一日目 vs赤の天使 後編
赤の天使が新たに発現したスキルは"加速"。自身の時間軸を"ズラす"ことであたかも加速しているように活動する術。しかし―赤の天使の拳から血が吹き出した。
「―当たり前だろう」
ふらふらと立ち上がりながらマクスウェルは呟く。
加速したまま攻撃すれば、当然その時間の"ズレ"は反動は己に返ってくる。それでも、傷付いた傷口は"再生"のスキルで瞬く間に治癒される。
(…ここまで理にかなったスキル持ちとは本当に、嫌になるな。
こいつ相手に負けたら命はないだろうし―仕方ない、少しだけ本気になるか)
一見、圧倒的な不利な状態のように見えながらも、彼は余裕をもって一息吐いてから胸に手を当てる。
何かする、そう直感的に理解した赤の天使が"加速"するが、彼はそれよりも早く胸を叩き―服の下に隠していた、己の魔力の結晶を砕いた。
「―クロック・アウト」
世界が遅延する。否、己が"加速"する。
不敵な笑みを浮かべて、迫り来る赤の天使の動きをはっきりと"視認"する。
首を刈り取る腕を屈んでかわし、拳を伸ばした瞬間にマクスウェルは加速を解除して、がら空きの頭を地面に叩きつける。
絶叫と共に、赤の天使が悶え、地面を転がる。
それと同時に会場からも悲鳴が挙がった。
マクスウェルの姿は変貌して、服の代わりに、スーツのような赤い魔力の鎧を纏っていた。それに加え、角は更に二本増え、背中から生えていた翼に加えて、腰からも二枚、少し小振りの翼が生えていた。
先ほどの衝撃で顎が砕けたのか、口からダラダラと血を流していたが、すぐに止血されて彼は転移して距離を離したが、彼も同じく"転移"して距離を詰める。
「どうした? お前のスキルなら我が魔法で全部再現してやる。さぁ、やってみろよ」
悪魔のような姿した彼は、にこやかに笑い、怯え逃げようとした赤の天使の右肩を掴み、空いた手でその首を鎧の爪で斬りつける。しかしそれは浅く、首を繋ぎ止めており、その命を奪うまでには至らない。"再生"によって血が一瞬吹き出るだけに止まり、半狂乱気味に腕を振り払い、その隙に彼もマクスウェルの首に手を掛けるが、それよりも早く、体勢を立て直したマクスウェルがその手を掴む。
それと同時に手首から鋭利な刺が生えてくるが、彼の鎧を貫くことは出来ない。
「行儀が悪いな」
刺もろともその手首をへし折り、再びその首に狙いを定める。その瞬間、赤の天使が加速し、至近距離で振動の衝撃波を放つ。
かわすことが出来ず、直撃したにも関わらず、マクスウェルも同じく加速し、鎧の足底をスパイクのように変化させ、距離を離すことを許さない。
そのままその首に爪を突き立てるが、彼も後方に転移して逃げ出した。それと同時にマクスウェルは加速、体勢を整えて追いかけるように転移する。
転移先では既に構えていた赤の天使が、彼の意識を刈り取るといわんばかりに腕を振るっていた。が、彼はそれを確認してから腕を掴み、その勢いを保ったまま背負い、投げた。
受け身を取る間も与えず投げ飛ばし、大の字で地面に叩きつけられたが、咄嗟に頭部だけは守った彼の四肢を、迷わず魔法で作った剣で切り落とす。
それぞれの手足が再生によって着く前に、達磨となった彼を蹴り飛ばした瞬間、赤の天使が加速によって自身の体の再生を図る。マクスウェルはそれも想定済みであり、ほぼ同時に加速する。
しかし、赤の天使の加速がマクスウェルの想定を上回り、先に再生した手足で立ち上がり、迫り来る悪魔の腹を貫かんと槍のように尖らせた手―事実、その手は数多の鋭利な刺に覆われており―を突き刺した。
それでも彼の鎧を貫くことは出来ず、マクスウェルはその一撃を鎧で受け止め、腹で止まった腕を掴む。
「―恐ろしいな、戦いの中でスキルが成長するか」
マクスウェルの"加速"が間に合わなかったこと、先ほど手首ごと砕いた刺が明らかに凶悪になっていることを踏まえ、出した結論を呟いた
"加速"の発現も踏まえ、スキルの成長―これ以上の"遊ぶ"のは危険とマクスウェルも判断し、決着にかかる。
掴んだ腕にマナを撃ち込み、そのマナを利用して"軟化"させる。そしてその腕を真横にへし折る―"人食い"戦でも見せた方法を用いて腕を折り、一瞬怯んだ隙に顎を殴り付けて脳を揺らす。
幾ら再生によって外傷の耐久力が高くとも、内部の衝撃による障害には対処は難しい。しかしこれだけではトドメには成り得ない。それでも、転移と加速によって逃げる赤の天使を殺すには、まず足を止める必要がある。
一発叩き込んだが、その足を止めるまでには至らない。ならば、動かなくなるまで殴るまで。
多少なりともダメージはあるようで、少し鈍くなった隙に喉元に爪を突き立てるが、致命傷に成り得る攻撃だけは咄嗟にかわされる。返す手で胸を貫き、本命である肺を潰す。
外傷であるため、数秒もしない内に再生されるのは分かっている。しかし、狙いは怯ませることであり、一瞬でもそちらに意識が向けば、それでいい。
彼の狙い通り、一瞬隙ができた。さの隙を見逃さず、マクスウェルはもう一度、魔法で強化した拳で頭を揺さぶる。
二発目にしてようやく体勢を大きく崩し、彼は間髪入れずに掌底を叩き込んだ。
先ほどはマナを撃ち込んで肉体を軟化させたが、今回はそのマナを利用して肉や骨を硬直させる。
思った動きが出来ないことに気付いた
赤の天使が狂乱気味に叫び、起動させた振動の衝撃波が闘技場の至るところを吹き飛ばしていくが、彼の鎧は砕けない。
マクスウェルは再度、ありったけの魔力で己の時間を加速させ、スローモーションの世界の中、まずは赤の天使の首を切り落とし、一瞬浮いたその首が再び着かないように、返しの回し蹴りで闘技場の端まで蹴り飛ばした。
用語解説…魔法編
キャラ紹介や詳しい解説は次の話でまとめます。
千里眼…任意の場所に"目"を作る魔法。その目と視界を共有することで偵察や観察を行う事ができる非常に便利な魔法。しかし必要な魔力は膨大であり、マクスウェルの世界では一般的に使用されていない。
トリシューラ…"ありとあらゆる性質を持たせられる"三本の槍を作り出す魔法。その性質から奇襲、攻撃、防御、何にでも使用でき、外見や魔法の術式も全く変わらないことから相手に気取られる事なく使えるため、マクスウェルの愛用する魔法のひとつ。
なおその難易度から後世には継承されなかったため、世間からは失われている。
クロック・アウト…己の時間を早める魔法。それでも物理法則は維持されるため、加速した後、時間の誤差による反動を受ける。その影響は大きく、便利ではあるが不便な魔法。
こちらも同じく継承されなかったため失われた魔法だが、その中でも禁忌と呼ばれる魔法の一つ。