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MITSURUGI  作者: 島田祥介
最終幕【着】
57/57

終幕ノ其

 高天原事件から二か月後──午後。


 新宿ピカデリーで映画を観終えた茜は、靖国通り沿いのファストフード店でフィレサンドを頬張っていた。

 観たかった新作がこれ又大外れで、彼女は若干不機嫌だった。そんな中で、一人の青年が彼女を見付けると近付いてきた。

「いやぁ、千葉さんと石川さんに怒られた怒られた」

 そう言って茜の前の椅子に座ろうとした青年だったが、彼女が腕を突き出して待ったをかける。

「私も怒ってるんだけど、それについてはどうなの。草薙正義君?」

 そう言われてしまっては返す言葉がない青年──正義は、大人しく「すみませんでした」と頭を下げる。

 仕方ないなと感じた茜は、正義に座る事を認め、大人しく座る彼に、

「それで? 何で二か月もの間世界旅行していたの?」

「何でそれを知ってるんですか?」

 その一言に、茜は肩を落とした。

「あのねぇ…最初に歪界域テストした際に私達の判別用にマーカーカラー変えたでしょ?」

「…あ」

 本当に草薙正義という男は謎だ。戦闘の際はどんな敵を相手でも先陣を切って立ち向かうというのに、一歩普段の青年に戻れば何処か抜けている。まぁ、それだから面白いんだけど、と茜は思った。

「で、話は戻すけど、何でコインデックに戻らずにイスタンブールに行ったの?」

 そう、意識を失ったままの正義を助けんとしたスサノオが歪界域を展開させるも、スサノオではコインデックのビジョンが掴めず何処でもいいからと飛んだ先がイスタンブールだった。

