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鬼の番  作者: はなび
第二章
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涙の真実

初めに感じたのはツンっとした薬品の匂い。コポ͡コポと何かが湧きたつような音もする。嗅覚と聴覚が周囲の感覚を広いはじめるとぼんやりといていた意識が急激に覚醒する。瞼を開けると思いのほか薄暗い室内に視界が馴染まず、思うように見えない。ベッドの上に横たわっているのだろうか、手のひらにシーツの滑らかな手触りを感じる。慎重に起き上がるとチャリっと首にかけていたネックレスが小さな音を立てた。


「ここは・・」


「目がさめたのか」


反射的に呟いた言葉に答える声があった。暗闇から浮き出るようにして現れたその人物に目を見張った。


「あなたが、どうして・・・」


闇になれた視界に映ったのは西部の当主、涙だった。彼は私を見下ろすようにしてベッドのそばに歩み寄ってくる。疑問を口にしながら周囲を見渡したとき、視界に映ったものを見て思わず息をのんだ。


「ひっ」


堪えきれずに小さな悲鳴を上げてしまう。窓のない薄暗いコンクリートの部屋の中、眠るようにして瞼を閉じた人たちが液体の浸かった筒の中に入っている。全部で4人。まるで眠っているかのように穏やかな表情を浮かべたまま目を閉じてまま。鼻から吐き出された息がコポコポと液体の中で浮いていく。


「安心しろ。死なれては元も子もないからな。全員生きている」


恐らく、攫われたという番たちなのだろう。事件の数に合わないのは、今回の事件がおびき出されたものだからなのだろうか。番たちを眺めながら言う涙に後ろめたさは感じられない。混みあがる不快感と悲鳴を堪えるように手で口を塞ぎ、ただの事実として抑揚もなく告げる涙を信じられないように見上げる。


「・・・あなたが、番誘拐事件の犯人だったんですか」


「あぁ。そうだ」


「どうして、こんなこと・・」


問いかけた言葉に涙は当然だと言わんばかりに頷いた。番たちに向けられていた視線が自分に向く。


「お前も希望のための礎になってもらうからな。教えてやる・・・すべては希望を現実にするためだ」


私を見るその目には確かな意志が宿っていた。あのとき、鬼神の屋敷ですれ違ったときの彼とはまったく違う。迷いを払拭した強い覚悟がある。


「玻璃様は完璧なお方だ。すべての鬼の頂点にして原点、鬼神と呼ぶにふさわしい我々にとっての現神だ。俺は・・あの方にとって希望と、そう呼ばれている。なぜだかわかるか?」


「いえ・・」


突然投げかけられた問いにわからず首をふる。私の様子に涙は少し馬鹿にしたように小さく鼻で笑った。


「ふん。まぁ低俗な人間にすぐにわかるはずもないからな。ヒントをやろう。俺たち四家の中で最も力を持つのはお前の鬼、司樹だ。逆に最が弱いのは西家の当主である俺。だが俺は鬼にとっての希望だ」


「・・・希望って・・・・まさか・・・」


彼の言葉で1つの仮説が浮かび上がる。鬼神である玻璃の目的は鬼と人の差別なくすことで共存し、かつて大事な人が夢見た未来を現実のものにすること。そして心を持たない鬼神の希望と呼ぶべき存在が目の前のこの鬼なのだとしたら。


「あなたは・・・まさか最も人間に近い鬼、なんですか」


「ご名答」


私の出した答えに涙はどこか自嘲気味に笑った。正解したことに満足そうでありながら、その答えに大いに不満を持っているのがわかる。自嘲の笑みを崩した涙は一転して視線を下げて暗い表情を浮かべる。


「・・・初めに疑問を持ったのは物心ついたときだ。周囲の同年代の鬼の子供があまりにも静かすぎたから。それは個々の性格によるものじゃない。血の濃さによれど、皆同じように感情を露わにする子供がいなかった。その中で俺の存在は異質だったよ。周囲は俺をだとい変だと言ったが俺にしてみれば周りの奴の方がおかしかった。まるで感情を統制されているみたいだったからな。そして次に疑問を持ったのが俺の鬼としての能力だ。俺の成長は同じ時期に生まれた鬼と比べても異常に早かったが、能力は決して高くはなかった。必死に努力したがどれだけ努力しても並の鬼よりも弱かった」


過去を思い出しているのだろう。俯いた涙の表情には影が宿っている。


「そして、1つの結論にたどり着いた。俺は・・・ほとんど人間なのだろうと。おそらく、俺は鬼として番を見分けることもできない。皮肉なもんだよな。弱くて能力も低い人間を心から軽蔑してるのに俺はそんな奴らに最も近いんだ」


