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マシン・ブレイカー ―Crusaders of Chaos―  作者: マシン・ブレイカー制作委員会
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三十九話 大量離脱

 新垣も能見もただ下に降りていけば黒島の元にたどり着くとは思っていなかった。階段が途切れてからは互いの能力で床を砕きつつ溶かしつつ降下していたが、アンタレス材製とみられる床を破ることはできなかった。

 だがどうでもいい所に高価なアンタレス材が使われているわけがない。つまりこの奥に重要な何かがあることが暗に示めされていた。

 ということで二人は下の空間に入るための何かしらの仕掛けがあるのでは無いかと手当たり次第にあさっていた。しかしその結果は散々な物だった。

「さっぱりだな」

 近くに何もないことを確認した新垣は舌打ちするとそこらに転がった鉄くずを蹴り飛ばした。

「そうね。こうなったら一度引き返す? 槙原達の方で動きがあったかもしれないし」

 地下に潜りすぎたせいか先ほどから圏外状態で使えなくなった通信機を片手に能見が新垣に問いかける。新垣は釈然としていない表情を浮かべていたが小さく頷いた。

「ですね……。ちっ、吉岡を絞ってれば何か聞けたかもしれないな……」

「結果論を言っても未来にいい事は起こらないわよ」

 能見が地面に手をつけると何もない所から某御伽噺に出てきそうな、人が何十人載ってもビクともしなそうな巨大な蔓が生え、ポッカリ開けた穴に向かって伸びていった。

「土も何もないのにどうしてこんなに伸びるんですかね」

「アギトに常識を問いても無駄よ。それならあなたの熱源はどこ、って話になるわよ」

 新垣のつぶやきに反応しながら能見が蔓から生える巨大な葉に乗ろうとした瞬間、地面が大きく揺れた。

「地震?」

「いや違う、何かの衝撃……⁉︎」

 自然の物とは違う、小刻みかつ断続的に起こる揺れに能見と新垣は顔を見合わせて頷く。

 二人が葉に飛び乗ると蔓は急激に伸びはじめ、地上へと一気に連れて行った。

 そして二人が葉から飛び降りると瞬く間に茶色く変色し朽ちていった。

「能見さん、あっちです!」

 新垣が指差した先の建物からは白と茶色が混ざったような煙がもくもくと上にあがっていた。

 二人は互いに大声で話しかけながらその建物へと走り出した。

「あっちは確かジョナサンと槙原に任せていたわよね」

「ですよね、まさか吉岡がなんか隠していたのかも」

「自分が死んだ時用に?」

「もしくは証拠隠滅用、逃走用ですね!」

 そう言い切って半壊した建物の中へと滑りこむと中では肌色と赤色が混ざった巨大なプリンのような歪な形をした物体が暴れていた。

「ウガァァァァアッ」

「機械兵、じゃない?」

 予想外の状況に二人が唖然としていると、ジョナサンを担いだ槙原が物体から生える二本の触手の間をかいくぐってきた。

「ま、槙原さん⁉︎」

 新垣が叫ぶ横で能見は舌打ちした。すると触手の動きを妨害するように周りに巨木が何本も現れた。

「ウガァァァァ」

 物体は苛立ったような声をあげると、巨木に向かってその触手を叩きつけた。すると木々はあっという間にへし折られてしまったが、槙原が逃げ切るにはその間だけで充分だった。

「た、助かったぁ……」

 二人の元にたどり着いた槙原は担いでいたジョナサンの体を「落とした」と言った方が正しいぐらいに乱雑に下ろすと自らもその場にへたり込んだ。

 頭から血を流すジョナサンの右腕はおかしな方向に曲がっており、折れていることは明白だった。

「槙原さん、なんですかあの塊?」

「吉岡だ」

「は?」

 ボロボロの状態でも意識を失っていなかったジョナサンは荒い息を何度も吐きながら物体を厳しい目で見た。

「自分で何かしらの薬品を体内に注射していた。明らかに危険だと思って撃ったんだが……急所を外してしまったみたいだ、すまない」

「……薬なんかであんなんなります?」

 新垣は半ば呆れた顔を浮かべていたが、その目は鬼気迫るものを感じさせる物になっていた。

「いや、ドーピングじゃない。一発くらってからすぐに反撃したんだが、撃たれた所からさらに肥大化していきやがった。そんなバカな作用の薬があるわけ」

「ありますよ。薬ではないですが」

 ジョナサンの言葉を遮るように能見が口を開いた。

「ARM」

 能見がつぶやいた言葉に三人は一斉に耳を疑った。

 ARM、正式名称Agito revelation machineはその名の通り対象者の精神に負荷をかけることで特殊能力を発現させる機械である。しかし現在実用化されている物は人間ドックのエコー検査で使われている物と同じぐらいの大きさなのである。

