旧支配者
「久々だな」
争い出した領主たちを尻目に、彼らはその場を切り抜けた所で、さりげなく剣聖が着いてきた。
「…加勢か?」
「そんなところだ。主人から、総司令の救出を手伝えと言われて」
「医療のところに襲ったのは軍部だって言うのに?」
シナロアが不思議そうに聞くと、彼は首を横に振った。
「詳しいことは拙者にも分からん。ただ、命令を遂行するのみだ」
「何にせよ、協力は助かる」
一人加えた一行は先に進み、警備はいるものの、ほとんどが単独であり、彼らの妨げになることはなかった。
そして、元々指定されていた地下牢の入り口まで進んだ所で、無益な殺生を回避するために携えていた逆刃刀を捨て、改めて真剣に持ち替える。
「鈍器はあったほうが良いんじゃないか?」
「本当に必要なら、峰打ちで代用するから大丈夫だ。何かの手違いで殺さないように持ってきただけだからな」
彼はそう言い、改めて刀の感触を確かめ、いつでも抜けるように手を添えた。
―それと共に、大きく屋敷が揺れ、熱風が襲いかかる。
「…これは、天魔か」
「本当に、恐ろしいね」
初めて見る訳では無いが、圧倒的なまでの力の差を見せつけられた気がして、彼らは巻き込まれる前に救出に向かうことにした。
地下に潜っていき―警備が厚くなると思っていたが、予想とは裏腹に人気を感じられない。逆に不気味に感じ、彼らは警戒をより強めながら―指定された独房まで辿り着いたところで、話し声が聞こえた。
「―それには、こちらも驚いたよ。元々回収しようとしていた、"∈∀∈"を殺されてるなんて思いもよらなかったからさ」
「そうか」
とても興味なさそうに答える総司令の前に座っているのは、白衣を纏った銀色の女性。しかも、面会用のガラス越しではなく、文字通り、彼の前に座って話しているのだ。
かろうじて口だけは認識できるが、それより上の顔はフィルターがかかっているかのようにぼやけ、認識が出来ない。総司令と話しているものの、特に敵意は感じられないものの、不信感が勝る。
「―おや」
そこで、彼らの来訪に気がついたのか、彼女がこちらを見ると―目の前に転移して、目の前に立ってみると予想以上に大きい彼女に、上から見下ろす形で話しかけてくる。
「こんな時に客人とは。君たちは彼の知り合いか何かかな?」
「…!」
不意打ち気味の行動に、誰よりも早く反応したのは剣聖。座標操作を利用した居合で、彼女の体を両断しようとしたが、それは銀色の腕に防がれてしまう。
「良い反応速度だね。でも、遅いかな」
突然の攻撃に対して、彼女は全く動じずに呟き、単純な力量差を示すように一歩退いて両腕を広げた。
「力比べでもするかい?」
「―やめておけ。お前らでは勝てん」
彼女の挑発に、総司令が止めると、少し不満げに彼女は振り向いた。
「そんな萎えるようなこと言わないでよ、ねぇ?」
「――ぐっ…!」
彼女が片手を上げると、総司令の首が締まっていく。苦しそうに、しかし抵抗の意志が消えていない瞳は彼女を捉え続けている。
その隙に四人は一斉に動き出し、彼女の動きを止めようとした。しかし、その体は液体のように溶け、銀色の泥となった体は素早く距離を離して再構築される。
「冗談に本気にならないでよ」
「…なんだそれは、スキルか…?」
クルドの呟きに、彼女は大きな口で笑って否定した。
「いやいや、そんなのじゃないよ。謂わば、"科学"の力さ」
「―そいつらに、余計な真似はしないでほしいな。"アザゼル"」
総司令の言葉に、再び彼女―アザゼルは冷たい視線を送る。
「本当に、君はネタバラシが好きだね。そんなに喋れなくされたいのかな?」
「やってみろ。余計な力を見せて、奴に居場所が知られてもいいのならな」
明確な敵意を向けてきたアザゼルに向け、総司令が挑発するように言うと、観念したのか構えを解いた。
「……はいはい、こちらの負けだよ。面白いものに引き寄せられて来てみたら、"あの子"も来てたんだもの。
早い所逃げたいんだけど、身を隠してた方が安心だからさ。君らも、少し話し相手に付き合ってよ」
「……拒否権は、無さそうですね」
ヴェルディが悔しそうに呟くと、彼女は勝ち誇ったように答える。
