十九話 怒り
大声で話し掛けられた。
「おーい! 待って待って!」
赤髪の女が叫びながら走って来た。
「私の名前はエンテット! みんなはエンテって言うんだ。よろしくね!」
手を掴まれ、振り回された。
元気なのはいいが、初対面の相手にやる行為じゃない。
こんなスキンシップはそれこそ教会にいた子供たちしかやってこない。
「ケントだ」
「知ってる! 知ってる! リンネから話は聞いているよ」
リンネに関わりのある奴か。腰に剣を差しているし近距離を主にしているのだろう。
「最近リンネを見ないんだがどうしたんだ?」
「あー。言ってなかったんだ! 魔王様から秘境にある薬草の採取をお願いされて、私と一緒に行ったんだよ」
「そうなのか。リンネの事だし、迷子にさえならなければ楽勝だったんだろうな」
リンネは戦闘面においては全く心配する必要もないほどの力がある。
迷子になっても三か月は生きているし、二、三日ぐらいで帰って来れれば何の危険も無かったということなんだろう。
それに、子供みたいだがエンテがいれば道に迷う事もないだろう。
「ほんとに短い期間なのに信頼関係があるんだ! すごーい! ねえねえ。これから暇かな?」
「いや、これからゲルバルドさんの所で修行をする」
「へえー……それなら、私と手合わせしてよ!」
「だから、今は無理なんだって。また今度な」
このまま話していても時間を消費するだけだ。ただでさえ、遅刻していて待たせている。
下らない教師とかじゃない。尊敬する相手を待たせるのは気が引ける。
それに、今はミヤについてどうすればいいかを優先的に考えている。
こんな幼稚な奴とは関わりたくない。
「絶対だからね!」
「はいはい」
念押しされたが、手合わせするつもりなんてない。
この手の相手はずっとうやむやにして、元の世界に帰るまで戦わなければいい。
「絶対だからねー!」
最後の最後に念押しされた。
俺の部屋になりつつある医務室に着いた。
だが、そこには誰もいなかった。
「ゲルバルトさん。あの人が遅刻するとは考えにくい……」
あの人は老齢ながらもきっちりとした人だった。昨日も同じ時間に来ていたし、こんなに遅れるとは考えにくい。
俺が遅刻したから、怒って帰った。なんてことも考えたが、魔王から呼ばれた時点で遅れることは分かっていた。だから、目立つ場所にその旨を書いた紙をネフィーに代筆して貰った。
この世界の言葉を話すことは出来るが、書くことは出来ない。
ネフィーに書いて貰ったから、修行をサボりたい為の嘘ではないことは分かって貰えているはずだ。
遅刻した訳でもなく怒りをかった訳でもない。
じゃあ、残された可能性は一つだ。
何か事件が起きている。
元の世界だったら教師が来なくても何とも思わなかっただろうが、この世界では何が起こるか分からない。
魔王城を飛び出て、教会に向かった。
俺はリンネみたいな方向音痴じゃない。昨日行った複雑でもない道を忘れるなんてことはない。
教会に着いた。
そこで、俺は驚きの光景を見て怒りを覚えた。
子供たちがみんな端っこに隠れて怯えていた。
師匠のゲルバルドさんは教会の十字架に血まみれの状態で吊るされていた。
「《かまいたち》!」
俺はすぐさまゲルバルドさんを吊るしていた縄を切り裂いた。
「ごほっ! ごほっ!」
「良かった。まだ生きていた」
だが、かなり弱っている。早くネフィーの元に連れて行かないと。
「私は……平気。です。それよりも……」
「ミヤが攫われた!」
振り向くと、ボロボロになったコウが俺にこうなった原因の一端を伝えて来た。
「なるほど、その犯人はどこに行ったか分かるか?」
「……分からない」
「コウ。ゲルバルトさんを連れて魔王城に行け。そこにネフィーという回復魔法を使える人がいる。俺の名前を出せば、魔王が動いてくれるはずだ」
今、俺は本気で怒っている。
「お前はよくやった。後は俺に任せろ」
状況を完全には掴めていないが、コウは誘拐犯に向かって行ってやられたのだろう。
そして、子供も人質にしてゲルバルドさんを殺そうとした。
絶対に許さない。
――見つけ出してぶっ殺す!
