四十一話 嵐の前のサイレント
井伊は人員確保に奮闘していた。
「全く……だから、セキュリティーは強化しろとあれほど言ってたんだ」
その井伊の言葉は、ある意味ぼやきのようにも聞こえる。
彼の前には、かなりの枚数の履歴書の束が置かれていた。
その中で採用するのは、その半分も満たないだろう。
どれもこれも、井伊の息がかかっている者か、あるいは、賛同してもらえそうな人物か。それを見て選んでいる。
「仕方ないだろう? その前に奴が動いたのだからな」
人員が足りなくなっているため、ここには久我原も来ていた。
一応、井伊の手伝いとして、ここにいるのだが……久我原の役目は別にある。
「まあ、筋の良さそうなやつなら、多少鍛えてやってもいい」
現在負傷している者達の補充として来る者の多くは、新人だ。それでも、経験者を優先に入れているのだが、やはり、井伊の意向を汲む者となると、それだけで範囲が狭まってしまう。
「ああ、頼むよ。こっちは負傷者多数な上に頼みの者達からも、嫌われてるみたいだから」
思わず苦笑を浮かべる井伊。
植物と化した能見は、復帰にまだ時間がかかるだろう。
頼みの新垣も、今はどこかに行ってしまっている。
また、槙原は、新人研修や事務処理に追われて、可哀想な状況に追い込まれつつある。
そして、A-Sはというと。
「呼んだか?」
「来てくれたか! 怪我はいいのか?」
思わず井伊の顔も綻ぶ。
「まだ本調子ではないが、戦うことくらいはできる。それに……嫌な予感がするからな」
そのA-Sの言葉に、井伊は嫌そうに眉を顰めた。
「止めてくれよ。ただでさえ、後手後手に回ってるんだ。その上、本庁の立て直しまでこっちに振ってくるし……本当、黒島は俺に過労死させたいのかと勘ぐってしまうぞ」
――それはそれで、黒島の思惑通りなんじゃ……。
そんな思いが過ぎったが、A-Sは口に出さずに。
「忙しそうだな」
「せっかく来たんだ、手伝ってくれ」
にっと良い顔を浮かべる井伊にA-Sは、思わず苦笑を浮かべた。
「これでも病み上がりなんだぞ?」
「戦えるっていったのは、どこの誰だ?」
そう井伊に言われ、A-Sは陰で舌打ちする。
「書類の仕分けだけだぞ」
さっさと渡せと言わんばかりに手を振ると、井伊はどさりと、必要な書類を手渡した。
「いやあ、本当! 助かるよ、アスナ」
「ここでその名は呼ぶなって言ってるだろう!」
そう叫びながら、A-Sいや、アスナは渡された書類の仕分けを始めるのだった。
本庁が襲われた時。
アスナはあのアンドロイドと戦っていた。
「くっ……」
身体強化があっても、怪我が全快していないアスナでは、辛いものがある。
片腕を失っているものの、相手はアンドロイド。
手加減しているわけではないが、決定打に欠けていた。
アスナ自身もこのまま戦いを続ければ、どうなるかぐらい予測できる。
しかし、それでも……。
「お前を倒して、情報を得るっ!!」
少々キツいが、強化をさらに強めていく。負傷した体が悲鳴を上げているが、相手から少しでも情報を得ておきたい気持ちの方が上だ。
『そろそろ潮時か』
「何?」
『周りを見てみろ』
アンドロイドに言われて、やっと気づいた。
襲ってきたのは、アンドロイドだけではなかった。
他の無人機が本庁を壊しながら、先へと進んでいた。
「まさか、お前だけじゃなかったのか?」
気付かなかったといえば、言い訳に見えるかもしれない。しかし、アンドロイドに構ってばかりで周りが見えていなかった。
『……』
アンドロイドは一瞥してから、去ろうとして、振り返った。
『エルだ。覚えておけ』
「え?」
アンドロイドはそのまま去ってしまった。
アスナは様々なことが頭を過ぎり、その場からしばらく動けなかったが。
「うわああああ!!」
襲われている警備員達の声に気づき、そちらへと駆け出したのだった。
そう、あのときもアスナはあのアンドロイドに負けてしまった。
けれど、不思議と悔しい気持ちはそれほど大きくない。
むしろ、指導してくれたように思う。
敵だというのに、そんな風に思うなんて。
「考えが、まとまらない……」
「何か言ったか、アス……いや、A-S」
「いや、何でもない……んだ」
歯切れの悪いアスナの言葉に、井伊は。
「ちょっとこの書類を第一資料室に持って行ってくれないか?」
「ああ、わかった」
井伊に言われて、アスナは書類を運んでいく。
部屋から出て、涼しい空気に触れて、少し気分が落ち着いたように感じる。
と、同時に。
「全く、こんなときに国崎は何処に行ってるんだ」
自分の携帯電話を取り出し、通信記録がないのを見て、苛立ちを募らせる。
「新垣もそうだ、二人とも後で覚えてろよ……」
そういって、アスナは自分の携帯電話を胸のポケットに仕舞い込んで、書類を所定の場所へと運んでいくのだった。
暗がりのとある一室。
そこではいくつものモニターが動き回っていた。
そのどれもが、本庁を映し出している。
「全く、他愛のない。井伊には期待していたんだが、まあ、あれだけ押し付けられたのだから仕方ない、か」
黒島はそう呟く。かちゃかちゃと音を立てながら、新しい腕の調子を楽しげに見ている。
「どうするのですか?」
赤羽が尋ねる。
「ここで潰すのも面白くない。もう少し泳がしておくさ。こっちの準備が整うまで」
そう言って、黒島は己の眼鏡を光らせた。