「そうだね。君らは神の力の断片を使えたとして、その断片の大元に勝てるとでも?」
「それでも、どうせ逃げられないなら抗うほうがいいんじゃないの?」
「おや、信用されてないね」
警戒を解かないシナロアに向けて、彼女は構えを解いて何処からか椅子を生み出して腰掛けつつ言う。
「信用できないでしょ。騒ぎを起こしたくないとは言え、このまま居れば、マクスが先にこちらに来てもおかしくない」
「―あぁ、君はボクの敵が、あの魔族だと思ってるのか。悪いけど、それよりももっと厄介なモノさ。あっちのほうが話が通じそうな分、まだマシまであるよ」
彼女はシナロアの考えを訂正し、少なくともマクスウェルがやってきたとしても、戦うつもりがないという意図の考えを聞いて、少し警戒が解ける。
「…この揺れの原因でさえ、まだマシと言うか。お前を追っているのは―」
「あんまり話題にはしない方がいいかな。何せ、ボクの株が下がっちゃうからね」
総司令の言葉を遮って話すが、その時点で追われるべくして追われたのであると彼らは察した。
「まぁ、それはともかく。今は時間を潰すのに付き合ってくれないかな」
「お前が話している分には聞いてやっているだろう」
まだ痛むのか、首を擦りながら素っ気ない返事をする総司令に向けて、彼女はつまらなそうに聞く。
「こちらが話してるだけじゃつまらないでしょう。君らも話したら面白いことたくさんあるでしょ」
ほらほら、と会話を楽しむように彼女は話題を振るように促してくるが、返ってくるのは沈黙。
痺れを切らして別の遊びに変えようとした所で、シナロアが重い口を開いた。
「話すついでに、いくつか聞いていいですか」
「この際構わないよ。で、君は何が知りたいの?」
「∈∀∈、って何ですか」
遠くで聞こえた単語について聞くと、剣聖の表情が硬くなり、何かを察したアザゼルは厭らしい笑みを見せて頷いた。
「君も知りたいかね。"医療"の抱える深淵について」
「余計なことを言ってみろ。すぐにその体を両断してくれる」
「両断してもいいけど、手応えは無いと思うよ? ボクの体、流体にもできるし」
柄に手をかけながら威嚇する剣聖に向け、彼女はほら、と言いながら体を泥状にしてみせる。
脅しが全く意味をなさないことを理解して、剣聖は鬼の形相で刀から手を離す。
「分かりやすく言ってあげると、医療側が残していた"∆∂∆Σ"ってところさ。あそこは、∆∂∆Σから分離させた核を培養して、二体目の∆∂∆Σを作り上げていた」
「どうして、そんな真似を?」
素直な質問に、彼女は愉快げにケラケラ笑いながら答える。
「そりゃ、管理下に置いた肉塊から、抽出に使える肉塊を引き摺り出すためさ。
しかも、アレなら核を傷つけない限りほぼ無限に再生するし、量産するにはうってつけの無限機構になるってわけ」
「…………、おい、そこまでにしろ」
焦りを見せる剣聖のゼロ距離にアザゼルは這い寄り、大きな口を歪ませながら聞いた。
「何で良い所で止めるんだい? もしかして、聞かれたらマズい相手が居て、なおかつそいつを排除しようと三人に取り入ったわけじゃないよね?」
「――!!」
図星、と言わんばかりにアザゼルの首が切り落とされ、泥は制御を失ったように見えたが―覆いかぶさる銀色の泥は剣聖の体を拘束した。
「困るなぁ、いくら図星だからってそんなつまらない照れ隠しするなんて」
「くっ…!!」
泥は直ぐに固まり、剣聖の動きを咎めた上で、遠くに生えた首は続きを語り始める。
「そうして生まれた、無限の抽出機構は、さらに別の性質を見付けられた。それは、食い散らかした者たちの体をサルベージ出来るってこと」
「――……!!」
そこで何かに気がついた総司令の顔が青ざめていく。
「おや、察しがいいね。
君等が必死に隠していたらしい器も、量産する体制はとっくに整ってたのさ。
ボクはついでに寄っただけだけど―こんなタイミングで面白い実験結果が見れるとは思って無くてね。つい、長居してたら、アレに見つかっちゃってね。逃げるに逃げられなく―」
その時、楽しそうにペラペラと話していたアザゼルの首が、再度消し飛んだ。




