迫撃の銃装戦士編 4
弾丸を五ケース、つまり五百発ほども買い込んだ僕たちは、一路オクタマを目指して進んでいた。
現実なら歩いていけるような距離じゃないけど、そこはそれゲームだから。
体感時間で三十分くらいである。
で、『LIO』の中での三十分は、現実の時間では五分も経過していないらしい。
人間の脳の処理速度ってすごいよね。
フィールド上に涌くモンスターは、オクタマが近づくほどに強くなってゆく。
とくに邪猿は要注意で、とてもレベル十のモンスターとは思えないほど強い。
つーか猿強すぎ。
すばしっこいうえに、機動が3Dなのだ。
木から木へと飛び移りながら、死角を突いて攻撃してくる。
これで竜人くらいの大きさだったらまだ狙いやすいんだけど、やつら邪小鬼くらいのサイズだし。
そして生粋の銃士じゃない僕の射撃は、だいぶ下手になってしまっている。
二丁拳銃を振り回して、ばったばったと敵を薙ぎ倒していたころが懐かしいね。
動いてる的に当てるには、かなりしっかり狙わないといけない。
「あと、やっぱり威力がなあ」
レベル十の邪猿ていどに三発も必要とか。
弾丸が安くなったからけっこう遠慮なく撃てるけど、もともと潤沢な資金をもっているテストプレイヤーにとっては、その部分はほとんど意味がないのである。
こうなってくると、大型拳銃じゃなくて、いっそ散弾銃にしたほうが良かったかもね。
「あ、やっぱり弱くなってるのね」
ふむと頷くクシュリナーダ。
彼女はサガのシナリオで、銃の威力を見てるからね。
あのときレックスが使ってた中型拳銃ですら上手く当てればレベル二十四の竜人を三発で倒せたのだ。
それよりはるかに威力のある大型拳銃で、お猿さんに三発とかちょっと哀しくなってしまう。
「魔法みたいに必中じゃないしねえ」
くすくすとシオウが笑った。
機動力のある相手に対して、絶対に当たる魔法はかなり強みだ。
どんだけ邪猿が速度でかき回しても、まったく関係ないからね。
銃みたいに連射は効かないけど、それを補って余りあるだけの戦果を、彼女の攻撃魔法はあげている。
パーティーの戦闘スタイルとしては、僕とシオウが遠距離から攻撃し、それをクシュリナーダとコーガの二人が守る。というものに落ち着いていた。
回復術士が、あんがい戦えるのにちょっと驚いたくらいである。
もちろん、このフォーメーションのまま邪黒竜と戦うってわけにはいかないだろうけど、本命の前に連携力を高められたのは悪くない。
そうこうするうちに、オクタマの街が見えてきた。
ここは、スタート地点にはなっていない程度の小さな街で、ショップとかも最低限しかない。
当たり前のようにガンスミスショップもないから、僕の武器はここでは手に入らないのである。
しょぼん。
一般的なコンピューターRPGでは、ボス戦近くの街では良い装備が手に入るんだけどね。
で、そのオクタマの街の雰囲気は、けっこーどんよりしていた。
そりゃそうだ。
近くの洞窟に邪竜が住み着いて、気分は上々とはさすがにならないだろう。
しかも街の外を歩いていたりすると、戯れに襲いかかってくるらしいから、なお性質が悪い。
交易商人も訪れず、農作業にも出かけられず、鉱山にもいけない。
こうなったらもう街を捨ててどこかに移住するしかないが、移住者の列にドラゴンが襲いかかったら、一撃で全滅してしまう。
まさに滅びを待つだけの状態だ。
「食料の備蓄も残り少なく、絶望のあまり自ら命を絶とうとする者まで出る始末です……」
とは、僕たちを応対してくれた長の言葉である。
トウキョウ領主の赤髭公にも救援要請は出しているが、なかなか重い腰を上げてくれないという。
おいおいゴジョウさん。小さい街だからって見捨てたらだめじゃん。
魔法少女時代の上司を思い出しながら、内心で説教する。
いやまあ、イベントによってNPCの強さは変わるとはいえ、レベル三のゴジョウにどうしろっていうのよって話ではあるんだけどね。
「我々がきたからには、安心してください」
僕はどんと胸を叩く。
ここは大風呂敷を広げなくてはいけない場面だ。
「なにしろ僕たちのリーダーは、魔王ラークを倒した英雄たる一の槍クシュリナーダですから」
「おおおっ!」
感心する長と、僕に半眼を向けるクシュリナーダ。
よせやい。
そんな目で見られたら、惚れちゃうだろ。
もう惚れてるけど。
「必ず、邪黒竜の脅威からオクタマを救ってみせますよ」
「お願いします! お願いします!」
僕の手を握り、感涙まで流しそうな長である。
そしてクシュリナーダは僕の背後に回り、尻をつねり上げていた。
痛くはないけどさ!