「皆さんは、ARMがなんであんなに大きいか知っていますか?」

 能見は訝しむ三人に向かって問いかけた。

「満遍なく対象者に負荷をかけるため、とか?」

「違います」

 槙原の回答をあっさりと否定すると能見は平坦な声で言った。

「対象者がARMのかける負荷に耐え切れずに廃人になってしまうのを未然に防ぐため、制御する他の機械を大量に繋いでおく必要があるからです。まぁ、それだけやっていてもダメな時はダメなんだそうですが」

 能見は目を閉じながら頷くと暴れまわる吉岡の方に顔を向けた。

「吉岡の会社にはARMを縮小化してより安価に流通させようというプロジェクトが一時あったそうです。ただしARM本体がそう簡単に壊れる物ではないので一度買ってしまえばそれで充分、ということで早々に制御用の機械製造班に吸収合併させられたそうですが……」

「地下でその研究を細々と続けてた、ってわけか。で、あの注射器の液体に入ってたと?」

「可能性は高いかと」

 能見の説明をジョナサンが繋ぐ。能見がやや嫌そうな表情を浮かべるそばで新垣は右手を額に当てながらつぶやいた。

「だとすると能力は筋肉量の増加、副作用は知能の低下……かな。どこかの格闘マンガで力こぶを出して止血するやつがあったし」

 まさか現実で見ることになるとは、と新垣は息を吐いた。

「で、吉岡は脚に筋肉をつけることを忘れて巨大化した上半身を支えきれずにその場にとどまっていて、さらに俺達がここで動いてないのに腕を巨大化させて攻撃してこない、ってことは視力や聴覚もおちているのか?」

「さてね。分かるのは槙原とジョナサンはここで待機せざる負えない、ってことぐらいかしら」

 能見が軽く手首のストレッチを始めながら新垣の横に立つ。

「どう新垣。やれる?」

「熱中症でぶっ倒せばどうにかなるんじゃないですか? ただあの腕が届く範囲まで近づかないと全身に熱を行き渡らせられないかと」

「了解。なら私は動きを阻害させとけばいいのね」

「お願いします」

 新垣は頭を下げるとすぐに吉岡の元へと駆け出していった。そして能見も間髪入れずに能力を発動させる。

 次々と生えてきた木や蔓によって吉岡の腕が封じられる中、新垣はすぐに能力を発動させた。

 すると吉岡の体全体が気温差によって靄がかかったように揺らいで見えるようになった。

 吉岡が灼熱地獄の中を抗うように動くことで木々は木っ端微塵となり、その度に能見は新しい木を生やし、新垣はその破片や腕から逃げ惑いながら熱をかけ続けた。

 しかしその動きはとどまるどころかさらに激しさを増し始めていた。

「ぐっ……。新垣! あんた本気でやってる⁉︎」

「さっきから最大質力ですよ! 足元のコンクリ見ればわかるでしょう⁉︎」

 言われなくても吉岡の足元で溶岩のように赤く変色し泡を噴き出しているコンクリに能見が気づかないはずがない。それでも愚痴を叩かずにはいられなかったのである。

 能見の顔に疲労と焦りの色が浮かび始める。それに比例するように能見が生やす木の太さが少しずつ細まってきていた。

 当然新垣もそのことに気づいていた。だからこそこの仕事についてから一番必死に能力を発動させていたが、吉岡の動きが止まる様子はなかった。

「どうなってんだ、よおっ⁉︎」

 能見の木が障害にならずに簡単にへし折られた。新垣は振り下ろされた腕を間一髪で避けたが、集中が途切れてしまったことで吉岡を灼熱地獄から抜け出させてしまった。

 その結果、吉岡は最後の踏ん張りとでも言わんばかりに腕の振り回しの速度を上げた。こうなると新垣にはもう逃げ惑うしかできなくなってしまった。

 必死に逃走経路を見出そうとして新垣が右に目を向けると、その方向に何やらキラリと光に反射する物体が横切るのが見えた。物体は新垣のはるか頭上を通過して一直線に吉岡の体に当たると砕け散った。

 すると吉岡は悲鳴を上げながら物体が当たった所をかきむしり始めた。何が起きているのか分からない新垣がマヌケな顔で見ていると吉岡は声を止め、手をダラリと下げて動かなくなった。

