364 忍び寄る者
波の音が聞こえる夜のバルコニーで、夕食後のカプチーノを啜りながらボーっと映像を流し視ている。
昼間の暑さが砂浜や森に若干残っているけど、時折冷たい風がサーッと吹くので不快指数はそんな高くない。
ネットの受信許可が出たので、パネル視聴のみで地元のニュースを垂れ流して愉しんでいる。
都市圏ではなかなか見せてもらえないから、新鮮で面白い。
地元のどの大手メディアも粘菌一色だ。
佐藤が言っていた国民性ってヤツなんだろうか?
政府と市民に温度差を感じる。
市井の発信者は割と両極端で、危機を煽る側と危険など無いと吹聴する側に分かれている。
政府系メディアは、シェルターも国外移住も順番待ちでパンパンだから自宅待機推奨で、落ち着いて生活してくれとそればかりだ。
本州政府の検疫もめっちゃ厳しくなってるので、俺らが帰る前に落ち着かないと、ばい菌扱いでそもそも向こうに帰れないな。
粘菌系エピキュリアンとの領土争いは、ストラテジー系のゲームに似ている。
俺らが殺し合いを遂行する時みたいに、秒単位で争わない。
戦争ってなると、秒単位の時間管理は常識だけど、粘菌系エピキュリアンは単位がヒト文明のくくりに入っていない。
ノロノロと襲い。モタモタと浸食し。いつの間にかファージネットの電力コントロールを支配する。
兎に角、何を考えているか良く分からない生き物だ。
今回、歌に興味を示したのも、その発見は世界初で、歌を楽しむ精神構造が何故構築できたのか、学会では紛糾している。
粘菌系エピキュリアンがそもそも本州にほとんど居ないもんな。
その所為で都市圏でも研究は進んでいない。
普通に考えて、粘菌一粒では複雑な思考は不可能だろうし、群体として統率されたネット環境で感情表現をしているのかな?
て事は、思考が統率されてるのか?
どこからどこまでを個として感情を区切っているんだ?
あの地表に出ている塊りは、種類とかは結構違うけど、ネットワークとしては統一されてる。
あの塊り自体が何百億もの細胞の集まりだ。
考えれば考えるほど、謎は深まる。
アレが元は人だったってなると、もっと意味不明だ。
分かっているのは、沿岸一帯のヒト文明がいつ喰われて滅びても可笑しくないって事だけだ。
ボケッとパネルを視てて、隣に近づいてくる気配を感じて、つつみちゃんだと思ったら、隣に突っ立ったまま動かないでいる。
風が変わって、そいつからニオイが吹きつけてきた。
悪臭、というか、凄い刺激臭に思わず椅子から転げ落ちながら距離を取った。
ヘッドギアを即行被り、ファージガードをガチガチに起動しながら身の安全と周囲のサーチ、全員の接続とバイタルを確認する。
そいつを目視で確認して、心臓がバクンと跳ねた。
暗闇のバルコニーに居て良い奴じゃない。
室内からのカーテン越しの淡い光に照らされていたのは、イソギンチャクの上半身に、女性の下半身。
巾着系エピキュリアンの雌個体だ。
触手に乗っかってるゴミがモコリと膨らんだ。
「ひゃっひゃっひゃっひゃっひゃ」
小さい声で。
笑っている?
まさか。まさか?
えっと、なんだっけ?
「名主」
「惜しい」
「牢名主?」
「近づかれるまで気付かなかったんべ。やーい。あっしの勝ぃ~」
何と戦っているんだ。
「もう出てって良いですかぁ~?コレ痒くて暑いですぅ~」
バカにした感じの甘ったるい猫撫で声がコテージの隅に転がってる頭陀袋から聞こえてきた。
「お前は要らんから、いまちっと行っとけ」
「非道ぃですぅ~」
言う事聞かずにモゾモゾ出て近づいてきたのが、豚皮のナース服で確信した。
こいつら、牧場のエピキュリアンたちだ。
「どうやって来たんだ?」
全く気付かなかった。
「チャリで来た」
「嘘つけっ!」
「おこんじょでぇ。さんざ苦労して来たんにソレかい」
繋がってるので聞いてみよう。
”つつみちゃん?”
