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多田笑のコメディー短編集  作者: 多田 笑
1/3

中二病の婚約者かと思ったら、わたくしは光の戦士のようです

少しでも笑っていただけたら嬉しいです。

 わたくしの婚約者、エルディオン様は──いわゆる中二病というやつでございます。


 初めてお会いした日から、それはもう見事なまでに。


「我が名はエルディオン。深淵に刻まれし運命の継承者にして、終焉を退ける最後の楔なり」


「……エルディオン様、はじめまして。フィリアーナと申します」


 自己紹介すらまともにできない方なのかと、正直なところ不安でいっぱいでございました。


 ですが、婚約はすでに決まっており、今さら覆すこともできません。


(きっと……慣れれば大丈夫ですわ)


 そう思っていた時期が、わたくしにもありました。


 ◇


「この世界に間もなく闇が訪れる。光の戦士を探し出すのだ」


 ある日の午後、窓の外を見つめながら、エルディオン様はそう呟きました。


「まあ、大変。もうすぐ夜になりますものね。ランプを点けておきますわ」


 わたくしは手際よくランプに火を灯します。


「……違う。愚かなる人間よ、これは比喩ではない。世界の理が崩れようとしているのだ」


「はいはい、風が強い日はランプが消えやすいですものね」


 エルディオン様は頭を抱えておられましたが、わたくしは気にしませんでした。


 また、あるとき。


「我が右腕が疼く……封印が、限界だ……」


「まあ、大変。湿布をお持ちしますわね」


「やめろ、その処置は無意味だ! これは医術でどうこうできるものでは──」


「温めますか? 冷やしますか?」


「……冷やしてくれ……」


 気持ち良さそうなお顔で、湿布を貼られていらっしゃいました。


 またまた、あるとき。


「血塗られた月が昇る夜、我を蝕む魔獣たちが餓えの咆哮を上げるだろう」


「まあ、そろそろ夕食の時間ですから、お腹が空きましたものね」


「違う……違うのだ……」


「夕食には、ビーフがよろしいですか? それとも、チキンですか?」


「……チキンが良い」


 エルディオン様は、遠い目をしながら答えました。


 ◇


 しかし──数日後。


 それは、本当に起こりました。


 最初は、小さな違和感でした。

 昼間だというのに、空がどこか薄暗い。


 鳥の鳴き声も聞こえず、風が止まり、世界が静まり返っていく。


「……フィリアーナ」


 エルディオン様が、いつになく真剣な声でわたくしの名を呼びました。


「ついに来た。世界を覆う“終焉の闇”が」


 冗談だと思いました。


 ですが──次の瞬間、空が裂けました。


 まるで夜が無理やり引きずり出されたかのように、黒い闇が空を覆い尽くし、太陽の光を呑み込んでいきます。


「な……に、これ……」


 わたくしの手からランプが落ちました。


 昼間なのに、まるで真夜中のような暗さ。

 街のあちこちから悲鳴が上がります。


「言ったはずだ。闇が訪れると」


 エルディオン様は、静かに一歩前へ出ました。


 その背中は、いつもの奇妙な言動の方とは思えないほど、頼もしく見えました。


「光の戦士は……どこに……」


 わたくしが震える声で尋ねると──


「すでに覚醒している」


 エルディオン様は、わたくしの方を振り返ります。


「え……?」


「お前だ、フィリアーナ」


「わたくし……?」


 信じられませんでした。


 けれども、その瞬間、胸の奥が熱く輝きました。


 まるで光が灯るように。


「その魂に宿る光──それこそが、この世界を照らす唯一の希望だ」


 エルディオン様の言葉とともに、わたくしの身体が淡く輝き始めます。


「嘘……こんなの……」


「嘘ではない。すべては必然。我らが出会った時から、運命は動き出していたのだ」


 その声音には、いつもの芝居がかった調子はありませんでした。


 そして──


「さあ、叫ぶのだ」


「……はい?」


「“ときめき満開☆サンシャインハートとミスティックムーンで、ラブラブ・ドキドキ・ミラクル変身♡プリティ・サン&ムーン・きらりんライトアップ!”と」


(……え?)


「今、なんと……おっしゃっいましたか……?」


「光の戦士プリティ・サン&ムーンとなるための、正式な詠唱だ。省略は許されぬ」


「長いですわ!!」


「一言一句、正確にだ」


「無理ですわ!!」


「さあ!! 声に出せ!! 急ぐのだ!! 世界が滅ぶぞ!!」


 エルディオン様の眼差しが、異様に真剣で怖いのです。


「さあ!! さあ!! 可愛らしさを込めるのだ!!」


「こんな状況で可愛らしさ要求されます!?」


 けれども──やるしかありませんでした。


 その後のことは、よく覚えておりません。


 何度か詠唱をやり直させられ、「今のはドキドキが足りない」とか「きらりんが弱い」とか指摘された記憶はございますが……。


 最終的に、わたくしは光に包まれ、闇を押し返すのです。


 気がついたときには、空は元の青さを取り戻しておりました。


 ◇


 後日。


「さあ、新たな敵の襲来に備え特訓だ」


 エルディオン様が静かに告げました。


「特訓……ですの?」


「ああ。次なる闇は、比べものにならぬほど強大だ。ゆえに、光の戦士も更なる高みへ至らねばならぬ」


「……パワーアップ……?」


(嫌な予感しかしませんわ……)


 わたくしは一歩後ずさります。


 ですが──


「逃げるな。運命だ」


 逃げ道は、ございませんでした。


「さあ、詠唱せよ。“きらめけ蒼炎☆ハートに宿るラブリーフレイム! サンは元気にファイアスマイル♪ ムーンは優雅にブルーエレガンス♡ 二つ合わせて無敵の光──プリティ・サン&ムーン・バーニングきゅんきゅんライトアップ!”」


「長いですわ!!」


「一言一句、正確にだ! そして、可愛らしさを忘れるな」


「ですから、可愛らしさは必要ですの!?」


 けれども、わたくしは観念し従います。「次なる闇」に備えるには、これしかありませんから。


「……きらめけ蒼炎☆ハートに宿るラブリーフレイム……」


「違う!! もっとキュートに!!」


「恥ずかし過ぎますわああああ!!」


 どうやらわたくしは、世界を救うために、羞恥心を捧げ続ける運命のようでございます。

最後までお読みいただきありがとうございます。

誤字・脱字、誤用などあれば、誤字報告いただけると幸いです。

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― 新着の感想 ―
これは自分の退路を断って、前に進むしかない状況を作るのですね!それが世界を救う者!(えっ?笑)
これはもうやるしかないでしょう!!(๑>◡<๑) 世界を救って下され!! 読ませていただきまして誠にありがとうございました。 なんて素晴らしい連載⭐︎ʕ>ᴥ•ʔ
 魔法少女の変身の合言葉や決め台詞を口にするのは恥ずかしいですよね。傍から見ている分にはとても楽しいですけれども。  中二病としか思われない婚約者の言動も笑顔で受け入れようとする優しい主人公だったから…
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