一日目 帰り道にて
結果、マクスウェルの優勝となった試合の後、歓声に包まれながら彼がその場を去ると、早速パラナが待ち構えていた。そして、彼の顔を見るやいなや、拍手で迎えた。
「優勝、おめでとう。まさか本当に勝つどころか…あそこまで圧倒するとはな」
「だから言っただろう? 私は勝つと」
至極当然とばかりに言い放ち、パラナは小さく笑う。彼もそれにつられて笑い、彼の赤い鎧と翼、更に角にヒビが入る。
まもなく、鎧は砕けて塵となり、彼は元の姿に戻った。
「…お前のその姿はなんなんだ」
塵は彼の手に集まり、赤い宝石を形作り、彼はそれに紐を通して首に掛けた。その動作を終えてから、マクスウェルは一つ息を吐いた。
「とりあえず、帰ろうか。私も久々に少し真面目に戦って疲れたよ」
答えるのは帰ってからでいいだろう、と言わんばかりに彼は冷たく言い放って先に歩き出した。
「―まぁいいが、もう一つ聞いて良いか」
「質問による」
マクスウェルは問いに対して即答し、パラナも言ってみろ、と彼が促したと理解して質問する。
「どうしてわざわざ"赤の天使"の亡骸を焼いたんだ?」
彼の言う通り、首を切断して絶命した赤の天使の骸を、彼は即座に焼き払って骨すら残さず灰塵と帰した。
その行動の真意について聞くと、彼は淡々と答える。
「私なりの敬意だ。私にあの姿をさせたという、な」
「敬意?」
パラナが聞き返すと、彼は頷く。
「私のいた、魔界の文化だ。敬意を払うべき相手は、その骸を辱しめられないよう、勝者が適切に処理する。
方法は人それぞれであるが、私は相手の肉と骨を焼き払って、天に還すというやり方が好きなんだ」
「不思議な文化だな」
「そうか」
パラナの率直な感想に彼は笑う。勝者が何をしても良いこの闘技場では、敵に敬意を払うというのは珍しいのだろう。そして軽く伸びをして彼も一つ聞いた。
「ところで、帰ったら厨房を貸してもらってもいいか?」
「なんだ、給仕の真似事でもするならこちらから用意させるぞ?」
闘技場を勝ち抜いたこともあり、彼なりの気遣いとは思われるが、マクスウェルは首を横に振る。
「気遣いには感謝するが、私がやりたいんだ。何せ、衰弱してる娘もいるからな」
「まぁ、お前がやりたいなら許可しよう。帰ったらこちらからもコックに話をしておく」
「助かる」
マクスウェルは少し嬉しそうに笑い、前を向いて早く帰ろうとしたところで、足を止める。何事か、とパラナも前を向くと、それを理解して鼻をならす。
「―潔く、敗けを認めていただけないかな。ロライマ殿」
彼らの前には、青を基調とした礼服に身を纏った25前後の金髪を短く整えた女性が待ち構えていた。
そして、その脇には二人のローブ姿の従者が構えている。
ロライマ、とパラナに呼ばれた彼女は歯ぎしりしながら言い放つ。
「敗けを認められない、というわけではないですよ。ただ、スキルを持たないとはいえ、ここまで高い戦闘力を持つ異世界の来訪者を、このまま放置するのは認められません」
丁寧な口調に怒りと殺意を孕んでおり、マクスウェルも構えようとしたが、パラナはため息混じりに説得を試みる。
「闘技場の理念からは外れていない筈だが。
それに、彼はむやみやたらにスキル持ちを殺しにするようなことはしてない。"赤の天使"の過度な再生能力を考えたら、殺す以外、全うな勝ち筋がないだろうから、仕方なく選んだ方法だろう。
貴公の言い分は、ただ今後の稼ぎ頭が潰されて不機嫌になっている子供にしか見えないよ」
「勝手に言ってくれる。貴方は目的も知ってるでしょう。
こんなのを放置していたら、計画に支障が出るに決まってるでしょうに」
ロライマの言い分に対して、パラナは馬鹿らしいと言わんばかりに大きなため息を吐いた。
「敢えて言ってやろう。たった一人の闘技者に潰されるような計画ならば、辞めてしまえば良い。
―マクスウェル」
「御意」
パラナの呼び掛けに、彼が即座に裏拳で殴ると、虚空で鈍い音がして、彼の背後から、背景と同化して忍び寄っていた刺客の一人が倒れる。
「主人から、戦闘の許可が出た。
…やりたいならやるが、どうする?」
手に着いた鼻血を払い、首にかけてあるルビーのように赤い、己の魔力に手を掛けて淡々と問いかけるも、戦意は失っていないようで彼女の前に壁が作られる。
「パラナ、少し暴れる。大人しくしててくれ」
「では、早めに済ませてくれ。私も食事がまだでな」
「分かった」
二人は軽く茶化しながら言葉を交わして笑い、パラナの周囲に魔力の防護壁が作られる。
マクスウェルは消えるようにロライマの前に転移し、彼女の前に張られた防護壁を全力で殴るが、それはヒビ一つ入ることはない。
「―ただの壁とは違うな」
壁ではなく、別の"次元の壁"に阻まれているような感覚。彼女に寄り添い、壁を張るローブの一人がこの壁に関するスキル持ちなのだろう。この防御を崩すには少し手間がかかると理解したマクスウェルが、すぐにその場から離れると、彼の足元で刺の柱が立ち上がった。
気が付くと、もう一人の従者は壁の外で彼の後方におり、パラナにも照準を合わせていた。
「全く、面倒な」
彼は小さく舌打ちをして魔力で固めた弾丸を作り出し、それを放つが、寸での所で回避される。それと同時に肉薄し、従者の顔面に拳を叩き込んだが、敵の体が流体化し、軽々と回避されてしまう。
「なるほど」
それを確認し、人の形を再形成する前に、彼の周囲に吹雪が舞う。