”ごめん。皆で黙ってた。驚かしたいって”
俺が知覚している穴を縫い、本当に浜沿いを自転車でやってきたみたいだ。
向こうの林の陰に自転車が二台転がっているのが見えた。
電力を使わないタイプで非金属性だ。
俺の把握してる走査機器では、浜は赤外線での監視してなかったから気付かなかった。
”驚きましたとも!”
心臓って。本当に驚くと止まるんだな。
”まだバクンバクンいってるよ”
コテージからつつみちゃんと井上が出てきた。
まだ笑ってる。
「収束で呼ばれたのって牢名主だったんだな」
てか、よくこいつ呼べたなあ。
重度のヒッキーだったのに、何て言って動かしたんだ?
「収束っつーか。極東火の海にする訳にゃいかんだーに」
こいつが来なかったら燃やす予定だったのか?
こっちの政府はアホなのか?!
”つつみちゃん?”
”らしいよ?上っ面燃やしたって何も解決しないのにね”
粘菌系エピキュリアンの生息域は、地下がメインだ。
地上を燃やした処でどうにもならない。
焼き畑でジャングル消失させた南米みたいな砂漠になってしまうだけだ。
「どうやってあいつらを説得するんだ?」
「あいつら」
小人がウケている。
「説得なんか。耳も無かんべ」
粘菌だしな。
「浸食とか攻撃とか。”あいつら”んな事ぁ考えとらんし。今んとこ、個体数密度の再設定やるげかな?」
あいつらだけ俺の発音真似してる。
何処が面白かったんだ?
「なるほど。そういう感じか」
「拡散ぁネットで自分らでやるだんべ。今回おーく出しゃばり過ぎだいの」
別に戦争しに来た訳じゃないんだな。
”よこやまクン。何言ってるか分かるの?”
つつみちゃんが不審な感じで聞いてきた。
”ばーちゃんと話してる感じかな。ふんわりと分かる”
そんな訛ってる訳じゃ無いしな。
この小人、何歳なんだろ?
俺の世代では訛ってる人ほとんど居なかったし、俺が寝てる間にまた方言が復活したのか?のじゃロリも少し訛ってたし、ああ、あいつは時代劇見過ぎた影響か?
華族の口語とか専用のモノでもあるのかな?
三千院も四つ耳も普通だったよなあ?
てか、その臭ぇマスクまだ被ってんのか。
グライダーで来たのか?
九十九用の専用機が臭くなってたらやだなあ。
施設が二ノ宮製薬の預かりになった時、このマスクが人の皮縫い合わせたモノだって事で、埋葬するかどうかで一悶着あったらしい。
あの元牧場も、毎月施設内で死人が出てて、何かとトラブルが絶えない施設だと小耳に挟んだ事がある。
今度遊びに来いとしつこかったので、帰って落ち着いたら行くとだけ言っておいた。
このヘンテコ三人組はこの後、活動拠点をちょい北にあるレニヤ大森林の研究所に移して、そこで対策を練るらしい。
一週間くらいで収束を見込んでいるという事で、バカンス期間が伸びてつつみちゃんがわっしょいしている。
相変らずノーガードのケツを見送りながら、異臭の残り香に辟易した。
帰るときは護送車の車列で豪勢に出ていった。
ホント、俺に悪戯する為だけにチャリで来たんだな。
その後コテージのメンバー全員でバルコニーの清掃する事になった。
臭いがこびり付いてるんよ。
あ。
「あのチャリ放置しっぱなしじゃん」
カメラで何気に確認したら、乗り捨てたまんまになっている。
まだ護送車の中だろうし、兵士に連絡頼んだら、土産だからくれると返信がきた。
「副代表片付けてよ」
どうしろと。
「四号線のモールに放置すっか?」
「メーカー品だから、フレームだけで百万するよ」
砂浜も難なく走れるぶっといタイヤを履いている。
あれじゃ砂浜しか走れなくないか?
「売ってこようぜ。誰か頼めないのかな?」
「サイテー。お土産貰った傍から売るなんて」
あまり褒められた行為じゃないな。
「まぁ、いいや。清掃だけして後で考えよう」
二台ともサドルのニオイは結局何やっても取れなくて、サドルだけ捨てる事になった。




