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第二話 白と黒と


敵のアジトは、表向きは廃れた寺だった。

だが壁の裏には抜け道があり、薄暗い廊下の先には、子どもたちの声がかすかに響いていた。


クラマは気配を殺し、静かに障子を滑らせる。

誰にも気づかれぬよう、黒い羽織が風をはらむ。


黒い着物を身に纏い、長い髪を後ろで無造作に束ねた青年――それがクラマである。

切れ長の目元には鋭さと冷静さが宿り、美しくもどこか人を寄せつけぬ空気をまとっていた。


その奥座敷で、数人の男たちがふてぶてしく笑っていた。

縄で縛られた子どもたちが、壁際にうずくまっている。


「おい、誰だ! てめえ……!」


敵の声が上がるより早く、クラマの体が動く。

袖の中から放たれた小さな煙玉が宙を舞い、視界を覆う。

次の瞬間、敵の一人が呻き声を上げて倒れた。


そのまま踏み込む。

二人、三人と敵を叩き伏せ、刀を手にした男を蹴り倒す。


その時――


障子の向こう、ただならぬ気配が忍び寄る。


すう――と空気が引き締まり、屏風の陰からゆっくりとひとりの男が現れた。

白い着物に黒襟。胸元から覗くのは、女物の派手な長襦袢。

背には「しゃれこうべ」の紋が染め抜かれている。


そしてなにより――

右目は深く斬られ、黒く焼け焦げたように潰れている。

右腕もない。その袖は空しく垂れ下がっていた。


だが、男は無言で左手に刀を抜いた。

艶のある細身の刀身。鞘には“濡れ燕”と刻まれている。


「……」

クラマも黙って構える。


やがてクラマが口を開く。


「……お前は?」


「左膳だ。名乗るほどでもないがな」


言葉と同時に、切っ先が走った。

左手一本とは思えぬ速さ。迷いも躊躇もない。

斬撃は風のように静かで、刃だけがぬめるように鋭かった。


クラマは寸前で受け、弾く。

斬り結ぶこと数合。

クラマは刃を交わしながら、敵の数が明らかに減っていることに安堵しかけていた。


その一瞬の隙だった。


「動くなァ!」


叫び声と同時に、座敷の隅からひとりの男が飛び出した。

手には短刀、そしてその刃先は――


「……っ!」

幼い少女の首元に押し当てられていた。


子どもたちのうち、一人が後ろから無理やり抱きかかえられている。

顔を強張らせ、声も出せずに震えているその姿に、クラマの動きが止まった。


「へっ、こっちは人質がいるんだ。あと一歩でも動けば、このガキの首が飛ぶぜ」


男の目が血走っている。

正面の左膳も、刀をわずかに引いた。


だが彼は表情ひとつ変えず、ただ淡々と呟いた。


「……つまらん」


クラマは歯を食いしばる。

左膳の一撃を警戒しながらも、動けない。

手を出せば、確実に子どもが傷つく。


「あんたも運がなかったな」

左膳が静かに告げ、刀を振りかぶる。


クラマは、左膳を睨んだまま、一歩も動けない。

短刀の刃が、少女の白い喉にぴたりと押し当てられていた。


そのとき――天井が破られた。


木片が降り、埃が舞い、陽の光と共にひとりの男が舞い降りる。

額に金の輪、手には如意棒。猿のような身のこなしのまま着地した男――孫悟空だ。


『こっちは分身で十分だな……っと!』


悟空の影がふたつ、三つと分かれ、それぞれが迷いなく駆け出す。

一人は子どもたちを抱え上げ、もう一人は背後の敵に一撃をくれてやる。

本体の悟空は、ふわりと音もなく着地すると、クラマの前に立ち、左膳との間に割って入った。


左膳は刀をわずかに引き、肩をすくめる。


「興がそがれたな」


そう一言だけ残すと、彼は背を向けて歩き出した。

振り返ることもなく、崩れかけた壁の隙間から闇へと消えていく。


ショウタはようやく息を吐いた。

「……目が回った」


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