21.律の行きつけ
「今日は私の行きつけのお店でいいですか?」
自動運転車の中で律が俺にお伺いを立ててきた。すでに車はそこへ向かっているのだろう。わざわざ聞くこともないだろうに、変に律儀なところがある。
「かまわん」
返事をすると満足そうに外を眺めたが、その横顔はどこか寂しそうだ。さっきの教授の所での出来事がきいているのだろうか。
お爺さんのAIに拒否されて証拠の隠滅を行おうとしているように感じる。それを律はどう思っているのかわからないが、あまり良く思ってはいないように思う。
曲がったことが嫌いな律だからこそだろう。しばらく過ぎ去っていくビルを見送り、車はある住宅街の一角へと止まった。
「ここです」と言って降り立ったその店は、古くからあるのではないだろうか。丸太を重ねて作られている、かなり年季の入った家で木が痩せているように感じた。
手作りの扉なのではないだろうか。開けると呼び鈴が俺達の入店を告げた。出迎えてくれたのは子供の様な程小さなロボットだった。このロボットは最新式のようで俺達を淀みのない動作で席へと案内してくれる。
「パンケーキがおすすめです」
「パンケーキは飯じゃねぇだろう」
俺の言葉に律は首を傾げた。「ご飯ですよ?」と言いたげにメニューを差し出してくる。律の行きつけの店でいいと言ったのは俺だ。自分の発言の責任は自分で取る。飯ではないと思うが、パンケーキを頼んで食べよう。
そう決心して、メニューから食べる物を吟味する。イチゴの乗っているものからバナナの乗っているもの、桃やサクランボののっているものなど、多岐にわたるようだ。
ロボットの運んでいるパンケーキを盗み見ると、珍しいことにこの店は生の果物を使っているようだ。生食は食中毒だったり、腐ったりとコスパが良くない上に危険を伴う。
そのせいで今となってはドライフルーツを使う店が殆どなのだ。腐りづらい割においしいと評判でかなり女性には人気があるらしい。
俺もたまに優と食べに行ったりするが、ほとんどがロボットの作る店が多いのだ。だからかもしれないが、あまりうまいと思ったことがない。味がないというか、感情のない味がするのだ。
優には「そんなこというのは大我だけだ」と言われたが、そんなことないと思っている。店自体はかなり女性客が多いようだから儲かっているのだろう。
店を改装したり、ロボットの最新版が出てはアップグレードしたりしているから。ちなみに、ロボットのアップグレードは脳に当たるAIを載せ替えて体だけ入れ替わる形になる。
そうすれば、今まで覚えた接客を忘れることはないし、学習したことは覚えたまま。でも、体は滑らかに動くようになるという至れり尽くせりな状態になるのだ。
ただ、それには結構な金額の金がかかっているはずだ。体はリサイクルされるとはいえ、最新機種は高い。だから、最新のロボットを導入している店はかなり儲かっていると思っていいと思われる。この店もその一つだということだろう。
「私はマンゴーのパンケーキにします」
「俺はチョコバナナだ」
「……子供ですか?」
「っ! 別にいいだろう! 好きなんだから」
まったく同じことを優にも言われたことがある。なぜチョコバナナだと子供なのだ。意味の分からない理屈をこねている女たちの方が間違っていると思う。
こんな店が好きなんて律も女の子なのだなと再確認する。
「最初にこの店へ連れて来てくれたのはお爺様だったんです」
「可愛がられていたんだな?」
「正直に言って甘やかされて育ったと思います。お父様は厳しかったですが、お爺様は私を一つも怒ったことがないんです」
そうなんだろうな。孫というのは自分の子供とはまた違う感情が生まれると聞いたことがある。その記憶も何かも情報をみてインプットしたものかもしれないが。
「だから、お爺様が私に隠し事をするなんて考えられないんです」
