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ある日神の寄越し給ひし異形の獣に撥ねられて失せにければ異世界へ転生仕りき、されど能力の鉄の牛車召喚も黒き神境(?)とやらも使いよう皆無なり!  作者: イグアナ
旅路再開編

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北へ向かふ船上にて語らひしこと

 島を離れし船は、北へ向かひ海を進みけり。


 数日前まで見えていた暖かな島々の姿は既に無く、周囲に広がるものは青き海と空のみなり。


 されど景色は同じやうに見えて、確かに変はり始めておりける。


 吹く風。


 空気。


 海鳥の姿。


 南の島とは違ふものへ少しずつ移り変はりたり。


「少し寒くなってきたな」


 佐藤は甲板に立ち、風を受けながら言ひける。


「まだ北の入口にも着いてねぇぞ」


 近くにいた船員が笑ひながら答へたり。


「本当に寒い地域はこんなもんじゃねぇ」


「そんなに違うのか」


「ああ」


 船員は海の向こうを見たり。


「冬になれば湖は凍る。森も白くなる。南じゃ見ねぇような獣もいる」


 その話を聞き、貴光は興味深げに近付きける。


「森が白くなるとは何なり」


「雪だよ」


 佐藤答へたり。


「白い氷みたいなものが空から降る」


「空より氷落ちるなりか」


「まあ、そんな感じ」


 貴光、少し考へたり。


「危なくは無きや」


「雹じゃないからな」


 佐藤言ひける。


 異なる時代より来たりし貴光にとって、この世界にはまだ知らぬもの多し。


 神界を見たり。


 魔王を見たり。


 軽虎を神と崇められたり。


 それでも、普通の自然現象ひとつ知らぬこともありけり。


 旅とは奇妙なるものなり。


 大きな出来事より、小さき発見の方が記憶に残ることもある。


 その頃。


 ポテ彦は船員より借りし本を読んでおりける。


 内容は北方地域の植物についてなり。


「また勉強?」


 フィアが声を掛けたり。


「はい」


 ポテ彦答へたり。


「寒冷地では作物の育ち方も大きく異なります」


「寒いと育ちにくいの?」


「種類によりますね」


 ポテ彦は本を閉じたり。


「寒さに強い植物もあります。環境に適応したものは、その土地ならではの特徴を持つのです」


「本当に研究好きなのね」


「農学部卒業ですので」


 もはや決まり文句となりたり。


 されど。


 知識は本物なり。


 馬鈴薯であることを除けば。


 夕方。


 船の食堂では、一行と船員たちが食事をしておりける。


 長い航海では、船員たちとの交流も大切なものなり。


「そういや、お前らどこから来たんだ?」


 一人の船員が問ひたり。


「説明難しいな」


 佐藤答へたり。


 実際、難しき話なり。


 別世界より転生。


 神界。


 魔王討伐。


 軽虎教。


 どこから説明すべきか分からぬ。


「遠き場所より来たり」


 貴光答へたり。


「まあ間違ってない」


 佐藤頷きける。


 その時、別の船員が軽虎について尋ねたり。


「あの鉄の箱は何なんだ?」


 当然の疑問なり。


 港へ積み込む時から、船員たちは気になっておりける。


「牛車なり」


 貴光即答したり。


「牛車?」


「うむ」


 船員は首を傾げたり。


「車輪はあるな」


「あるな」


「牛もいるな」


「いるな」


「……牛車か」


「納得するな」


 佐藤突っ込みたり。


 この世界の者は時折、妙な方向に柔軟なり。


 しかし。


 間違ひでも無いのが厄介なところなり。


 実際。


 黒牛が引く。


 車輪がある。


 荷を運ぶ。


 現在の使ひ方だけ見れば牛車なり。


 元の用途を考へなければ。


 その黒牛は、甲板で静かに座っておりける。


 北へ進み、風は冷たくなりつつある。


 されど黒牛は変はらず。


 寒さも。


 揺れも。


 何も気にせず。


 ただ存在しておりける。


「その牛も不思議だよな」


 船員が言ひたり。


「そう思うよな」


 佐藤答へたり。


「でも俺たちもよく分かってない」


「飼い主じゃないのか?」


「多分、貴光」


 視線。


 貴光へ向く。


 貴光。


 黒牛を見る。


「黒牛は黒牛なり」


 答へになっておらざりけり。


 されど。


 なぜか納得するしか無き雰囲気ありけり。


 夜。


 船は静かな海を進み続けたり。


 空には星。


 波の音。


 遠く離れし島は既に見えず。


 進む先には、まだ見ぬ北の大地あり。


 レンは甲板より海を眺めておりける。


「こういう旅も悪くないな」


 隣に来たりし佐藤へ言ひたり。


「ああ」


 佐藤も頷きける。


「やっと冒険してる感じする」


 戦いだけではない。


 強敵を倒すだけでもない。


 知らぬ場所へ行くこと。


 知らぬ者と出会ふこと。


 それもまた冒険なり。


 船は北へ進む。


 新たなる大地へ向かひて。


 そして、その先に待つ出会ひを。


 まだ誰も知らざりけり。

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