三七話 vsリンネ
この話が実質的なクライマックスになります。特殊な戦闘シーンになりますが、お楽しみ頂ければ幸いです。
リンネは《コピー》の能力を持っている。しかし、それは相手の能力をマネる能力ではなく。相手の実力以上のなにかを習得している。いわば、コピーではなく昇華に近い。俺もシルトをコピーされた時は威力、高度、スピード。そのすべてにおいて負けていた。そして、更に特筆すべきなのは、コピーをする数に限りがないことがある。目の前で能力を見るなどの条件こそあるかもしれないが、一度見ただけであらゆるすべてを手に入れる。チートという言葉は彼女にこそふさわしい。目の前の俺が考えなければいけない手はあまりにも多すぎる。どんな種類の能力を使うかは俺には分からない。先読みをする為の《見通す目》は魔法関係や精神系の攻撃には脆弱だ。リンネの弱点は近接戦の技術が低いことぐらいだ。勝てる手立ては近接速攻か――
「ボクがこの一週間。誰を見て来たと思っているのかな?」
俺が攻撃する前にリンネが仕掛けて来た。
「接近戦。それは俺の土俵だぞ」
「それはどうかな?」
俺は盾で防御をしたが、それをあざ笑うかのように力の暴力で吹っ飛ばされた。
「パワーはまだボクの方が上だね」
「最初の時を思い出すな」
「あの時、ボクは死にかけていたけど、今のボクは万全。いや、ケントの治療で魔力を一度使い切ったから、更に成長しているよ」
これはまずいな。近接戦でも勝てないという事態になれば俺に勝ち筋はなくなる。
技を使ってパワーを流すしかない。俺には力の流れを見る《見通す目》がある。どんなに強い打撃であっても力さえ分かれば対処できる。
「力の流れが見えるんだよね。でも、それはボクも一緒だよ」
流そうと手を出そうとしたが、リンネの言葉で回避に変えた。
「あれ、手は出さないのかな?」
「俺より先が見えている相手に見える範囲での攻撃は自殺行為だ」
あのままやっていたら、おそらく手がやられていた。
「おっしいなぁ。ボクね。ケントの手足が使い物にならなくなるまで攻撃するからね。そうすれば、ケントはどっかに行こうなんて考えなくなるよね」
なるほど、これはまずいな。
勝つ方法が何一つ思いつかない。だが、俺には逃げるという手も残されている。
「大丈夫。痛くはないようにしてあげるから」
リンネが再び拳を振るって来た。
この威力を使って、飛び逃げることができれば――
拳が盾に当たる直前に止まった。
「あっ。そうだ言い忘れてた。もし、逃げたりしたら孤児院の子を殺すよ?」
「!?」
威力が大幅に落ちた拳を受け止めきれず、後方に引きずられた。
「どういうことだ! あの子たちは関係ないだろ!」
「ケントはいつも誰かを守る為に戦っていたよね。だから、こうした方が本気で戦ってくれるかなって」
「お前はそんな奴じゃなかっただろ!」
「そうだね。昨日までのボクならこんな事は冗談でも言わなかったと思う。でも、ケントがいなくなるぐらいなら、ボクはなんだってやるよ」
……本気の目をしている。
リンネのような子がこんなことを始める時は誰かから唆された可能性が高い。
多分、カイトの奴が吹き込んだな。
「俺はリンネがどれほどの能力を持っているかは知らない。だが、俺はいろんな能力者を相手にした経験がある。どっちが先に倒れるかの泥仕合になる覚悟はあるんだろうな」
「やる気になってくれて嬉しいよ。じゃあ、やろうか。《落雷》」
雷は雷雨を操る《天雷縛》の能力者の奈智停気との戦いで跳ねのけたことがある。
避雷針となる棒を立てる《雷樹》によって雷を避けた。
「《低温吹雪》」
雪は気温を下げる《氷河期の思い出》の殻巻圧低と霧を作り出す《濃霧》の手出左白霧のコンビの時に対処した。
全身を不凍液のシルトで覆い、外気を遮断する。
「《真空》」
真空は宇宙を環境を一瞬だけ作り出し、自爆したアーポロンの時に耐えた。
肺の空気を抜きながら、一瞬で抜け出したが一瞬目の前が霞んだ。
「《風の槍》」
空気を圧縮し打ち出す兵器で対処したことがある。
圧縮された力の点に《かまいたち》を放ち、飛散させた。
「《熱波》」
高温プラス乾燥。これは《近づけ太陽》の殻巻圧高と《除湿樹》の手出左乾黒の砂漠を作り出すコンビがいた。
これに関してはエンテから貰った高温に耐えられる力で特に対処する必要はなくなった。
「《竜巻》」
《蝶の羽ばたき》のエウィンの能力で対応した。
地中にシルトの杭を作ったドームで受けた。
「《天空落とし》」
空気を超濃度で圧縮し、相手を押しつぶす技か……
回避不可能。まず耐えられない。
これも受けたことはある。
殻巻天狐。あの子は大気のすべてを支配する《天帝》の能力をもっていた。