顔を上げた西部の当主、涙は泣きそうに顔を歪めて私を見た。尊敬する鬼神の言う希望とは自分にとっての絶望だった。それを知ったとき、彼はどれほど打ちひしがれたのだろうか。西部の土地は鬼を尊び、人間を見下す土地だ。ただでさえ風当たりの強いこの土地で、人間と変わらない彼を周囲がどう扱ったか、想像に難くない。


「鬼神という種族には心がない。だから人間と掛け合わせた鬼という存在を作り出して心を持たせた。二つの種族が共存して生きていくために・・・・俺は決めたんだよ。俺たちが・・・いや、俺があの方の隣に並びたてる存在になればいい。心を持つ鬼という存在ができるなら、心を持つ鬼神を造ることもできるはずだ。そのために番を鬼として変えてしまえばいい」


彼の口から語られたそれは恐ろしい計画だった。


「番を・・・鬼に?そんなこと、できるわけが・・」


「できるかどうかじゃない。実現させるんだ。現に鬼神の血を分けた鬼の子がいるんだから」


涙はガラスの筒に閉じ込められたまま眠る番たちの傍へと向かうとそっと手を伸ばした。


「そのためにお前たち番の存在が必要だ。ただの人間では意味がない。番の血液を調べていて気付いた。お前たち番は鬼の血と親和性が高く、特定の鬼の遺伝子を補強するための特別な遺伝子を持っているとな。まるで不完全な鬼を補うための選ばれた存在。まさに、番と呼ぶにふさわしい。これから生まれてくる鬼を、真に彼の方に近い存在にするために、番という存在が・・・特にお前の存在が不可欠だ」


(遺伝子・・・)


そう言えば、初めて涙に会ったとき真綿が言っていた。涙は遺伝子研究所の所長をしているのだと。もしかしたらここはその研究所なのかもしれない。


「・・・どうして、私なんですか?」


「お前が鬼の中でも最もあの方に近い血を持つ司樹の番だからだ。あいつは変わった。お前という存在に出会い、なかったはずの心を手に入れた。それなら、あの方に心を芽生えさせることもできるはずだ」


「待ってください。玻璃様が心を欲しいと願ったわけではないでしょう。そこにあの方の意志はあるんですか」


涙の意志のこもった言葉に疑問を持ち問いかける。鬼神である玻璃の望みは自分が心を持つことではないはずだ。それなのに、どうして心を持たせることに固執しているのだろう。私の言葉に涙は薄く笑った。


「ないかもしれないな。・・・だが、心を持つことはあの方にとって必要不可欠なことだ」


「どうして?」


「・・・・・1人ぼっちになってしまうからだ」


「え?」


小さな声で呟いた涙の言葉に思わず聞き返してしまう。涙は悲しそうな途方に暮れたとうな表情をしている。1人取り残されてしまった子供を思い出させるような、そんな表情。


「お前の望む未来に、あの方はいない。鬼と人間が共存し、分かり合い共に手を取りあったときあの方の居場所はどこにある?心を持たないままのあの方は鬼の血が薄まった未来では心を持たないことを理解してもらえる者もいないまま・・・1人、取り残されてしまう。俺は・・・人間くずれの俺を救ってくれたあの方を1人にしたくない」


「それはっ・・司樹に少なからず人間の血が混じっていたからでしょう?あの方とは状況が違う」


いくらその理由に共感できたとしても、彼のしようとしていることを認めるわけにはいかない。反対の意思を持って言葉を重ねるけれど、返ってきたのは私の意志など意にも介さない冷たい視線だった。


「・・・だから何だ」


「え?」


「たとえそうだったとしても、たとえ限りなく可能性がなかったとしても俺は諦めきれない。あの方を未来に1人取り残さないために。たとえその理想が俺の成そうとしてることとは異なっても、俺があの方にとって本当の意味で希望になればいいんだ」


はっきりとした意志のこもった言葉に思わず口をつぐんだ。本来の鬼という存在が心を持たないのなら彼は間違いなく人間だ。痛々しいほどに自分という存在に絶望しながらも、自分の大切な人のためにその心に従って現状に抗おうとしているのだから。涙の言葉と込められた意志で悲しいほどにそれを痛感する。


「やっぱり、認められません」


「だろうな。だがお前の意志など関係ない」


涙の言葉に首を振る。


「・・・・もうこんなこと終わりにしましょう。」


私は拘束されることのなかった手で首にかけられていたネックレスを掴むと勢いよく引きちぎった。


「は?何を・・」


戸惑った涙が立ちすくむなか、手に持ったそれを勢いよく地面にたたきつける。パンっとガラスの割れる音と共にネックレスに込められていた水がこぼれた。


読んでいただきありがとうございます。

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