再会
世界が暗闇に包まれたのは数秒であったが、明かりがついた時に、見知らぬ怪物が影と相対していた。
全身を蒼色の甲殻に覆われた、人型の生き物。頭部はつるりとしたヘルメットのような形をしており、正面に付いた、眼球と思われる部位が青く光っている。
肩と背中と腰からはコウモリのような大きな翼が生えており、手足は猛禽類のように鋭い爪が生えている。
「ς∫∫∫∫∫∫∫!!!」
怪物は、二列に並んだ牙を剥き出しに吠え、影へと襲いかかっていく。
影は溶けるように消えていくが、怪物は光球を生み出し、影の体内で炸裂させる。
影そのものを光で消し去り、中に隠れていた子供のような本体が姿を現した。
怪物は、迷いなく子供の首根っこを掴み、地中へと潜っていく体を引き摺り出す。
宙に打ち上げられた体は再び天井に吊るされた光に照らされ、影へと変わろうとするが、それよりも早くより強い光を放ち、無効化させる。
それはかつて、シナロアが見た、影の方向を強制的に変化させ、スキルそのものの対象を不発にさせる方法。
光に晒された体を怪物の腕が伸びて捕らえ、地面に引きずり下ろす。
命乞いを聞くことはなく、反応する隙も与えずに怪物はその細い首を切り落とした―が、その体は影となり消えていく。
「…………」
彼は無言のまま、その影を見捨て、振り向きもせずに背後に腕を伸ばすと、迫る影が握っていた暗器を掴んでいる。それは軽々と破壊され、その破片を弾き返しながら追撃をするが、影は自身に被さるように、光源を生み出しながら消えていく。影を消させないつもりなのだろうが、先程、この怪物が何をやっていたかを忘れているようだ。
影は体の内側から強烈な光を発し、霧散する。再度姿を見せた子供の腹に、見とれるような流れる動きで掌底を叩き込み、壁の反対側まで吹き飛ばした。
「―がほっ」
血痰を吐きながら、金髪の子どもは飛んでいき―"再生"の力で瞬く間に傷を癒して、再度影を纏おうとするが、それはうまくいかない。
「ι+ι∬∏∅∨∫∈」
彼はまた、理解の出来ない言葉を発し、光り輝く少年に接近する。
影を封じられ、半狂乱になった子どもの出来ることなど、たかが知れている。何か、彼を止めようと足掻いていくが、その努力は虚しく、怪物はその細首を容赦なくへし折った。
一撃で絶命し、地面へと倒れ伏した彼に一瞥し、胸の前で片手を立てると―その亡骸は唐突に発火し、瞬く間に炭へと変えていった。
見覚えのある戦い方。こちらへ一切敵意を感じないその姿を見て、影から逃れたシナロアは、怪物に向けて呟いた。その後ろでは、生きることを諦めていた二人が、意味が分からないと言いたそうに、こちらを見ていた。
「マクス?」
「……?」
彼はその声を聞いてこちらを振り向いたが、言ってる意味が分からないと言いたそうにきょとんとしている。そして、しばらくしてから思い出したように背中を向け、何やら天井を眺めながらブツブツと呟き始めた。
「……これで、大丈夫だ」
人の姿はしていないものの、聞き慣れた声が聞こえ、彼らの緊張の糸が途切れ、地面にへたり込む。
「……お帰り、なさい」
いろいろな感情が混ざっていて、言葉が見つからないシナロアが絞り出すように言うと、彼は普段通りに聞いてきた。
「安心している暇はないだろう。お前らがこんなところにいるという事は、パラナが誘拐された何かではないのか?」
「それは、俺から話そう」
疲れた様子のクルドが、年長者として説明をしようとしたが、久々の戦闘の影響か、足取りは重い。
彼はめんどくさそうに頭を掻きながら近付いてくる。
「面倒だ、直接記憶を覗かせろ」
「……もう、何も言うまい」
ツッコむ気力もないクルドは、マクスウェルの為すがままに受け入れ、彼が額に手を伸ばし、すぐに離した。
「成る程。国王側のやり方に反発するため、軍部は動いていたということか。それで、ジャイロは既にアルマロスに呑み込まれていた、と。更にパラナも総司令も軟禁されてしまい、仕方なく蜂起した、といった感じか。
大体事情は分かった。それで、まずはパラナを探せば良いんだな?」
彼は周囲を眺め、ふむ、と腕を組んだ後、唐突に虚空を殴りつけると―空間に亀裂が入り、割れた空間の裂け目からパラナが倒れ込んできた。
眠らされたのか、怪我はないものの意識のないパラナをマクスウェルが受け止め、地面に寝かせる。
「不要な時は空間の狭間に封じていたようだな。…全く、悪趣味な」
彼は忌々しげに呟き、主人の無事を確認した三人の従者も安堵の溜め息を吐いた。
パラナの意識が戻る前に、マクスウェルは地響きの続く上階を眺めながら呟く。
「上でドンパチしてるのが、神成と国王か。あまりあの二人を接触させたくなかったんだが…今回は仕方ないか」
「加勢に行くの?」
「加勢というより、どっちも殺す必要がありそうだが」
マクスウェルは淡々と答えると、三人の反応が変わる。
「……どうして?」
「どっちも生かしておいて損しかないからな。少なくとも、今の状況として」
非情に答えると、彼女たちも流石に止めようとする。
「神成だけでも、何とかならない…?」
「それは多分難しいな。あの感じだと―」
「…ダメかな?」
シナロアの必死の頼みに、彼は折れたのか、面倒そうにため息を吐いた。
「……分かった、出来る限りの努力はする」
「ありがとうね」
話がまとまったところで、クルドとヴェルディの二人を見た。
「随分と消耗してるみたいだな」
「……そうだな」
「スキルの仕様はあまり分からんが、こういうのはどうだ?」
彼は二人の腹部に手を当てて、魔力を注ぎ込むと―使い切った装備が息を吹き返した。
「お前、一体…」
「深い詮索は無しだ。これなら、お前らは総司令の方に向かえるだろう?」
彼は詳細を語らず、先に進むことを進言したところで、パラナが呻いた。
「――うぅん、」
主人の目覚めに、三人は一旦そちらに意識を向けると、彼は何度か瞬きをした後、三人に気がついたようだ。
「パラナ!」
「パラナ様、ご無事で」
「……」
それぞれが彼を囲い、安否を確認するが、混乱したパラナは何が起きたか理解できず、呆然と己を抱きしめるシナロアを見ていたが、ようやく意識が戻って、現状を理解した。
シナロアの体を抱き返し、静かに呟いた。
「……お前ら、来てしまったのか」
言葉とは裏腹に、彼は泣き出しそうな声で言い、後方の警戒を続けていたマクスウェルが淡々と言う。
「感動の再会のところ悪いが、時間がない。お前らも一旦切り替えろ」
「……マクス?」
そこでようやく、人の姿を捨てたマクスウェルに気が付き、パラナが名前を呼ぶと、数秒考え込んだ後、彼は振り返って跪いた。
「主人、遅くなりました」
「…もう、私は主人ではないだろうに。それでも、主人として着いてくれるのか?」
呪いによる誓約は、強制送還された時に失われている。それでもなお、彼の従者であろうとするマクスウェルに向けて、パラナが問いかけた。
彼は頭を下げたまま、応える。
「前にも言ったな。私は"お前を裏切らない"。その言葉に二言はない」
「………そう、か」
パラナはふと空を仰ぎ見て、言いたい言葉を飲み込んでから、話を進めた。
「簡潔に、ここまでの経緯を教えてくれ」




