荒野の二丁拳銃編 2
依頼受諾の連絡については、セイギが引き受けてくれた。
僕としても、疎まれると判っている組合にわざわざ足を運びたくはないので、この申し出はありがたい。
軽くアイテムストレージを確認すると、サガの街を出て南を目指す。
街の周囲に広がる荒野にはモンスターが出るが、邪小鬼とか邪妖精ばっかりなので、苦戦することもない。
むしろこのレベル差だと銃を使う必要すらない。
腰に何本か差しているスローイングダガーでおつりがくるくらいだ。
けどまあ、練習を兼ねて農場への道は銃で戦いながら進むことにした。
弓よりは簡単だけど、魔法やスキルみたいに必中ってわけじゃないからね。二丁拳銃なんて格好いい呼ばれ方してるのに、射撃はてんでへたっぴーだったら、さすがに恥ずかしいもの。
荒野にぽこぽこと現れる邪小鬼たちに狙いを定める。
銃を向けるとレーザーサイトみたいに赤いポイントが標的に表示されるから、当てたい場所で引き金を絞るだけ。
ちなみにこの赤いのは僕というか、銃を持ってる人にしか見えてない。
そして銃口から完全に直線上にあるから、理論的には狙いを定めなくても当てられる、はず。
十匹ほどポップした邪小鬼を、ほとんど一瞬で倒しきる。
「ふう」
軽く息を吐き、くるくると銃を回して両脇のホルスターに戻した。
ちょっと格好いい仕草で。
弾丸の補充はしない。
というのも、このホルスターが特別なのだ。
銃を収納しておけば勝手に弾丸が充填されるという、マジックアイテムなのである。
普通にプレイしていた場合、手に入れることができる確率は五パーセントもないって叶恵が言っていた。
ちょっとだけずれたテンガロンハットの角度を直す。
「まるでガン=カタね」
拍手の音とともに声が聞こえた。
しかも知ってる声だ。
振り向くより前に、僕は正体に気付く。
ほんと、どこにでも現れるなあ。もしかして運命ってやつなのかな?
まあ、会うたびに僕は違うキャラなので、向こうは気付かないんだろうけど。
ゆっくりと振り返れば、予想通りの人物が立っていた。
艶やかな黒い髪を後ろで一本に束ねた、切れ長の黒い目も凛々しい女賞金稼ぎ、クシュリナーダである。
背負った槍は『魔槍マリーゴールド』。伸縮自在の如意棒みたいなニクイやつだ。
「はじめまして。あなたも農場に行くの?」
「ああ。きみもかい?」
頷いてみせる。
花が咲くようにクシュリナーダが笑った。
「良かったら組まない? 目的は一緒みたいだし」
「かまわないよ。よろしくおねがいするね」
初対面(向こうにとってだけ)だけど、あっさりパーティーが結成された。
クシュリナーダのステータスの一部が開示される。
レベル二十六になってた。
あ、そっか。魔王ラークを倒してレベルが上がったんだった。
なんてこった。
せっかくのレベルアップだったのに、僕ってばステータス振りをしないでレックスになっちゃったよ。
もったいなかったなー。
レベルアップボーナスポイントを振り分けてからキャラを消せば良かった。
テストプレイなので、何人もキャラを持つことはできないのである。
製品版だと、キャラクターストレージは販売されるんじゃなかったかな? 一枠二千円くらいで。
ちょっと高いよね。
「銃士って初めてみたわ。けっこう格好いいのね」
「ありがとうございます」
素直に礼を述べておく。
ガン=カタにたとえてもらったしね。
二〇〇二年のアメリカ映画『リベリオン』に登場する架空の拳法だ。いや、拳法で良いのかな? 銃を使ったものだし。
まあ、リアリティーは遥か彼方に投げ捨てるとして、とにかく格好いい動きなのである。
ちなみに、漢字で書くと銃型になるらしい。
日本語にケンカ売りまくりだ。
「私は見ての通り槍使い。クシュリナーダよ」
「僕はレックス」
名前もレベルも、ステータスを見れば判るんだけどね。
ちゃんと名乗り合うってのが、なんとなくひとつのマナーになってきたっぽい。
こうやって、ゲームをプレイする上での暗黙の了解が作られていくんだろうね。
