第三話 仇の名は左膳
クラマは悟空たちに一礼した。
「助かった。あなた方がいなければ、この子達も俺も危なかった」
黒い羽織の青年は真っ直ぐな瞳でセリーヌを見つめる。
「いえいえ、当然のことをしただけです」
三蔵法師を名乗る銀髪の少女は、にこりと微笑んだ。
クラマは一拍置いて、悟空をちらりと見る。
「だが、猿が助太刀に入るとは……正直、驚いた」
その言葉に、猿の姿をした悟空は肩をすくめた。
「まあ、いろいろあってな」
悟空が答える。
その瞬間、悟空の姿がふわりと揺らぎ、ショウタへと変わった。
黒髪の少年――ごく普通の高校生の姿に戻った彼を見て、クラマの目がわずかに見開かれる。
「お前、何者だ?」
「ヨカゲ高校二年です……」
「?」
クラマは呆れたように首を回すと、子どもたちを見やった。
「まずは子供たちを俺の屋敷に連れていく。ついてきてくれないか」
クラマに案内され、一行は町外れの屋敷へと向かう。
◇
その屋敷は質素ながら広く、庭には竹が風に揺れていた。
警備らしき者はいなかったが、内部は整っており、少なくとも野盗の類が住んでいるような雰囲気はない。
「ここなら安心だ。中に世話役もいる」
クラマが屋敷の門を閉め、子どもたちを女中に預けた後、茶を淹れるため一同を茶の間へと招いた。
障子越しに射す陽光のなかで、湯気の立つ茶が人数分並ぶ。
「さっきの剣士……丹下左膳って言ったな」
ショウタが口を開いた。
クラマは頷く。
「ああ。あれが、“濡れ燕”の使い手。噂よりも手強かった」
「右手も、右目も無いように見えたけど……」
「それでもあの身のこなし。あの一刀に斬られたら、並みの奴じゃ歯が立たない」
そのとき、障子の向こうから足音がした。
茶を届けに来ていたらしい若い娘が、そっと戸を開けて入ってくる。
「左膳、って……今、言いましたか?」
声が震えていた。
クラマが驚いたように目をやる。
「お艶……?」
娘は神妙な面持ちで頷いた。
「あの男に……栄三郎さまは……」
「どういうことだ?」
「二本の刀を巡って争いになって……。乾雲と、坤竜。栄三郎さまは命懸けで守ろうとしたのに……」
クラマが目を細める。
「それで、その二振りは?」
「左膳に奪われました。栄三郎さまは今も寝たきりです。どうか……仇を討ってください!」
お艶はショウタの方を向き、頭を下げた。
「いや、それは……えっと……」
ショウタは困ったように視線を逸らす。
「殺し合いとか、そういうのは――」
「じゃあ、私がやります」
ぴしゃりと言い放つお艶。
その目は真剣そのもので、恐れも迷いも見えなかった。
その空気を破るように、くぐもった声が届いた。
「お艶どの、それはわしらに任せい」
一同が振り返ると、部屋の隅にいつの間にか一人の男が立っていた。
ぼろぼろの羽織に無精髭、腰に木刀を差した浮浪者風の老人である。
「なっ、誰……?」
ショウタが立ち上がる。
「蒲生泰軒……!」
小声でクラマがつぶやいた。
「そちらの方々、すこし顔を貸してもらおうかの。クラマ殿も」
男はそう言うと、笑みを浮かべながら、まるで当然のことのように歩み出た。