三六話 邪竜瞬殺
次の日。魔王軍は北に向かって行軍していた。
邪竜の居場所は既に特定されている。討伐は席取りに利用され、功績に応じて階級が上下するとヴィアは説明していた。
「竜人は魔族の上位互換みたいな種族でね。数は少なかったけど魔王軍にも劣らない戦力だったわ。そんな竜人を絶滅させたのが今回討伐をする予定の邪竜よ」
ネフィーがそう言うということは討伐に参加する魔族は死ぬ可能性が高いということになる。
当然ながら、邪竜の討伐なんて不可能だ。
それは派遣されている者たちにも分かり切っているのか、全員がいかにしていい感じにダメージを与えて逃げるかを話し合っていた。
「結局、俺たちが討伐するっていうのに魔王様も残酷な事しますね」
「カイト。口を慎め」
「随分冷たくなりましたね。まあ、さっきは言葉が悪かったっす」
俺たちは戦場を見渡せる場所で監視の魔族たちの護衛をしている。
戦場を見ていると、三つの派閥がそれぞれ分かれて行動をしていることが分かる。今は三人になった四天王の派閥ごとに分かれているらしい。
精鋭たちを連れているのか黒い角の魔族もちらほら見られる。
総数は一派閥三百人ほどで、総数千人近くと言ったところだ。
邪竜が現れた。体躯はとにかく巨体で、魔王城とどっこいどっこいと言ったレベルだ。
全身を腐らせているのか毒が周囲にまき散らされている。
「もって数時間でしょうかね」
俺たちは数時間ほど様子を見ていたが、蹂躙が始まっていた。
邪竜が一回攻撃するだけで、何人も宙に舞う。そして、魔族からの攻撃は一切通用していない。
逃げる者や、勇敢に戦う者。戦場はバラバラの意思で動き始め、一時間も経たないうちにすべてが終わった。
「結局半分も残らなかったな」
魔王軍に必要な人材と判断された者だけがリンネの転移によって戦場から救出された。
その結果。半分も残らなかった。
「じゃあ、俺たちが戦いますか」
「いや、いい。俺が単騎で倒す。エンテ。手伝ってくれ」
「来い!」
血で繋がっているエンテは俺のやろうとしていることを理解して、俺の後ろで背を屈めた。
俺はエンテの手に足を乗せた。
「行くぞ!」
エンテは俺を邪竜に向かって発射した。
「俺は海と同化できる能力者を倒したことがある。あの時は手足の切断で終わったがお前は首でいいな《かまいたち・工》」
邪竜の首を囲うようにシルトを出した。
「死ね。《魂魄断罪》」
巨大な刃を作り、ギロチンの要領で邪竜の首を切り落とした。
「《かまいたち・巨雷》」
シルトで壁を作り、壁から一斉にかまいたちを放つ。
邪竜の頭が一瞬でボロボロになり、崩れ落ちた。
これで討伐は完了だ。
俺が復讐したかったのは、ミヤの血液を奪ったあの女だった。
『邪竜を復活させないと面白くない』と言っていた神の下僕と名乗った女。俺はどうしても許せなかった。
だから、俺はあいつが楽しみにしていたであろう邪竜との戦闘を不意を突いてすぐに終わらせた。これで面白くもなんともない結果になったはずだ。
これが今回の騒動における俺の復讐のすべてだ。
「お疲れさま! すごいね……」
リンネが俺が落ちる前に転移で元の場所に戻してくれた。
「相手が舐めていた隙で殺しただけだ。こんな人数を転移させるリンネの方がずっと凄いぞ」
これで邪竜に関する事件はすべて解決したと言ってもいいだろう。
ミヤはこれからも悪い存在に狙われるだろうが、戦略的価値は大幅に落ちた。魔王を刺激してまで手に入れようとはしないだろう。
逆に俺は邪神教の奴らに狙われ続けるだろう。だが、それでいい。俺は異世界人で帰る為には混沌派が持っている帰還の書を奪う必要がある。
他の組織や国を狙うよりも敵対している所から強奪した方が心が痛まない。
「俺はこれでいなくなる。邪神教の混沌派を潰して元の世界に変える為のアイテムを手に入れる。いままでありがとうな」
「えっ。ケント。冗談はやめてよ。ボクらも協力するからさ。いなくなるなんて言わないでよ」
「悪い。俺は異世界人だ。このままここにいたら帰れない気がするんだ」
俺は帰らなければならない。だが、仲間たちに囲まれていると帰られる時に帰れなくなる。
「そうなんだ……じゃあ、ボクは止めるのは良くないね。でも――」
そう言いながらリンネは俺と共に邪竜の死体のある戦場に転移した。
「弱い人間を外の世界に放り出す訳にはいかないよね。ここから出て行きたかったら、ボクを倒してみなよ。《爆星》」
「《イタチザメ・絶》
盾で身を守った。
「なんでだ? リンネ。お前を殴りたくはない」
「そういう甘さは不要だよ。エンテの時みたいに本気を出しなよ」
リンネは本気だ。