荒野の二丁拳銃編 1
銃士の難易度は高めに設定されているらしい。
まあ、そもそも装備にお金がかかるしね。
拳銃、突撃銃、狙撃銃、散弾銃、という四つの種別があって、それぞれに何種類かあるんだけど、どれもこれも高いんだわ。
設定としては、もう生産工場が稼働してないから、ということになるらしい。
僕はテストプレイだから最初からそれなりの武器を持っているけど、レベル一からキャラクターを育てようと思ったら大変だよ。これ。
たぶんレベル十くらいまで銃は買えないと思う。資金的に。
ナイフで戦う銃使いとか、哀しすぎるでしょう。
ただ、序盤の苦しさを耐え抜けば、銃士は強い。
僕が装備しているような拳銃だって、一発で邪小鬼や邪妖精くらい余裕で倒せる。
一丁に六発ずつ弾丸が入ってるわけだから、二丁拳銃で連射すればあっというまに十二匹のモンスターを狩れちゃうのだ。
しかも遠距離から。
これは剣士なんかに比べても、かなりのアドバンテージになる。
「とはいえ、弾丸も高いんだよね」
『ですね。そういう部分でバランスを調整しますから』
「せちがらい世の中だよ」
叶恵の言葉に、僕は肩をすくめた。
とても強力な武器を扱えるけど、それを入手するまで貧困にあえがないといけない。
頑張って手に入れても、それを使い続けるために貧乏暮らしを強いられる。
働けど働けどわが暮らしラクにならずってやつだ。
石川啄木かっての。
「しっかし、こんな苦労しそうな役割を選ぶプレイヤーいるかねえ? どMなのか?」
『鏑木さんにぴったりじゃないですか』
「僕はMじゃないよ!?」
とんでもない言いがかりをつけられたぞ。
訴訟だ訴訟だ。
『間違いました。タラシ王でしたね。鏑木さんは』
つーん、という擬音が聞こえてきそうな叶恵の言葉だ。
なんで不機嫌なんですか。あなたは。
あれですか?
昨日の食事のあと、もう一軒いきましょうって誘いを断ったからですか?
ちょっと飲み足りなかったのは判るけどさ、誘うタイミングが悪いんだよ。
美月先輩と聖が電車に乗っちゃってから誘われたって、まさか二人きりで行くわけにいかんでしょうよ。
忘れてるかもしれないけど、僕は男だからね?
二人きりで深夜まで飲んだりしたら、理性のブレーキがきかなくなるかもしれないんだよ?
隣にいるのは狼なんだと認識した方が良いよ。赤ずきんちゃん。
『何にまにま笑ってるんですか。気色悪い』
ヒドス。
せめて気持ち悪いくらいにしておいてくれ。
「昼飯おごるからさ。機嫌をなおしてくれよ。神代」
『社員食堂くらいじゃ、私の凍った心は溶けませんよ』
やばいね。心が凍っちゃったらしい。
それは解凍アイテムが必要だね。
「仙台牛タンの良い店を知ってるよ。なんとご飯は麦飯だ」
『麦飯!?』
「しかも、テールスープもつけちゃおう。これでどうだい? お姫さま」
『仕方ないですねえ。百年の微睡みから醒めてあげますよ』
眠り姫かよ。
まあ、機嫌が直ったみたいで良かった。
美人がむすっとしていたらもったいないからね。人類の損失ってやつだ。
それを回避するためには、多少の散財はやむをえからざるところだろう。
さてさて、物語を始めますか。
たいていは賞金稼ぎ互助組合からシナリオが始まることになっている。
そういう仕様になった。
何をして良いか判らずにうろうろするって心配が少なくなったのは、たぶん良いことなんだろう。
あてもなく彷徨うってのも面白いとは思うけどね。
ただ、銃士にはちょっと違う滑り出しも用意されている。
不遇クラスって設定だからね。組合にいってもあんまり相手にされないとか、そういう楽しみ方もできるようになっているのだ。
いや? たのしくないよ?
なんでわざわざ、鼻で笑われたりしに行かないといけないのさ。
どMなのか?