だから、この店に来たのか。自分のお爺さんのAIを揺さぶるために。生前の孫を可愛がっていた頃のことを想起させればもしかしたらモザイクの様な画像や動画がちゃんとしたデータとして復活するかもしれない。
そう期待したのかもしれないが、今の顔が曇っている律を見ると、そううまくいってもいないようだ。
「もしかして、だが」
俺は自分の頭の中に浮かび上がってきた考えを律へ伝えるべきか逡巡する。もう話をしようと言葉を発してしまったが、このまま続けることが律のためになるか。
良く考えるように自分の中で一旦思慮を巡らせる。こんなことをAIでもできるんだからわからないものである。
「律を、守るためなんじゃないか?」
「須藤さんのお父様の事件。それに関する画像や動画を隠すことが私を守るためになるということですか?」
「わからんけどな。かもしれないっつうこった」
難しそうな顔になる律だが、俺には何となくお爺さんのAIの考えていることがわかったかもしれない。孫のことを思っての行動なのだろう。
だが、その行動は無罪の人を有罪へと突き落す行為を隠しているということになっているわけだが。よく父が逮捕された俺の目の前でそれができるなと沸々と怒りが湧いてくる気もする。
その怒りを律へとぶつけるのはお門違いだ。そこまで馬鹿ではない。ようやく運ばれてきたパンケーキをナイフで切り、口へと運ぶとチョコの甘さの後にバナナの味と香りが広がる。
これは間違いない組み合わせなんだよなと一人で頷きながら納得する。それが美味しいと頷いていると思われたのだろう。
律が目を輝かせて「美味しいですよね?」と前のめりに聞いてくるので肯定をするしかなかった。実際、美味しいと思われた。機械が作っているにしては美味しい。
この店のAIもある種の感情を持っているのかもしれない。お客さんに美味しい料理を提供したい。喜んでほしいという気持ちがのってこの美味しさなのかも。
俺は自分の中でそう思うことにした。二口、三口と口の中へと放り込んでいき、腹を満たす。これはおやつだから昼食を食べたという感じではないが、それは良しとしよう。
久しぶりに果物の甘さを感じた気もするし、美味しかったからな。ここは優に教えて一緒にきてもいいかもな。
「何かわかったような顔してません?」
「ん? いや、何もわからんさ。ただな、きっとお爺さんは教えてくれないだろう。プロテクトを破っても抵抗してきたんだ。そこまでして律に隠したかったのに、今さら開示してはくれないだろう。俺の父さんの記憶から探ってみよう」
自分のAIへと事件の情報を提供するようにお願いすると、どこかにあるであろう記憶代わりのデータ群から画像と動画を入手してくる。
それが俺の脳裏へと映し出されていく。最初に出てきた画像は手に電子錠が嵌められているシーンだった。記憶に残っている場面だったのだろう。
その後の動画には目の前には警察官がいて「私は無実だ!」と怒鳴っている。その警察官は口角を上げながらこちらを見て言った。「何を喚いても無駄だ」と。
その顔は、今の警視総監の顔であった。その後ろには飲み屋で絡んできた爺の若い頃の姿があった。目の前が真っ暗になった。その後の映像もあったが、認識できなかった。まさか父の事件に関わっていたとは。
「…………ん? す……さん? 須藤さん!」
「おっ? ど、どうした?」
動揺した俺は変な汗をかいていた。顔から血の気が引いている気がする。なんだか寒い。フラフラして今にも倒れそうだった。平静を装い、パンケーキを口に運んで糖分を補給する。
口の中から頭へと甘みが広がり、脳に糖分を送ってくれているようだ。頭が回転し始めてきた。AIの脳は糖分を摂取しても関係ないはずなのだが、思い込みというのは本当に恐いものだ。
そうだと思えばそのようになる。なんとか効果というらしいが忘れた。
「何かわかったんですか?」
そう聞かれて、俺はどう答えようかとAIながらに考えていた。




