しみながら通話ボタンを押した新垣の耳に声が入った瞬間、その顔色は一変した。
「え……?」
「その反応、覚えていてくれてよかったよ兄貴。3年も話してないから忘れられたかと思ってた」
「お前、明日菜、生きてるのか⁉︎」
とっさに両手でスマートフォンを握りしめた新垣の想いとは裏腹に電話の声は冷静沈着な平坦な声で続けた。
「今から言うことをよおく覚えといて。私を生かしてくれた人は今隠れてる場所からは逃げない。次の遭遇を最後に、全てを叩き潰す。そして……」
続きの言葉を電話の声が言った瞬間、新垣の表情は能面のように真っ白に変わりスマートフォンを床に落とした。
スマートフォンの画面は割れることなく通話終了を示す画面から、電話帳へと無機質に変わっていった。