「と、止まった……?」

 新垣は確認のために吉岡に恐る恐る近づいてみようとしたがすぐに諦めた。

 吉岡の体に触れた瞬間に自分の体が大変なことになるほどの熱が蓄えられていることが目視でもわかったからだ。

「なんであんな体温になってるのに、普通に動けたかなあ……」

 息を大きく吐いた新垣は両膝に手をつきながら辺りを改めて見回して首を傾げた。

「の、能見さん! 大丈夫ですか⁉︎」

 それと同時に槙原の焦った声が建物内に響いた。新垣が急いで槙原達がいた所に向かうと倒れた能見の周りで男二人があたふたしていた。

「どうしたんですか⁉︎」

「わからん! こっちに避難してきてから急に倒れた!」

 新垣はジョナサンの報告に耳を傾けながら能見の顔を覗いた。

「う、あ……」

 青い顔をした能見は意味のない声をかろうじてあげながら震える手で自分の脚を指差していた。

「脱がせ、ってことですか?」

 能見が力なく頷いたのを見て新垣は能見の靴を脱がし、ストッキングに手をかけた。

 片方を脱がした瞬間、新垣以外の男達は思わず息を飲んだ。

「おい、どういうことだこれは」

 槙原がこみ上げてくる物を押し込むように口を手で塞ぎながら顔を背ける横でジョナサンが新垣に真剣そのものの顔で問いかける。新垣もまた真面目な顔で答えた。

「リミッターが突破しちまった。このパターンだとここで放置してたら大変なことになる、俺は能見さんを安全な所に運ぶからジョナサンは本部に救急車と護衛車と……消防車とダンプカーを要請しといて。あの分だとしばらく槙原は使い物にならない」

「腕折れてるやつに頼むことか……? まぁいい。それより消防車とダンプはどうしてだ?」

「冷やさないと吉岡の体に触れられないし、それぐらいの大きさがないと運べないだろ。というわけで後は頼んだ」

 そう一方的に言うと新垣は能見の体を担いでそそくさと建物から出て行った。

 ジョナサンは観念したように息をついて建物の隅で吐いている槙原の元へ向かった。


---


「おい、大丈夫だったか?」

「それはこっちのセリフです」

 護衛車に乗って警視庁まで戻ってきた新垣は駐車場で広がる惨状にため息をつきながら井伊の問いかけに答えた。

「なんですか警官全滅って。ジョナサンから聞いた時たまげましたよ」

「……俺に言ってくれるな。無能な幹部共に言ってくれ」

 駐車場の床にはおびただしい量の血痕が残りその上を何十人もの救急隊員と救急車、そして担架で運ばれる警官達が行き交っていた。

「一人一人の分は少なくても何十人分となると凄惨な現場になりますね」

「ああ、A-Sが駆けつけてくれなければどうなったことか」

「A-S?」

 井伊の一言に新垣の目が険しくなる。井伊はキョトンとした顔で言った。

「ああ、どうも久我原が応援を頼んだらしい」

「師匠がか……怪我人を酷使させるなや……」

「まぁ、何回か打ち合って、アンドロイドが急に逃げたからどうにかなった、という感じではあったがな。持久戦に追い込まれてたらまずかったかもしれん」

 新垣は舌打ちすると呆れたようにつぶやいた隣で井伊は真剣な顔になっていた。

「で、他は」

「ジョナサンは両腕の単純骨折で全治一ヶ月、しばらく狙撃手業は出来なさそうです。槙原さんはその付き添いで病院に。あと能見さんはさっき運んどいた箱の中です」

「……人には見せられない様になってる、ってことか」

「ええ。意思の疎通は出来ますから俺が病院に行ってる間、話し相手にでもなってください。じゃあ」

「おい、新垣」

 去ろうとした新垣に井伊が呼び止める。胡散臭そうに振り返った新垣に井伊は問いかけた。

「お前は、リミッター突破しないでくれよ。今魔導課で満足に闘えるのはお前しかいないんだからな」

「……分かってますよ。それと養殖物と同じ扱いはしないでください。天然物のリミッターは頑丈に出来てますから」

 新垣は井伊の心配を鼻で笑うとそのまま駐車場を出て行った。

 井伊はその反応に不満そうな表情を一瞬浮かべながらも、すぐに引っ込ませて魔導課の部屋へと向かった。

 井伊が魔導課の扉を開くとキッチンの前に特大のダンボール箱が鎮座していた。井伊は一回息を吐くとダンボール箱を固定していたガムテープを引きちぎった。そして表情を引きつらせながらもどうにか言葉を絞り出した。

「……これはまた、とんでもない姿だな能見くん」

 ダンボール箱が倒れるとそこには身体中から葉を生やし、全身緑色に変色した能見の姿があった。

 服は全て脱がされておりいわゆる全裸の状態だったが顔の部分以外は緑色のラバースーツを着ているかのごとく女性の体らしい凹凸だけしか視認出来なくなっていた。

 悔しそうに顔を歪めた能見の肩に井伊はそっと手を置いてささやきかけた。

「.……大丈夫だ、残った彼らを信じて私達は待とう」

 それは自分自身に言い聞かせるような、どこか哀愁を感じさせる物でもあった。



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