婚約破棄されそうなので、“モテなくする呪い”を依頼しましたわ
「クリスティ、君との婚約を破棄したいと思っている」
午後のカフェテリア。優雅に紅茶をのんでいると、シロンジーはあまりにも軽く言った。
「……理由を伺っても?」
「もっとモテたい……。女性と、もっともっと遊びたいのだ!!」
カップが震えた。
(最低ですわね……)
だが同時に、胸の奥が締め付けられる。
(それでも……わたくしはシロンジー様が好きなの! 幸せになれないかもしれない……。けれども、シロンジー様を失いたくない……)
そして、クリスティは思いつく。
(そうだわ! シロンジー様がモテなければ良いのよ!)
◇
クリスティが向かったのは、路地裏の呪術士の館。
「ほうほう、“モテなくする呪い”ね……。コースは三段階。松・竹・梅、どれにしますか?」
「一番お安いもので」
「梅ですねぇ!」
翌日。
「やあクリスティ!」
笑顔でシロンジーが声をかける。
(わたくしに、最初に声をかけてくださるなんて……。これも呪いの効果かしら……)
しかし──
「昨晩はチキンを食べたんだけど、全然、取ることができなくてね……。鶏肉がとりにくい。な~んつってぇ~、ははははは!」
「……」
ドヤ顔で親父ギャグ。
しかも、自分は大爆笑。
「いやぁ、今のうまくない? “とりにく”と“とりにくい”をかけたんだ! 面白過ぎるでしょ!」
「……」
空気も読まない。
相手の反応も気にしない。
そして、ギャグの解説をし続ける。
クリスティは思った。
(ひどいですわ……。これは、モテなくなりますわね……)
だが数日後、奇妙な現象が起きる。
「シロンジー様! 今日のギャグ、最高でしたわ!」
「“布団が吹っ飛んだ”なんて! 誰も思いつきませんわ……!」
コアなファンが生まれていた。
しかも妙に熱量が高い。
「わかる人にはわかるんだよね!」
シロンジーはさらに調子に乗る。
クリスティは青ざめた。
(ダメですわ、このままでは……)
再び呪術士のもとへ。
「竹コースも、お願いしますわ」
「お、ランクアップですねぇ! ありがとうございます」
◇
翌日。
シロンジーは燃えていた。
「クリスティ!! おはよう!! 今日もいい一日にするぞおおお!!」
「うるさいですわ!」
声量が三倍。
距離感がゼロ。
そして何より──
「もっと熱くなれよ!! 君の紅茶も冷めてるぞ!! 心で温めるんだ!! 君の心の炎を燃やし続けるんだよ!!」
「どういう理屈ですの!?」
まるで元テニスプレーヤーのような暑苦しさである。
親父ギャグの寒さは消えた。だが代わりに、暑苦しさで押してくる。
「恋愛ってのはなぁ!! 気持ちなんだよ!!! 契約じゃない!! 家と家の繋がりじゃない!! 魂だ!! みんなの魂を燃やし尽くせ!! それが恋だ!! 愛だ!!! 諦めたら、そこで試合終了なんだ!!!」
「熱い……熱いですわ!! そして、セリフに“!”が多すぎます!」
周囲は引いた。
そして、クリスティは思う。
(これは、ウザい……。もう、モテることはないはずですわ……)
だが──
「素敵……!」
コアなファンは、まだまだいた。
「その情熱……たまりませんわ!」
(なんで、なんで、あの熱量に耐えられますの!?)
クリスティは頭を抱えた。
「もう最終手段ですわ」
再び呪術士の館へ。
「松コースで」
「ついに来ましたねぇ」
◇
翌日。
シロンジーは静かだった。
「クリスティ、僕は思うんだ」
「……今度はなんですの」
「婚約とは、将来結婚するということなんだ」
「……はい?」
「つまり、婚約をしているということは、結婚の約束をしているということになる」
哲学っぽいことを言っているけど、中身が全くない。
「だから僕たちは、結婚の約束をしている。なぜなら、婚約しているからだ」
「同じ意味を繰り返していますわ!!」
熱さは消えた。
だが理解不能になった。
「僕は気づいたんだ。愛とは、LOVEであるということ。つまり、LOVE&PEACEとは、愛と平和なんだ!」
「何を言いたいのか……全くわかりませんわ……」
しかし──
「深い! さすがですわ、シロンジー様!」
(コアなファンが、まだいるんですの!?)
◇
数日後。
「クリスティ。君といると、二人でいるという状態になる。それってすごいことなんだ」
「そうですわね、すごいですわね」
完全に棒読み。
かつて好きだった相手は、今や“意味不明な哲学を語る男”になっていた。
「だから僕は思う。僕たちは一緒にいるべきだ。なぜなら、一緒にいるべきだからだ」
「もう結構ですわ」
クリスティは立ち上がり、微笑む。
「婚約破棄いたしましょう」
「なるほど。婚約を破棄するということは、婚約をやめるということだね。つまり、結婚の約束を無しにするということだ!」
「ええ、そうですわ!」
かつて、モテたかった男は、寒くなり、熱くなり、意味不明になった。
けれども、一部の層には刺さり続ける。
クリスティは思った。
(恋は盲目と申しますが……、このウザさは無理ですわ……)
婚約破棄させないための呪いが、婚約破棄させる結果になった。
もしかすると、これが呪い返しなのかもしれない。
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