十八話 邪神教
俺は相談をする為にネフィーに連れられて拷問室に来ていた。
なんか、いかにもといった器具が辺りに置いてある。異世界でもこういった道具は共通なんだな。
「なんでここにした?」
「あら、言ってなかったかしら。私の職場はここよ」
「拷問官なのか?」
俺を治療してくれたし、白衣も着ているしで医者かと思っていたがなんか裏切られた気分だ。
「その回答は難しいわね。捕虜を拷問することはまずないわ」
「じゃあ、この道具はなんだよ」
「これは悪い子にお仕置きをするためのものよ。大半は見せかけだけで使うことはないわ」
器具を見ていると針系の拷問とかの血の出そうなものは使われた痕跡がなく埃を被っていた。
「それで、魔王ちゃんと何があったの?」
「ああ、だが怒られた原因が分からないんだ」
「直前の状況を教えて貰えるかしら?」
直前の会話と言えば、教会で一人でいたミヤという子について話していたっけ。
「小さい女の子についてで、その容姿を伝えていたな」
「ちょっと原因が分からないわ。それだけで魔王ちゃんが怒るとは思わないわ」
「うーん。俺にも分からないんだよな」
他の女の話をして怒ったとか? いや、ヴィアと俺の関係はそんなんじゃない。あったとしてもきょうだいみたいな関係までだろう。
「分からないなら仕方がないわ。話を変えましょうね。ちょっと待ってなさい」
そう言ってからネフィーは奥の部屋から車イスを押して来た。
「そいつは……」
「二日前に侵入してきた子よ」
あの時に対物ライフルを持っていた奴だった。
こいつは魔族であるのにも関わらず、魔王を殺そうとしていた。
ただ、あの時のような只者じゃない感はなく少しやつれていた。
「お名前は?」
「ガネットです」
「いい子ね」
すると、いきなりネフィーは男の真っ黒の角を掴んだ。
「止めて下さい! お、お願いします」
「ふふ」
ガネットは体を全力で抵抗しており、頭をはち切れんばかりに振っていた。そして、ネフィーの笑顔が怖かった。
数秒で手を放した。
「これが、普通の反応よ。ちなみに私はただ触っただけで、魔法とかは使ってないわ」
そういえば、ヴィアが俺の布団に入って来た時に角を思いっきり触ってしまった。
だが、あの時はあの男の様に離れようと暴れられずむしろ近づいて来た。
確か、魔族は角を触られると不快に感じるなんてネフィーが言っていた。
「そういえば、こいつらは情報を吐いたのか? あんなに統率が取れていたしなかなか口を割るような連中じゃなさそうだったが」
「私もそう思って気合を入れてたけれど、杞憂だったわ」
「まさか……」
「痛めつけるまでもなく知っている情報を話してくれたわ」
話は変わってしまうが、その情報を詳しく知りたくなった。
「こいつらは一体何者だったんだ?」
「邪神教っていう宗教団体の幹部たちだったわ。名前の通り、邪神を信仰する頭の変な人達よ」
「なっ。……」
頭の変な人達と言われて、ガネットは何か文句を言いたげにしていたがそれよりも角を触られたくなかったのか声を殺していた。
ただ、邪神教と聞いて俺は何となく夢の中で俺に力を与えるなんて言っていた奴を思い出した。力は女神っぽいやつのせいで貰えなかったのが悔やましい所だ。
「面白い事に今回、襲撃して来た人達は党派みたいなのを超えて一番強い人達が集まったそうよ」
「宗教なら解釈次第で分裂するが、そこが手を組んだ? 普通じゃないな」
元の世界でも、同じ宗教なのに何とか派とかで戦争をしている所もあるぐらいだ。
あのキリスト教もプロテスタントとか宗教革命とか宗派で揉めていた。こんな所でテストで使いそうな知識を思い出すとは思わなかった。
専門知識は曖昧な事を除けば、知識チートも狙えるかもしれない。
