四十八話 盗撮と激高
「……覗きなんて感心しないな、新垣」
「るせー」
魔導課の窓際から双眼鏡で下の駐車場を眺める新垣にジョナサンはあきれた様子で後ろから声をかけた。
「ちなみに、何を見てるのか聞いておこうか」
「なんか、A-Sが電話しながらタブレットを見つめてうんうん唸ってたから」
「ほう? で、原因はわかったのか?」
「おかげさまで」
そう言って新垣が双眼鏡から目を離すと同時にA-Sが乗ったバイクは警視庁を出発していった。
「ちなみに内容は……教えるつもりはなさそうだな」
新垣の表情を見たジョナサンは肩をすくめ、首をふって包帯とギブスで固められた両腕を上げた。見た目は痛々しいがリハビリは順調にいっているらしく、平穏無事に済めば医師の診断通り2、3週間すれば戦線に復帰できるだろう。
自分の席の上に置いてあったたばことライターを手に取って喫煙所にでもむかうのか、ジョナサンは外へ出ていった。しばらくすると新垣は腰掛けていた椅子の背もたれに体重をかけながら思い切り体を伸ばした。
「……相手は国崎だったか」
最近赤羽から国崎が行方不明かつ音信不通になっていることは伝わっていた。しかし元々魔導課に興味を示してなかったこともあり、新垣の中で彼の重要度は相当低くなっていた。
「ただ、あいつらは国崎のことをかなり気にしてるんだよなぁ……。やっぱりフィグネリアの中に何かあるんじゃねーの?」
机の上に投げ出されていたスマートフォンが振動する。画面には「師匠」の二文字が映し出されていた。
「はい、もしもし」
『新垣、ちょっと井伊を連れて下に来てもらえないか』
いつものように要件を言う久我原に、新垣は違和感を覚えた。久我原は魔導課の特別協力捜査員として自由に警視庁の中を動き回ることができる。別に新垣に連絡して井伊を呼ぶ必要はないのだ。
そして新垣はある考えに至った。
「師匠、あなたの仕事相手は会っても大丈夫なやつですか?」
『師匠言うな。……まぁ、やっぱりばれちまうか』
久我原は少し間を置いてから話を始めた。
『今、マシンナーズ・パンデミックの実行犯の1人だ、って供述してるやつの護衛をしているんだが、そいつが一応機械兵討伐の一番手となりつつある魔導課の責任者と話がしたい、って言ってるんだよ』
新垣は思わぬ内容につい無言になってしまった。
『どこまで本当なのかは俺もわからん。ただ、適当にあしらってはいけない相手の可能性は高いと判断するだけの情報は持っている』
「……例えば?」
『俺が傭兵になったわけを聞いてみたら見事に当てやがった』
新垣は耳を疑った。日本人である久我原がこの業界に入った理由は長い間付き合っている相手でも知らない、彼のトップシークレットである。それを、偶然かもしれないが当ててみせた事実に新垣の興味は掻き立てられた。
「……わかりました。でも井伊さんを連れていくのは無しです、それだけじゃあまりにも相手の目的や底がみえないですから。とりあえず一度会ってみて大丈夫かどうか見極めさせてください」
『……わかった。一応言っておくが叢雲の解析を通っているから安心しておけ』
そう言って久我原からの電話は切れた。そしてその直後に待ち合わせの時間と場所の所在地が記されたメールが送られてきた。
『イラッシャイマセー』
二時間後、新垣が指定されたレストランに足を踏み入れると少々ガタが見えるメイドロイドがゆっくりと頭を下げてきた。
「あのー、久我原、って人が来てると……」
『新垣様、こちらです』
声がした方をみるとそこにはフィグネリアがドリンクバーで紅茶を作っていた。
「あれ、フィグネリアなんでこんな……ってことは国崎とA-Sもいるのか?」
『いえ、亮平様はこちらにはおりません。また、私は現在早苗様に仕えております』
