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マシン・ブレイカー ―Crusaders of Chaos―  作者: マシン・ブレイカー制作委員会
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二十八話 遁走

 額に汗をにじませながら、国崎は、彼にとって最も手慣れた得物を振り回していた。

 彼の周りには、彼の身の丈の二倍ほどあるカラクリが数えて二機。

 先端が刃物のように尖った長い脚が八本と、その中央にある恐らくは核であろうその胴体は、宛ら蜘蛛の姿であった。

「ちくしょう。こんなの、聞いてねぇぞ」

 苛立ちを隠せないのか、少しトゲのある声を挙げながら、国崎は後ろに退いた。彼が今の今まで居た場所の地面に、蜘蛛の為りをしたロボットの脚が刺さった。恐らく、退いていなければ、即死は免れなかっただろう。

「スパイダーなんてよ」

 そもそもの発端は昨日の事だった。

 昨日、ある依頼を引き受けたのだが、内容は暴走しているという、武装していないアンドロイド十体の鎮圧だったはずだ。

 しかし彼が指示された建物の中に入った時、扉が閉鎖され、幽閉されてしまったのだ。

 トランシーバーに声を掛けるが、国崎の問いへの返答は無かった。

「電波を通さない壁か……?」

 舌打ちを鳴らして、国崎は装備していたポーチの中に、手を突っ込んだ。

 国崎がポーチから手を出すと、そこに握られていたのは、透明な袋が二つ。中には黒い粉のようなものが入っている。

 国崎は二つの袋を破って、頭上に中身をばらまいた。

 その時、国崎の横腹に蜘蛛の脚が突き刺さった。

 ぐ、と呻き、血を吐く国崎。その後頭部に、もう一体の蜘蛛が両前脚を振り上げて、襲いかかった。


 その前脚は、国崎の頭と身体を切り離すために交差する寸前で、動きを止めていた。


 見れば、国崎を背後から狙っている蜘蛛だけでなく、国崎の腹部を突き刺している蜘蛛も硬直している。

 国崎はその鋭利な前脚に触れながら、口角を上げた。

「何とか、間に合ったか」

 口の端から垂れる血を拭き取って、ふぅ、とため息をついた。

「今回初めて使うからな。……正直、うまくいくかどうかの自信はなかったが」

 そう言う国崎が触れる蜘蛛の脚から、青白い光を放たれる。

 蜘蛛の脚は、国崎に触れられていた前脚に向けて収束し始めた。同じ要領で、国崎は二体目にも触れる。そして、数十秒後には、脚が全てくっついている、醜い鉄の塊が二つ転がっていた。




『大変申し訳ございません。妨害音波があったようで』

「それはお前の所為ではないから謝る必要はない」

『そう仰っていただけると幸いです』

 十分もしないうちに、国崎は、その建物の外にいた。彼の隣にはもちろんフィグネリアが侍る。

 何故、こんなにも早く彼が脱出できたのか。その理由は単純だった。

 話は時を少し遡る。国崎が蜘蛛を戦闘不能にした後、彼は考えあぐねていた。

 壁は薄くはなかったので、それを破るには大きな音が伴うだろう、と。

 もし大きな音を鳴らせば、国崎を捉えようとしている者に、蜘蛛を退治に成功したことに気づかれる。

 そうなれば、厄介な事になるのを分かっていた国崎が首を捻っていた時……


 扉が、開いたのだ。


「しかし、俺を狙っているつもりなら、何で俺をやすやすと逃がしたんだろうか?」

『開閉装置の動作不良の可能性もありますが、スパイダーを用意してくるほど本気だというのに、肝心なところを怠るでしょうか』

「ああ。そこが疑問だ」

 国崎は首を捻って、考える仕草を見せた。

 国崎の言う、スパイダーというのは兵器として造られた、全自動式蜘蛛型ロボットである。全身に鋼鉄の装甲、蜘蛛の脚部にあたる部分には無数の刃が施されている。

 標的を屠るために造られた、殺人用ロボットなのだ。しかし、戦力としての価値は高いものの、コストが掛かり過ぎるので、数は多くないはずだ。そんな希少な機体を動員したのに、やすやすと逃すというのは、理解に苦しむ。

『しかし、亮平様。スパイダー二体を相手にどう戦ったのですか?』

「『あれ』を使ったんだ」

 彼の瞳がちらりとポーチの方へ向く。フィグネリアは、小さく頷いた。

『先日仰っていた、砂鉄ですか?』

 国崎は頷いて、ポーチから袋を取り出した。恐らく、戦闘中に蒔いたものと同じであろう黒い粉が入っている。

「そうだ。今回、関節が多い相手で助かった」

『砂鉄を磁力で操って、機械の関節部分にそれを詰めることで動きを止めたのですね』

「しかし、関節の少ない敵にはあまり効果をなさないってのが弱点だがな」

 そう語っていた二人の足と口は、不意に止まった。

 ぴんとした緊張が張り詰める。

 しばらく、沈黙が蟠った後、フィグネリアが小さく呟いた。

『侵入者がいます』

 二人が足を止めた場所は、彼らの拠点の前。フィグネリアが国崎を庇うようにして構えた。しかし、国崎はそれを押し退けて、フィグネリアを庇うように彼女の前に立った。

「何人だ?」

 国崎はポケットの中から鉄の棒を取り出して、振るった。カチカチと音を立てて、その棒は伸長した。恐らく、特殊警棒のような仕組みになっているのだろう。

『恐らく、人間が二人、ロボットが二機。警察からのものだと思われます』

「なんで、警察が……」

 国崎は、首を捻った。警察がくるような事は、恐らくしていなかったはずだ。

 国崎が怪訝顏で拠点の中に入ろうとした時、彼の目の前の空間を切るように何かが通り過ぎた。

 国崎の横の壁が弾けたと同時に、彼は壁の弾痕と逆の方向……つまりは狙撃手の方向を向いた。

「本気で殺しにかかってんのか……」

 更に道の奥から、黒い外套を羽織った人影が現れた。フードで顔を覆っていて、人相は判明しがたいが、その手に銃が握られているのは分かった。

「外でドンチャンしようってのか」

 国崎は唇を噛んで、鉄の棒を振るった。ほぼ同時に外套の男の銃が飛ぶ。

「俺は願い下げだぜ」

 国崎はそう言って、踵を返す。

「フィグネリア! 拠点を放棄するぞ!」

 叫んで、彼は遁走した。




「国崎に逃げられた!?」

 井伊が受話器に向かって、荒々しく叫んだ。

「事情聴取もできずにか? くそっ!」

 井伊は指先でせわしなく机を叩く。

「……ああ。そのまま捜査を続けろ」

 苛立たしげに言い終えて、井伊は受話器を下ろした。その様子を見て、A-Sが立ちあがって、歩き、井伊の机を挟んで向かい側に立った。そして、机に手を置く。

「国崎が、逃げたのか」

 その言葉に井伊が目を逸らしながら、頷いた。

「何で……」

 A-Sは眉根を潜めて、呟いた。

「やってないなら、逃げる必要はないだろう……?」


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