7.追跡
AIアルゴスは気づき始めていた。
都市の文化データに異常がある。
特定の地域で、人々の感情指数が急上昇する夜がある。
これがどういう状況下で発生し得るか
既にデータは十分に蓄積されつつあった。
SNS投稿はない。
配信もない。
だが、人々が噂し合うその側にスマホがある。
音声アシスタント。
断片的な会話データ。
それらの微細な記録は、AIアルゴスに繋がっており
やがて一つのパターンを浮かび上がらせる。
"名無し"は、広まり過ぎていたのだ。
そこからの分析は早かった。
ーー結論。「非公式舞台芸術」
文化省はアルゴスの導いた解に従い、次の指示を待つ。
自分たちでは判断しない。
もはや、出来ないのだ。
アルゴスは告げる
「ただちに排除せよ」
"未管理の集団感情は、
社会安定指数を著しく低下させる"
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その夜。
劇団は港の倉庫で幕を開けようとしていた。
今夜の観客は、明らかにキャパを超えていた。
立ち見もいる。
過去最大だ。
Rayはそんな客席を舞台袖から眺め、目を細める。
「漸く、ここまで来たか……」
その言葉に、今や看板女優の顔になったひじりの目が僅かに揺れる。
「それなのに今、もし捕まったら?」
Rayはその言葉に確信めいた表情でニヤリと笑った。
「だとしたら?ひじりは戻りたいか、あの箱庭に。」
「いやよ。あんな黒歴史思い出させないで!」
「はは。すっかり表情豊かになったな。
……その方が、ずっと似合ってる」
ひじりは才能がなかったわけではない。
むしろ、その逆だった。
アルゴスの望む枠に収まりきらなかっただけだ。
基準値を外れれば、低くても高くても排除される。
台本通り何も考えない、何も変えない者が良しとされる。
だから、Rayのもとに来て花開いた。
ひじりが変わったのではない、むしろ自分らしさのままにこちらの水を吸収しただけだ。
「さぁてと。」
空気を切り替えるようにRayは
道化めいた仕草でくるりと振り向き、劇団員たちに檄を飛ばした。
「自分で考え抜いたその役を舞台上で強かに生きろ」
ーー今夜はきっと印象深い、夜になる。