これって攻撃にはならないんだね!
相変わらず絶妙な仕様だね!
時間を空費することなく、僕たちは邪黒竜の棲むという洞窟に向かうことにした。
街のショップで、回復剤を仕入れてね。
回復術士のコーガがいるけど、使うと当たり前のように魔力は減っていくから。
アイテムで代用できる部分は、できるだけアイテムを使いたい。
というのも、魔力を回復する薬ってのは売ってないんだ。
完全にドロップのみ。
レアドロップってほどじゃないけど、そこそこ貴重品なのである。
このあたりのいやらしさは、聖のものか技術部のものか判らない。
ちなみにうちのパーティーでは、シオウとコーガが四つずつ持っている。
魔法使いスザクだったころの僕は一つももっていなかったことを思えば、かなり温存してきたってことだろうね。
「ドラゴンって飛ぶんだよね。きっと」
「だろうね。草原での戦いは避けたいところだけど」
「でも洞窟の中で火とか吐かれたら、それはそれでアウトっぽくない?」
「たしかに」
シオウと僕の会話である。
だだっ広い草原とかで空を飛ぶ相手と戦うとか、ちょっと無理ゲーすぎる。かといって、身を隠す場所のない洞窟とかだとドラゴンブレスを避けようがない。
なかなかに痛し痒しだ。
「どちらがよりマシかって話よね」
「迷うところだが、洞窟の中だろうな。バトルフィールドが限定できるぶんだけ」
こちらはクシュリナーダとコーガの会話だ。
僕も彼に賛成である。
ひろーい野原いっぱいに動かれたら、こっちは近づくだけでも大変なのだ。
なまら走って接近しても、ばっさばっさと飛び立たれたらそれでおしまいなんだもの。
そりゃあ僕とシオウには遠距離攻撃の手段があるけど、それって戦力の半分が機能しないってことだからね。
「巣の洞窟まで、遭遇しないことを祈るしかないね」
肩をすくめる僕。
「そういうのをフラグって言うのよ。ほら、もう立った」
半笑いのクシュリナーダが手を伸ばした。
白く美しい指先。
その延長線上に黒く巨大な鳥のような姿。
一瞬ごとに大きくなってゆく。
邪黒竜である。
「え? 僕のせい? これって僕のせいなの?」
クシュリナーダ、シオウ、コーガが重々しく頷く。
言いがかりだ。
冤罪だ。
弁護士を呼んでくれ。
冗談はともかくとして、現実に対処しなくては。
ホルスターから拳銃を引き抜き、両手で構える。
まだ遠い。
けど、どんどんでかくなってくるドラゴンを見つめているのは、かなり怖いね。
つーかでかすぎないか。あいつ。
全長二十メートル近くありそうなんですけど。
こんなの相手に、拳銃の弾なんか通るんだろうか?
と、恐れは禁物。
ふっと息を吐き出す。
相対距離は百メートルってとこか。銃士ならとっくに赤いポイントが表示されて良い頃合いだけど、聖戦士だとまだ現れない。
七十メートル。
まだか。
六十メートル。
まだ。
五十メートル。
見えた!
引き金を絞る。
ドゴォン! という景気のいい音を立て四十四口径の大型拳銃が火を吹く。
一瞬遅れて、ドラゴンの胴体にばっと火花が散った。
耐久ゲージが一ミクロンくらい減ったような気がする。
うん。知ってた。
威力が下げられちゃったからね。音だけはすごいけど、レックスが使ってたやつよりぜんぜん弱いんだぜ。この銃。
けど、愚痴ってもはじまらない。
提案したのは僕なんだしね。
「接近するまで削れるだけ削ってやるさ!」
二発三発と、続けざまに発射する。