「―!」
流体化していた体は瞬く間に凍りつき、声ない声が挙がる。
「無理に動こうとするなよ、死ぬぞ」
マクスウェルは小さく忠告し、再びロライマの元に歩みより、一瞬、何か明るい剣のような物を振るうと、彼女を守っていた壁が霧のように消えていった。
「―な…!」
一瞬の隙の内に彼はもう一人の従者の首を掴み、マナを撃ち込んだ。
「さて、私の勝ちか? 無駄な屍を築きたくないなら、従者を退かせてもらおうか」
マクスウェルは間近にいたロライマに問いかけると、一瞬反抗的な目をしていたが、諦めたように肩を落とした。
「―分かりました。皆さん、帰ってきてください」
「よろしい」
敗北を認めた時点で彼は従者の首から手を離し、構えを解いた。―その瞬間、彼女は小さく合図をしたのをマクスウェルは見逃すことはなかった。
首から手は離れていた筈の従者の首から、鋭利なナイフのような突起物が飛び出し、それが回転して首をネジ切った。
「不意討ちとは感心しないな」
間近で首を切り落とされ、返り血にまみれたロライマに向け、彼は無感情に言い、後方で凍結している物と、彼の裏拳に沈んだもう一人の従者に目を向ける。
「私は無駄な屍を築きたくないなら、と忠告した筈だが、分からなかったか?」
「―止めて、ください」
彼の冷たい目を見て、ようやく言葉の真意を理解し、ロライマが振るえる声で制止したところで、彼の敵意が消えた。
「分かった。―さて、そちらの死体を見せてくれ」
固まったままの彼女を無視して、彼はいつの間にか止血してあった亡骸の首を拾い、それを胴体にくっ付けて治療を始める。
「何を―!?」
「静かに見ていろ」
マクスウェルは一蹴し、従者の治療を続け、その首が傷一つなく、綺麗に繋がった所で魔法の水を作り出し、従者の顔にぶっかける。すると―
「―かはっ、」
「……!?」
即死したと思われる従者が息を吹き返した。それに驚きを隠せない一同に対して、彼は凍結している従者や、倒れている従者を治療しつつ言う。
「そいつが大事なら、あとで失くした血を補給させておけ。医療に詳しいやつがいるなら、ついでに見せておけば大丈夫だろう」
そしてやることを終えたため、周りなど全く意に介さず、パラナの周囲の防護壁を解除して問い掛けた。
「皆殺しにするのは止めたんだが、良かったか?」
彼の問いにパラナは小さく頷いた。
「構わないよ。まぁ、少し遅くなってしまったから早く帰ろうか」
「御意」
まるで何事もなかったかのように、小さな戦闘の跡を残して、二人はそのまま帰路についた。
用語解説 キャラ編
マクスウェル…彼の本来の魔力は結晶化させ、装飾品のようにして身に付けており、"赤の天使"戦において砕いた首飾りには赤い鎧―第二形態までの魔力が秘められている。
魔力を抑えているのにも理由があり、彼は種族として魔力が多すぎると、それに適応するため魔物の姿へと先祖返りをする。そのため、人の姿を保つためにも彼は普段は力を抑えている。
第二形態時点では半魔物化の状態であり、鎧で隠しているため分からないが、首から下は完全に魔物化している。
赤の天使…スキル 再生 身体強化 身体変化 加速 振動 言語理解 他多数
ロライマが所持している闘技者の一人であり、最強格の怪物。複数のスキルをより強く発現させるために強い力を持つもの同士で交配させ、その中から更に強い子同士で交配させた結果、多数のスキルを強く発現させて生まれた子。
近親相姦も構わず交配を続けていたため、知能に障害が強く出ている上、更に薬物によって理性を破壊されているため、動物的な本能が非常に強い。
それでも"言語理解"のスキルを有しているため、主人であるロライマなどのいうことは聞くことができる。
スキルの強さも相まって、危険視したマクスウェルによって殺害された。
ロライマ…赤の天使の主人。
闘技者を提供する領主の子供の一人であり、比較的理性的であるものの、感情的になることが多く、パラナとしてはまだ話せる相手だが苦手。
バイーア…亡霊の主人。
闘技者を提供する領主の子供の一人であり、他者を見下す発現をすることも多く、パラナを含めて子供たちの中でも品位を疑う、と嫌われている。
特に闘技者、奴隷に対しての当たりが強く、小物感が凄い。
魔法解説…はっきりと単語としては出ていませんが、説明する機会があるか不明なので。
マナの撃ち込み…マクスウェルが打撃時に行う技術の一つ。己のマナを撃ち込んで、そこから様々な魔法を起動させる。
人食い、赤の天使戦で見せた"骨の軟化"、赤の天使戦で見せた"拘束"、ロライマの従者に見せた内部からの殺害。いずれも、マナを撃ち込んで体内から魔法を起動させたものである。
彼の世界でも対策はほぼ不可能であり、非常に強力な術の一つ。
不死の呪い…ロライマの従者に見せた、魔力で"強制的に命を繋ぐ魔法"。その呪いを使われている間はどうやっても死ぬことが出来ず、絶命するほどの痛みを延々与えられることとなる。
逆に呪いを掛けている間に治療することが出きれば、首を切り落とされても、体が半分になっても命を繋ぐことは可能。しかし精神面などは一切保障がないため、ショックや後遺症が残ることも多い。
当然、彼の世界では"禁忌"として扱われている魔法であり、マクスウェル自身も"歴代最悪の魔法"と評している。
※"亡霊"については次回当たりに解説があります。