荒野を並んで歩きながら、農場を目指す。
モンスターのポップはほとんどなくなった。
レベル二十六と二十五。合計五十一のパーティーだからね。レベル差的に、街の周囲に出るようなザコモンスターは現れない。
これも仕様なんだ。
「詳しい話ってきいてる? レックス」
「残念ながら。僕たちはあんまり組合に出入りしないからね」
クシュリナーダの質問に肩をすくめてみせる。
はぐれ者の銃士が賞金稼ぎ互助組合に顔を出すと、どうしても空気が悪くなってしまうから。
というお題目を口にして。
情報収集がめんどくさかった、なんて本当のこと、言えるわけがないじゃない。
「定期的に現れるらしいわ。で、収穫物とか家畜とかをごっそり強奪していく」
「まるで盗賊団じゃないか」
呆れてしまう。
それは賞金稼ぎに頼っている場合ではないだろう。あきらかに領主軍が動くべき事態だ。
「黒曜公の軍は動けないわ。大陸から押し寄せるモンスターとの戦いに手一杯だもの」
サガの街の状況を説明してくれる槍師。
朝鮮半島が魔王アードルガに制圧されて十数年。彼の地での支配を盤石にした魔王軍が、ついに海を越えての侵攻を始めた。
数千の大軍で、しかも士官級は稀属どもである。
精強をもって鳴る黒曜公軍も苦戦を強いられているらしい。
「というより、よく二年も保ってるって感じね」
「なるほど」
稀属の強さはよく知ってる。
そりゃあ手一杯になるだろう。
領地のモンスターどもの処理にまわせる兵力は、たぶん一兵もない。
「じっさい、有力な賞金稼ぎも、ほとんどそっち戦場に引っ張られてる状況よ」
「だろうね」
頷いてみせた。
かなり厳しい判断だけど、こればかりは仕方がない。
黒曜公の軍隊が敗北したら、魔王軍が一挙に日本になだれ込んでくるだろう。そうなったら終わりだ。
絶対に負けられないのである。
「ドウゴのルエノ公女や、カゴシマの蒼眼公も援軍を出してくれてるみたいだけどね」
「そこまでして戦況はよくないのか」
「魔王ってのは、ちょっとやばいのよ」
クシュリナーダの言葉だ。
経験者は語るってやつだね。
「なるほどね。一の槍って称号は、魔王討伐でついたのか」
「かなり恥ずかしい称号だけど」
肩をすくめている。
ステータスを見れば一目瞭然だから、たぶん言われ慣れてるんだろうね。
とはいえ、ちょっと困ったね。
有力な賞金稼ぎも戦場に行ってるってことは、農場方面にはあんまりこないかもしれない。
報酬も安いし。
最悪、僕とクシュリナーダだけで、レベル二十三の竜人七十匹をやっつけないといけないのか。
こいつは、なかなかにミッションインポッシブルですよ。
勝てるかなぁ。
魔法使いだったときみたいに範囲攻撃ができるわけじゃないから、一網打尽ってわけにもいかないし。
お助けNPCとかきてくれるかな?
と、なにを弱気なことを考えてるんだ。僕は。
しっかりしろ。
やがて、僕たちはアゴラ農場と書かれた看板の前までたどり着く。
かなり広大な感じで、遠くに建物群が見えるね。
牛舎とか、人間の住居とか、粉ひき場とかかな。
ひとつの農場っていうより、村みたいな規模だ。
「サガの街の生活を支えてるらしいわ」
「ということは、ここが壊滅しちゃったら、黒曜公も負けちゃうんじゃないかな?」
ふと思いついたことを口にする。
ぎょっとしたようにクシュリナーダが僕を見た。
彼女も気付いたんだろう。
僕たちはプレイヤーだから水も食事も必要ない。けど『LIO』の世界そのものはそういうわけにはいかないのだ。
NPCたちはちゃんと食事をしているという設定なのである。
つまり軍隊には補給が必要だってこと。
それが途絶えてしまったら、長期間にわたって戦うことなんてできない。
「もしかしてこれって、ものすごい重要なシナリオなんじゃない?」
形の良い下顎に右手をあてるクシュリナーダ。
僕もまったく同意見だよ。
と、そのときである。
遠くから悲鳴が響いた。
「そらきた!」
「さっそく大歓迎ね!」
僕たちは同時に走り出す。