気化させたシルトをばら撒いた。
昨日の精密操作の訓練のお陰で気化したシルトも回収できるしある程度操ることが出来るようになっていた。
子供を攫ったのは悪手だ。探知で見つけることが容易になる。
大人に囲まれた子供の反応を探す。
「見つけた」
敵は五人。南西の方角だ。
シルトの疑似筋肉を足に集中させる。
そして、俺は跳んだ。
町を進むにはかなり迷惑だが、今はそんな事を言っている余裕はない。
屋根を走り、町を横断する。
数分で犯人の元に辿り着いた。
「お前ら。死ぬ覚悟はあるんだよな」
男五人がミヤを囲んでいた。
路地裏でかなり光が遮られ、いかにも治安の悪そうな所を通っていた。
「誰だ!?」
「武器を構えろ。ここに来たからには徹底的にやってやるからな」
目的は悟らせない。ミヤの救出が目的だと知られれば人質に取られてしまう。
俺はただの戦闘狂だ。この裏路地に来た奴らを倒すことに快楽を覚えたヤバい奴だ。
子供なんて興味もない。戦闘マシーン。
「さっさとやるぞ」
男たちが陣形を組んだ。
剣を出した前衛二人。後ろに魔法を撃つのか棒を構えた奴が三人。
よし、ミヤのことは特に気にしてはいない。
「《かまいたち》!」
「なっ」
両手で作り出した《かまいたち》で前衛二人の首をかっ捌いた。
二つ同時に使う事も昨日の修行の成果だ。
二人は大量の血を噴き出しながら倒れた。
「一斉にやれ!」
「な、なんなんだよこいつ!」
後ろの奴らが魔法を撃ち始めた。
「シールド」
大盾を構え、魔法を受けきった。
こいつらの魔法は下手だ。
襲撃で来た奴らの魔法に比べれば、こんなの……
「フルアタック」
防御するまでもない。
強化された足で敵に近づき、切り裂いた。
「ふう。再生はないか」
拍子抜けする相手だった。
「やっべ。これ死ぬじゃん」
こんな奴らでも死なれると目覚めが悪くなる。
怒りで我を忘れて瀕死になるまで攻撃してしまったが、殺す気はない。
それにここで一撃で死なれるよりも、ネフィーに痛めつけられて罪を反省させた方がいい。
ネフィーは楽しいだろうし、俺はスッキリする。
応急処置として、シルトで出血を抑えておいた。
「なんで……」
ミヤは俺の事を警戒している。
そうだろうな。俺はいきなり現れて一人でいたミヤに近づこうとした。変態ロリコンと思われても仕方がない。
警戒している子になんて言葉をかければいいか。保育士じゃないからよく分からない。
俺の本音を言うか。
「あー! 子供にこんな事を言うのは難だが、俺は年上! お前は年下! 俺にはお前を守る義務がある。お前には守られる義務があるんだ」
なんて思われようと構わない。俺は目の前の相手を守れればそれでいい。
俺の命で目の前のいい人の命が助かるのなら喜んで差し出す。
「いいか。お前と同じ世代の奴はちょっと見た目の違う奴を排除するかもしれない。だがな! 俺は違う。この世界の常識すら知らない異界から来た男だからな!」
ミヤは俺の事が嫌いなのかもしれない。だが、それは俺が何も伝えていないからだ。
こんな正体不明な奴を信じろという方が難しい。ミヤは変な奴じゃない。むしろ、俺の方が変な奴だ。
「もう、ミヤに構わないで……」
流石に言い過ぎた。
子供相手の言葉じゃなかった。
つい、感情的になってしまった。
ミヤは逃げる様に裏路地の奥へ進んで行った。
熱弁した後に追いかけるのはなんか気まずい。
だが、ここはしょうがない。まだ誘拐犯がいるかもしれないし、追いかけよう。
「いてっ」
ミヤが何かに当たって倒れた。
「おいおい。なんで、一人でいるんだ? あいつらはどこに行きやがった。全く、役立たずだな」
そこには男が立っていた。
「あれ? お前、クソババアの所にいた人間じゃないか」
俺もその男を知っていた。
「一番最初に喋ってた四天王の奴」
「四天王最強の獄炎のネイルレンド様だ。何をしに来た? まさか……」
こいつはさっきの独り言を聞く限り、主犯で間違いない。こいつのせいでゲルバルドさんがあんな重症を負った。
ミヤを攫わせた目的は分からないが、俺の怒りの矛先が現れてくれた。
「よお。四天王サマよ。反省会の前に潰してやるよ!」
怒りを最高速の《かまいたち》に乗せた。
「チッ。そう簡単にはいかないか」
首を狙ったが腕を挟まれて致命傷を避けられた。
「なるほど、これはあのババアも気に入る訳だ。だが、このネイルレンド様に傷を負わせたことは死に値する」
男は手からバスケットボールほどの青い炎を出して来た。
「シールド」
大盾を構えて受けた。
火が盾に当たり破裂した。
こっちにまで熱が伝わって来る。
シルトが溶かされた。
こいつ、強い。
「逃げたか」
ミヤを置いて逃げた。
ここで倒せていれば最高だったが、ここはミヤを救出できたことだけでも大勝利だ。
「帰るぞー」
駄目元で手を差し出してみた。
すると、恐る恐る俺の手を握って来た。
手が震えている。強がってはいたが、怖かったのだろう。
もう、俺から話すことはない。