そんなわけで、どMではないプレイヤーはガンスミスショップに行くと良いらしい。
まんま、銃や弾丸を取り扱っている店なのだが、同時に数少ない銃士のコミュニティになっているのである。
ここで情報を得たり、仕事を受けたりする。
ぶっちゃけ組合と同じ機能なんだけど、こういうフレーバーもまた大切なのだ。
サガの街にも、もちろんガンスミスショップはある。
というより、サガとトウキョウにしかないといった方が正確かもしれない。
日本で銃士をやるなら、この二都市を拠点にするしかないっていう、徹底した不遇っぷりだ。
からんからんとドアベルが鳴り、カウンターにいた目つきの鋭い男がこちらを見る。
店内は、まるで酒場のような雰囲気だが、壁に掛けられた銃器たちがそれを否定していた。
「いっらっしゃい。二丁拳銃」
「……僕を知っているのか?」
「狭い業界だからな。その強さとその得物なら、嫌でも耳に入るさ」
主人NPCが唇を歪める。
ニヒルな雰囲気が格好いい。
この人もなんとなく達人級なのかなーとか、かってに想像してしまうね。
銃も剣も格闘術も、なんでも使えそうだ。
あ、僕は例によってレベル二十五。持ってる武器も、このレベルで装備できる最高のものだよ。
ただ、レベルが二十五もあるなら、突撃銃とかを持った方がずっと強いんだけどね。
「あんまり知れ渡るのもよくないね。これ以上ファンが増えたら、サービスが大変だ」
「いってろ」
僕の冗談に主人NPCが苦笑する。
名前はセイギというらしい。
「レックスだよ」
右手を差し出す僕。
やや躊躇ってから、セイギが握りかえした。
「……腕利きは利き腕に触らせたりしないもんなんだがな」
「さて。僕の利き手はどっちかな?」
「ちげぇねえや。よろしくな。二丁拳銃のレックス」
にやりと笑う。
両手で二丁のハンドガン扱うからね。僕は。
たとえ右手が封じられてたって左手で銃を抜けるのさ。
「仕事か? それとも仕入れかい?」
「どっちも、かな」
現実世界みたいに銃の手入れとかは必要ないんだけど、弾丸は消耗品なのである。
これがないと銃は意味をなさない。
あ、利便性が考慮されていて、弾丸はすべて弾丸ってひとくくりだ。
拳銃だろうと突撃銃だろうと散弾銃だろうと、ぜんぶ一緒。
解釈としては、それぞれの銃に適応した弾をキャラクターが買ってるんだけど、そこまでは詳しく描写されてないよ、ということらしい。
ちょっと味気ない気もするけど、ちゃんと銃と弾丸の種類を憶えなさいっていうゲームではないのだ。『LIO』は。
簡単に済ませられる部分は簡単に済ませた方が良い。
こと、と、音を立ててカウンターに箱が置かれる。
百発入りの弾丸ケースだ。
アイテムストレージにはこれと同じものが一つ入ってるけど、消耗品だからね。いくつあっても困ることはない。
むしろ弾切れの方がはるかに困る。
かわりに、僕は金貨を何枚か差し出した。
電子マネーも紙幣も、もうこの世界には存在しない。
なにしろ日本政府が事実上の消滅をして半世紀だ。なんの信用もない紙幣なんて、紙飛行機を作って人類が失ってしまった大空に夢を馳せるくらいの使い道しかない。
「あんたにうってつけの仕事があるぜ。レックス」
「ほう?」
視線で先を促す。
南にしばらく行ったところにある農場。そこを狙う竜人どもがいるらしい。
何度も襲撃され、けっこうな損害も出ているという。
人的にも物的にも。
もちろん農場主は、組合に護衛依頼を出しているが、なにしろ相手は竜人である。
レベル二十四のモンスターだ。
しかも推定される総数は七十匹。
賞金稼ぎたちも腰が引けてしまい、思うように集まっていないという。
「なるほど。そいつは一大事だね」
僕は軽く頷いてみせる。
「受けてくれるかい?」
「報酬は少ないんだけど、だろ?」
「……読んでいたか」
「農場だろ? この国のどこに豊かな農場なんてもんがあるのか、ききたいくらいさ」
「……あそこの娘さんは良い子なんだ。レックス。俺たちみたいなはみ出し者にも優しくしてくれる」
「充分だよ。セイギ。俺たちを差別しない。それだけで充分に守る理由になる」
皆まで言うな、と、僕は胸を叩いてみせた。