本人が制御できないほど強大な能力を巡っていくつかの組織による抗争に発展した。代々、天候に関する利権を握っていた実家から神格化され、それが気に食わなかった実の兄弟から狙われ、天候の利権を獲得しようと狙う国内の団体。宇宙に能力にまで発展させるために天狐を実験体にしようとした海外の組織。
俺があの子と出会ったのは幼かった天狐を軟禁していた実家から逃げた時だった。
海洋生物が好きで、俺の技の《イタチザメ》やいくつかの技は天狐が名付けた。
そんな彼女は最期に自殺した。
敵だと思っていた兄の停気が実は唯一の味方だったことを知ってすぐに停気が他の組織に殺された。精神が不安定になり、《天帝》が暴走し、多くの人を殺し俺も死にかけた。
自分がいかに危険か察知した天狐は泳げない癖に海に飛び込んで死んでしまった。
今でもあの人とは思えない死体の姿は覚えている。
何度、あの日に戻れたらと夢想したか覚えていない。あの暴走した日に戻れたら、俺は――
「《天狐》」
空を切った。
「天候を操るのは無駄みたいだね」
切られて無になった空間に左右から強風が入り込む。
俺はもう天候には負けないと誓った。
「《業火》」
炎は《炎帝》。柏葉赤碑との戦いで受けた。
耐熱性のあるシルトで炎と熱気を遮断する。
「《ウォーターカッター》」
高圧水流は《水帝》。柏葉青碑との戦いで半液状のシルトで受けた。
「《光刃》
圧縮されたレーザーは《光帝》。柏葉黄碑の時に透明なシルトで反射した。
「《すべてを食らいし無》」
防御不可能の球体が飛んできた。力場がなく目視では躱せない。
《無冠の帝王》。柏葉黒碑。あいつは才能がすべての柏葉一族の特異個体だった。
黒碑は無を作り出す能力を持って一族を支配し、世界征服を目指していた。
奴の野望を止めたいと言う柏葉白碑に泣きつかれた時に俺は動いた。
帝の名を冠する格上の能力者たちと戦い続け、何度も死にかけた。
特に黒碑との戦いは南極を半分消し去るほどの激戦だった。
最後は白碑が女性で白髪だったこと以外の記憶がなくなり、彼女は柏葉という名前と共にどこかに消えてしまったことぐらいしか覚えていない。
だが、一つ。彼女は技に漢字を一文字入れるのが好きで俺の技に影響を与えたことは覚えていた。
「《かまいたち・虚》」
無に対抗するために俺は世界を切り裂いた。世界が修復される過程で、存在してはいけないモノを含めてすべて消え去る。どうして、こんなことができたかは思い出せないが、無の対策として俺の経験はある。
「これも対処できちゃうんだ……」
「そろそろ諦める気になったか?」
「ううん。《魂の――」
魂に干渉する攻撃か、こういった能力は使わせる前に潰す。
「あれ、初めて見る能力だね。さしずめ《死神化》って所かな?」
魂の防護服と大鎌状のシルト。世間的にイメージされる死神の服装に近い恰好になっているのだろう。この姿なら魂に干渉する攻撃に耐性が得られる。
「《魂の絶叫》」
リンネの一言で、戦闘の影響でボロボロになっていた木々が萎み枯れてしまった。
魂にダメージを与える攻撃は肉体をいくら鍛えても防御はできない。
「あれ、《コピー》できない能力なんてあるんだ。天使憑きとかと同じなのかな?」
「どうだろうな」
「他人の力ではケントは倒せないんだね。戦場みたいな場所で生きて来たのかな?」
戦場か。あながち間違ってはいない。可哀そうだと思った人を助けようと、俺は足掻き続けた。
だが、そのすべてで俺の手元には戦った経験と懺悔の気持ちしか残らない。
守った子たちはみんな俺の手をすり抜けてどこかに行ってしまう。
出会いの数だけ別れを経験した。どれだけ俺が強くなっても何一つ守り切れない。
「あの時の涙って嘘だったのかな? だって、何度も死にかけたことがあるんだもんね。教えてくれないかな?」
「……」
「答えてくれないんだね。でも、どんな答えでもボクの気持ちは変わらないけどね」
リンネが接近してきた。
これは……
リンネに攻撃の意思を感じなかった。
俺は抵抗せずにリンネのタックルを受けて倒れた。
「もう休みなよ。なんで、ケントだけ苦しまないといけないの?」
「……お前に何が分かる」
俺は出会いと別れを繰り返している。
どれだけ強くなっても、どれだけ狡猾になっても、「これが運命だ」と言いたげに俺が欲しかったものが奪われていく。
リンネは俺の過去や感情を《コピー》したのか、別の能力で読み取ったのか。すべてを知っているかのような口調で話している。だが、俺とリンネの価値観は異なる以上、俺の事を真に理解してくれるはずがない。
「そうだよ。ボクはケントのことを全然知らない。だから、もっとケントの事を教えてよ!」
「話にならない」