「実は脇腹をやられちゃって。運よく国境なき医師団の方々に助けて貰えたんですよ」

「その時、スサノオは?」

「気を利かせてくれてたのかタマハガネの状態でした。医師団の人に綺麗な石だねって言われて、思わず吹き出しそうになりましたよ」

 正義はそこで一月ほど治療を受け、すっかり健康体になった正義は彼らに別れを告げ日本に戻ろうとした。

「でも、しなかった。それは何で?」

「スサノオが、外の世界を見たいって言うんですよ」

 茜は唖然としたが、同時に納得もした。

 確かに、スサノオはミツルギ時代よりも遥か前から戦闘に明け暮れ外の世界を全く知らないでいた。それだから、全てが終わった今外の世界を知りたいというのも頷ける。

「それにしたって、歪界域を使えばあっという間に世界を渡り歩けたんじゃないの?」

 茜の質問に、正義が歯切れの悪い様に「それがですね」と言葉を綴った。

「俺、大学時代専攻が外国語学部だったんですよ。だから、どうしてもそれを活かしたくて各地でバイトしてました」

 茜は再び肩を落とした。

「あんたねぇ…人が心配している間にバイトしてたですって?」

 その言葉に怒気を感じた正義は、大人しく「すみませんでした!」と再び頭を下げる。

《ツクヨミノ器ダッタ者ヨ、ソウ怒ルデナイ》

 突如、スサノオが会話に割り込んできた。余りにも突然の事すぎて二人は焦って周囲を見渡すが、誰も気にも留めていない様でほっと胸を撫で下ろした。

「馬鹿、突然喋るな。周囲に気付かれたらどうすんだよ」

 正義は小声でスサノオに注意するが、スサノオは全く意に介さずそのまま喋り続けた。

《マサヨシハ各地デ人望熱キ青年トシテ、皆ニ好カレテオッタ。別レル時ハ涙ヲ流シテ引キ止メヨウトシタ者モオッタクライダ》

 それを言われてしまっては怒るに怒れない。確かに、草薙正義は『THE・人望』と言ってもいいくらいの男になってきているのは彼女も頷ける。

「で、スサノオはどうだったの? 外の世界」

《『感動』トイウ言葉ガソレニ値イスルトナラバ、我ハ非常ニ感動シタ。美シイ世界ヲイクツモ見セテクレタマサヨシニハ感謝シカナイ》

 そう言われて、正義は照れ臭そうに笑う。その姿を見た茜は、少し羨ましくも思えた。

《サテ、話ハ変ワルガ。ツクヨミノ器ダッタ者ヨ、タマハガネハ持ッテイルカ?》

 又しても、スサノオが突如話題を変えて茜に振ってきた。一瞬動揺するが、彼女は「ここに」とタマハガネを取り出した。

《話ハマサヨシカラ聞イテオル。今一度ツクヨミト話ガシタイデアロウ?》

 それは願ってもみない事だった。

 自分はきちんとツクヨミに謝罪すら出来ていなかった。それだかから、許されるならもう一度ツクヨミと話がしたかった。

《マサヨシ、我ヲソコナ台座ニ置ケ。ソシテ器ダッタ者ヨ、我ノ傍ニタマハガネヲ置クガヨイ》

 そう言われて、正義はテーブルの上にスサノオのタマハガネを置き、茜はツクヨミだったタマハガネをスサノオの傍に置いた。

 静かにリーンと共鳴したタマハガネ達は小刻みに震え出す。やがて、静かになったそれらからは、

《スサノオヨ。セッカクノ眠リヲ邪魔シオッテ、一体何ノ用ジャ》

《ツクヨミヨ。オヌシ、器ダッタ者ニ謝罪スルガヨイ》

 ここで茜と正義の二人は驚いて互いに見つめ合った。

「器ダッタ者()」ではなく「器ダッタ者()」である。どう考えても茜がツクヨミに謝罪すべき場面なのに、何故かスサノオはツクヨミを責めた。

 案の定、《何故、我ガ謝ラネバナランヤ?》とツクヨミが返してくる。それに対してスサノオは、

《オヌシ「安寧秩序に(ちから)ハ不要」ナル様ナ事ヲヌカシオッタソウダナ》

《ソレガ何ダト言ウノカ》

《ナラバ、安寧秩序ヲ乱ス者ガ現レタ時ハドウスルツモリダ? マサカ他者ニ任カセテ自分ハ高見ノ見物ヲシテオルツモリカ?》

 その言葉に、茜の胸が締め付けられる。まさか、スサノオが自分の代弁をしてくれるとは思ってもみなかった。それだから、彼女はTシャツの胸元をきつく握りしめた。

《自ラガ拳ヲ振リ上ゲテコソノ安寧秩序デハナイノカ?》

 その言葉に、ツクヨミはしばし沈黙した。正義と茜が固唾をのむと、

《…確カニソウ言ワレルト返エス言葉モナイ。責メルベキハ器ノ者デハナク我自身デアッタカ》

 やがてツクヨミが白旗を上げた。そして、テーブルの上をスーッと茜に向かって滑る様に移動すると、

《器タル者ヨ。此度ハ我ノ勝手ナ思イ込ミデ汝ヲ傷付ケテシマッタナ。トンダ申シ訳ナイ事ヲシタ》

「そんな事ない! 私は貴方を──」

「曲木さん、声、声。みんなこっちに注目してる」

 そう言われて周囲を見渡すと、大半の人が茜を見ていた。恥ずかしくなった茜はぺこりと会釈すると、小さ目な声でツクヨミに語った。

「私は貴方の力がどうしても必要だったから、言葉巧みに貴方を騙す様な真似をしてしまったの。本当にごめんなさい」

《器タル者ヨ、我等ハ何処カデ互イニ間違イヲ起コシテイタ様ジャノ。サスレバ、今ココデ和解トイコウト思ウガ、ドウジャ?》

「勿論。和解出来るなんて思ってもみなかったから、私は凄く嬉しい」

 ここで、一つの問題に決着がついた。もっとも、高天原なき今和解したとしてもツクヨミの力が必要かといえばそうではないのだが──と思ったのも束の間。

 茜のスマートフォンがバイブ機能でブルブルと震え出した。画面には千葉の名前が表記されている。

「せっかくいいムードだったのに台無し」

 そう言うと、茜は正義にも聞こえる様にスピーカーモードにして通話を繋げた。

「曲木、兄さん知らんか? あの馬鹿、スマホ置き忘れて出掛けやがって」

「へー、草薙君。君はそんなドジを犯しながらここに来たんだ?」

「何? 兄さん、そこにいるのか?」

 千葉は茜の一言に驚いた声で返す。その声を聴きながら茜が正義を見ると、彼はニヤつきながら申し訳なさそうに頭をポリポリと掻いている。

「お前等、今何処にいる?」と訊かれたので、茜が「いつもの店」とだけ答えると「今すぐ向かう」と返ってきた。

「ちょっと待って下さい、千葉さん。一体何があったんですか?」

「荒川の河川敷沿いにエソラムの残党らしき目撃談が入った。ガーゴイル隊を向かわせてるが、念の為スサノオにも出張ってもらう必要がありそうなんでな」

 その言葉に、正義と茜は驚いて目を合わせた。

「これって、もしかして…」

「うん。ツクヨミ、力を借りてもいい?」

《全ク、和解早々コキ使ワレル羽目ニナルトハナ…マァ、ヨイワ。行コウゾ》

「よっしゃ、俺達も負けてらんねーぞスサノオ」

《我ヲ誰ト心得ル。天下無双の荒神ナルゾ》

 正義と茜は再び互いを見つめ合うと、無言で深く頷きタマハガネを首からぶら下げた。

「それじゃ、行きますか」

「復活した私達はスサノオよりも強いかもよ?」

 笑いながら、二人は千葉のバンが到着するであろう地点へと向かうのに店を後にした。


ー完ー

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