進化せし甲殻王、空へ牙向けしこと
雪原。
静寂など既に失はれておりたり。
白き大地は荒れ。
木々は倒れ。
雪の上には巨大なる足跡が刻まれておりける。
そして。
その中心。
甲殻の王。
未だ倒れず。
立ち続けたり。
Il-2の二十三ミリ機関砲。
RS-132。
どちらも確かに傷を与へたり。
されど。
仕留めるには至らず。
それどころか。
王は変化していた。
「……」
佐藤。
その姿を見る。
「冗談だろ」
先ほど砕けた甲殻。
そこは既に塞がり始めていた。
ただ治るのでは無し。
以前より厚く。
以前より強く。
形を変へながら。
「修復じゃない」
ポテ彦言ひたり。
「進化しています」
その声。
いつもの穏やかさとは違ひたり。
学者としての声なり。
「生物は環境に適応します」
「ですが普通、それは長い年月を掛けるもの」
「数分で起こるものではありません」
当然なり。
戦いながら進化する生物。
それはもはや自然の範囲を超えていた。
「どう倒すんだよ」
佐藤呟きたり。
倒せないわけでは無い。
攻撃は効いている。
しかし。
時間を掛ければ掛けるほど。
相手は強くなる。
その事実が問題なり。
その時。
空。
Il-2。
旋回。
再び攻撃態勢へ入りたり。
操縦席。
アレクセイは冷静に甲殻王を見る。
「Быстро меняется.(変化が早い)」
ヴィクトルも頷きたり。
「ああ」
戦車とは違ふ。
鉄は修理しなければ戻らぬ。
しかし。
これは生き物。
傷付き。
学び。
変わる。
厄介極まりなし。
アレクセイ。
高度を下げる。
攻撃角度変更。
同じ場所を撃たぬ。
別の角度。
別の弱点。
狙ひ続ける。
VYa-23。
発射。
轟音。
弾丸。
甲殻王の側面へ。
命中。
割れる。
体液。
飛ぶ。
効いている。
しかし。
その瞬間。
甲殻王。
動きたり。
背中。
開く。
無数の穴。
向き。
変わる。
空へ。
「!」
アレクセイ。
操縦桿を倒す。
直後。
発射。
硬化した甲殻片。
圧縮された体液。
まるで弾丸の雨なり。
空へ向かひ飛ぶ。
一発。
翼へ。
ガン。
二発目。
胴体。
ガン。
機体揺れたり。
「当ててくるぞ!」
ヴィクトル叫ぶ。
Il-2。
不壊。
完全に砕け散ることは無し。
されど。
衝撃はある。
穴も開く。
操縦にも影響する。
そして何より。
中の二人は普通の人間なり。
無敵では無し。
地上。
村人たちも気付きたり。
「鉄の鳥が押されてる……?」
信じられぬ光景。
あれほど圧倒的だった存在。
それに。
甲殻王は対応し始めていた。
「まずいな」
レン言ひたり。
「あいつ学習してる」
最初はただ進むだけだった。
しかし今は違ふ。
最大の脅威が何か理解している。
空の敵。
Il-2。
それを落とそうとしている。
「援護する!」
エレノア叫びたり。
身体強化。
走る。
甲殻王の脚へ。
攻撃。
注意を逸らす。
レンも続く。
ミーシャも突撃。
村人も矢を放つ。
小さき攻撃。
しかし。
意味はある。
王の意識。
分散。
空への攻撃。
僅かに鈍る。
「今だ!」
佐藤叫びたり。
空。
アレクセイ。
その隙を逃さず。
機体を立て直す。
しかし。
その時。
別の影。
雪雲より現れたり。
飛行型魔物。
一匹では無し。
五。
十。
さらに多し。
「空の奴ら戻ってきたぞ!」
村人叫ぶ。
甲殻王。
地上から対空。
飛行型。
空中から追撃。
完全なる連携なり。
「挟まれた……」
佐藤。
顔をしかめたり。
空。
ヴィクトル。
後方を見る。
高速接近する影。
時速四百キロ。
生物としては異常なる速度。
「来るぞ」
ヴィクトル。
UBT旋回機関銃を構へる。
アレクセイ。
静かに答へたり。
「任せる」
長年の信頼。
それだけで十分なり。
飛行型。
後方へ付く。
牙を開く。
距離。
縮まる。
ヴィクトル。
照準。
待つ。
まだ。
まだ。
そして。
「Сейчас.(今だ)」
発射。
12.7ミリ弾。
空を裂く。
一匹。
撃墜。
二匹目。
翼破壊。
しかし。
三匹目。
近い。
爪。
機体へ。
衝撃。
Il-2。
大きく揺れる。
地上。
全員見上げたり。
「落ちる!?」
フィア叫ぶ。
だが。
アレクセイ。
操縦桿を握り続ける。
機体を戻す。
高度。
回復。
雪空へ再び上がる。
鉄の鳥。
まだ飛ぶ。
村人たち。
歓声。
しかし。
戦況は厳し。
甲殻王は成長を続け。
空には敵。
地には群れ。
長引けば不利。
夜。
近付き始めたり。
雪も強くなりたり。
アレクセイ。
甲殻王を見る。
ヴィクトル。
弾倉を確認する。
地上。
レンたちも息を整へる。
誰も諦めず。
されど理解していた。
このまま削り合えば。
先に限界が来るのは人間側なり。
その時。
ポテ彦。
倒れし小型虫の甲殻を調べながら。
小さく呟きたり。
「もしかすると……」
佐藤。
振り向く。
「何か分かったのか?」
ポテ彦。
甲殻王を見る。
「進化には」
「必ず代償があります」
雪降る戦場。
勝利への小さき糸口。
ようやく見え始めたり。