刃物のシルトを突き付けた。
「俺のことは理解しなくてもいい。リンネはこの世界で生きていけばいいだろ」
「そうだよね。ケントを知る前にボクについて教えてあげないとね」
そう言いながら、リンネは《くず星》の発光する球体を出した。
「ボクは星が好きでね。初めて魔法を使った時は星に手を伸ばした時だったかな。《コピー》でみんな、私より強い能力を持っているって知って、自分に自信がなくなっちゃったんだ。魔神の生まれ変わりなんて言われたり、周りの人たちが私に頭を下げるのは陰口みたいなものかなって思って、自分を納得させてたけど、ボクがギリギリまで追い込んだケントの活躍を見たり、今日の人たちを見ているとボクがどれだけ強いか実感しちゃった。今のボクの夢はね。魔王城におっきな展望台を作って、みんなで星を見たりしてみたいんだ。どうかな? 少しはボクの事が分かったかな?」
夢か。
俺は天狐の顔を思い出してしまった。
『里川にいちゃん。テンコね。もし、みんなと仲良くなれたら一緒にもちたろうの展示会行ってね、テンコよりも大きいもっちーを買うんだー。あと水族館でサメさんの抱き枕とクラゲさんの服が欲しいなー』
今、思えばなんで天狐があんな扱いを受けなきゃいけなかったのか。
「俺はなに一つ守れない男だ。本当はリンネたちと一緒に行動したい。でもな、俺の大事なものは全部いなくなるんだ。その度に後悔し、苦しんでたんだ。理解できないだろ? 俺ばっかりこんな試練に受け続けなきゃいけないんだ」
もう、失う苦しみを味わいたくない。俺の手元からすり抜けてしまうのならば、元から手放した方がいい。
「もう疲れたんだ。元の世界は薫の奴がいれば悲惨な出来事は全部回避できるようになったんだ。俺はもう失う必要なんてどこにもないはずなのに。異世界に来てしまって、また大事なモノが増えて、なんで、俺は無限に続く苦痛を受けなきゃならないんだよッ! 俺は何も悪くなかっただろッ!」
リンネには関わりのない話で怒鳴ってしまった。
「……悪い。俺はリンネを失いたくないんだ。だから、黙って俺を行かせてくれ」
もう分かっているんだ。リンネと行動を共にし続けていたら、すぐに俺の前からいなくなってしまう。なら、俺の方から別れた方が苦しまなくて済む。
「分かったよ。でも、最後にボクとも血を分け合ってくれないかな?」
「……ダメだ」
「エンテは良かったのにボクはダメなの?」
エンテと血を交わしたが、あれは仲間という意識があったから結んだ。俺にとってエンテは仲間であって大事なものじゃない。
だが、そんなことは言えるはずがない。
「流石に傷ついちゃうよ。でも、それがケントの意思ならボクも否定はできないよ」
「なら――」
「もう、この世界ごと吹っ飛ばしちゃうね」
急に陰になり、上を見上げてみるとそこには巨大な隕石が落ちてきていた。
サイズは想像もつかない。ここら一帯というレベルじゃない。下手したら本当に世界を壊すレベルの隕石が落ちてきている。
「《終末星》。これならケントでも対処できないよね」
本気か? この威力はリンネも確実に死ぬはずだ。
「ケント。ずっと言えなかったけど、ボクはケントの事が好きだよ。他の人のモノになるぐらいなら一緒に死んだほうがいいって思うほどね」
ああ。そういうタイプだったか。
「俺もリンネのことが好きだ。好きだから、俺はリンネの想いには答えられない」
俺が好きになる女性はいつも逆境に立たされてまともな精神じゃなかった。
「出会った時から可愛いと思っていたし、ちょっと天然で優しくて。そんなリンネが好きだった。俺はもう好きな人を失いたくないんだ」
隕石は初めてだな。だが、自然と怖くはない。
「《イタチザメ・食・魂魄喰らい》」
残りのシルトをすべて使い巨大なサメを作った。当然隕石のサイズよりは圧倒的に小さい。
サメが食べられた範囲はそんなに大きくはない。隕石からすればちょっとした穴でしかない。
「俺は無敵の能力を持っている訳じゃない。だから、全人類を守るとか世界平和なんて出来やしない。だが、俺の手の届く範囲だけは守り切りたいんだ」
イタチザメが俺たちを喰らった。
そして隕石が落ちた。
――――――
「ケント。生きている?」
「ああ。死にかけてはいるがな」
真っ暗になった世界で俺たちは生きていた。
「なんでボクの事まで守ったの?」
「これでお別れだ。リンネ、君のことは忘れない」
出て行こうとしたら、腕に何か嵌められた。
これは、ヴィアの《鬼枷》。
「ごめん。やっぱり諦め切れないから」
体が動かない。逃げようとする意志そのものを封じられたような感覚だ。
逃げようとするだけで意識が遠のく。
「俺の負けか……」
意識が切れた。