「早苗様?」
フィグネリアが向いた方を見るとそこには久我原ではなく見覚えのない、しかし誰かによく似ている女性が向かい合って座っていた。新垣は無言でその向かいに座った。
「あなたが新垣悠斗君?」
フィグネリアが二人の前にティーカップを並べる中、女性は口を開いた。
「うちの弟が色々と迷惑をかけてるみたいね」
「弟?」
「私は国崎早苗。国崎亮平の姉であり……マシンナーズ・パンデミックを発生させたウイルスの制作者よ」
---
早苗が亮平に話したことを全て話し終える頃には、早苗のティーカップの中身は空になっていた。
「……ふざけんなよ」
新垣が握りしめたティーカップから白い煙が上り、溶け始めた。
「そんなことのためになんで父さんが、母さんが、明日香が、それだけじゃない、何十何百……いや何億の人が不幸になったと思ってんだ」
「そんなこと、ね。だけどそうしなければ遅かれ早かれ人類は機械によって崩壊してしまう。あなたの家族が、友人がゆっくりと知らないうちに破滅することをあなたは良しとするの?」
「知らないうちに失うのと、突然全てが奪われる、どっちの方が幸せだと思ってる」
新垣が感情を圧し殺した声で問いかけると、早苗はアゴに手を当てて考えた。
「失うまでの過程による感情の起伏について、ね。全く考えてなかったわ。私の専門は心理学ではなく機械工……」
首をかしげながら早苗が全てを言い終わる前にその顔面に新垣の右の拳が叩き込まれていた。
フィグネリアが反応するよりもはやく、早苗の体が椅子ごと吹き飛ぶ。
『新垣様、何の真似ですか?』
フィグネリアが悠然と立ち上がり、腕に内蔵されていた剣を構える。新垣はそれに構わず右手に息を吹き掛けて背を向けた。
「能力を発動したまま殴られなかっただけよかったと思え。あんなクズなんて安全が確保された刑務所に入れる気も、俺自身の手で葬る気もおきねぇわ。問答無用で、暴走した機械兵にぐちゃぐちゃに刻まれて死ねや」
『新垣様……』
「やめて、フィグ」
人間であれば怒りで目の色が変わっているであろうフィグネリアに後ろから声がかけられた。
「とりあえず、手貸してくれないかな。ちょっと腰抜けちゃったみたい」
『しかし……』
「フィグ、これは命令よ」
そう言い切られたフィグネリアは渋々、といった様子で剣をおさめた。
突然の事件にざわめく店内をよそに、新垣は懐の財布からお札を数枚取り出し、店のメイドロイドに押し付けた。
「頼んだ分とぶっ壊したティーカップと椅子の代金です。お釣りはいらないので」
「待ちなさい、新垣君」
全く感情を感じさせない真顔で新垣が振りかえると早苗がフィグネリアに支えられながら立ち上がろうとしていた。
「人間の立ち位置を機械に奪わせようとしている『将軍』と呼ばれる存在がある、黒島はその将軍へ……」
しかし新垣はその話が終わる前に顔をそむけレストランから出ていった。
「……予想通り我慢できなかったか」
レストランの入口の壁に久我原がもたれかかっていた。新垣は怒りと悲しみが混ざったような複雑な表情を浮かべながらつぶやいた。
「……見てたんですか」
「まぁな」
「……後輩で経験少ないやつのお節介かもしれないですけど、アレの護衛さっさとやめた方がいいですよ。アレと付き合ったって何も得るものなんかないでしょう」
そう吐き捨てるように言って新垣は足早に去った。久我原はそれを止めることなく空を見上げて小さくつぶやいた。
「新垣。俺には好き嫌いを無視してでも欲しい物があるんだよ」
この数分後、このレストランが入っているテナントビルに所属不明の機械兵達が乱入し、死傷者を出す事件が起きることを、犯人以外が知るよしもなかった。