「今、思えば俺たちは常に批判し合うような仲だったのに一緒に行動した所から変だった」
こいつらが結託したのは、あのゴスロリの女のせいだろう。
あいつの輪っかに捕まったら、支配権を乗っ取られる。
固体化したシルトは離れても形を維持するが、あいつの攻撃に拘束された途端液体になった。
あのヴィアですらあの拘束から逃れることは出来なかった。
それに、あの女にはヤバい神が憑いていた。あの赤目の化け物はヴィアにあっさり幻覚をかける能力を持っている。
いかにも洗脳がお得意そうな神だった。
「女の子が二人いたのだけど、あの子たちについて知っていることはあるかしら?」
「魔族の女の方は俺の派閥の奴だった。他の奴ならともかくまさか、俺を置いて逃げる奴とは思わなかった。もう一人の方は知らない。他の二人が連れて来たんだろう」
テレポートの能力を持っていたあの女の正体は明らかになった。
だが、やっぱりあのゴスロリの奴については何も掴めていない。
やっぱり、あの女は邪神教とは別のヤバい神なのかもしれない。
「他の二人もこの子と同じ事を言っていたわ。でも、少し不思議だわ」
「拷問をしていないのになんで吐いたのか? か?」
「鋭いわね。彼らはまだ邪神教のお仲間がいるはずなのに不利になるようなことを言っても良かったのかしら?」
とてつもなく強い奴らだったし、情報を吐くぐらいなら死んでやるとでも言いそうなほどの統率があった。
「痛いのは嫌だ」
「えっ?」
「俺たちは幹部だ。まず前線に出ないし、邪神様の加護のお陰で捕らえられるほど弱くはない。だから、拷問は耐えられる気がしなかった」
ガネットは周りにある拷問器具を見ながら言った。
まあ、俺でも情報を吐けば拷問されないのならすぐに喋るだろうし分からなくもない。
「処刑したければ自由にしろ。俺は邪神様の命を待たずに行動した愚か者だ」
「なあ、一つ聞くけどさ。これも邪神サマって奴の物か?」
腰に差していた刀を見せた。
あの後、何度か振ってみたりしたが、黒い斬撃は出ないしテレポートも出来なかった。
「それは聖具だわ。ダンジョンで回収できる不思議な力を持つ魔道具の強化版よ。でも、なんでケントくんが持っているのかしら?」
「あー。えっと。怒らない?」
「内容次第よ」
この刀はある意味戦利品だ。本来なら報告とかしないといけない代物だ。
「これはあいつの仲間から取った物です」
「あら、戦利品をちょろまかすなんて悪い子ね……」
あの怖い笑顔を見せて威圧をかけて来た。
これ、怒ってるのか?
いつも温厚な人ほど怒った時は怖いなんて聞いたことがある。
ただ、さっきの嫌がる男を見て笑っていた所から考えるとかなり実害のあるタイプの説教があるかもしれない。
今のうちに拷問器具を全部、破壊しておこうか?
そうやって、マシになる方法を探していたが威圧が消えた。
「問題はないわ。だって、今回敵を倒したのはケントくんでしょう?」
「軍の規律みたいなのはないのか?」
「あるにはあるけど、それは大規模戦闘の時だけよ」
怖かった。
相手が全く知らない誰かだったら立ち向かうなんて選択肢があるが、相手が命の恩人であるネフィーだと俺は抵抗できない。
尊敬もしていない教師がブチ切れた時よりも明らかに怖かった。
「ふふ。可愛くてつい遊んじゃったわ」
ネフィーは人をからかって喜ぶサディストお姉様だった。
「それじゃあ、私は仕事に取り掛かるわ。ちょっと刺激が強いけれど、見ていくかしら?」
「いや、遠慮しておく」
俺は地下室から出て行った。
その時、思い出した。
そういえば、ヴィアが怒っていた理由はなんだったんだろうか?
今更戻る勇気もなく、俺は部屋に向かった。もうゲルバルドさんがいるはずだ。
「おー! 君がリンネが言っていた人間だね!」
やけにうるさい女の声が後ろから響いた。