憂いの金髪剣士編 6
華麗な跳び蹴りでイーダスを蹴り飛ばしたのは、女性だった。
空中で半回転し、すちゃりと足から着地する。
「魔法も剣技も強力だけどね。それに頼ったら足元をすくわれるわよ」
投げかけられた言葉。
それはそれで正論なんだろうけど、僕はもうひとつの事実の方に気をとられていた。
クシュリナーダ、というキャラクターネームの横には、NPCの文字がない。
すなわち、僕が初めて邂逅するプレイヤーキャラクターである。
すらりとした長身で、黒髪を後ろに束ね、手には槍を持っている。
たとえるなら、女用心棒バルサって感じだ。
あ、上橋菜穂子のファンタジー小説である『精霊の守り人』の主人公ね。
練り込まれ、作り込まれた世界観と、重厚なキャラクター描写が秀逸な傑作ファンタジーシリーズだ。
ぜひ一読をおすすめするよ。
大変に古い作品だけど、世界観とはこういうものだ、というのがじつによく判る。
で、バルサ似の女戦士が、油断なくイーダスを睨みつけた。
倒したわけではないからだ。
稀属の耐久ゲージは、まだまだたっぷりと残っている。
僕もまた、長剣を構えなおした。
「パーティー申請するわ」
「了承!」
どういう経緯で彼女がここにいるのかは判らないが、これを断る理由なんかない。
視界の隅にあるステータスウィンドウに、クシュリナーダの情報が表示される。
レベル二十五の戦士で賞金稼ぎ、と。
NPCと違って、同じパーティーでなくてはレベルや役割は判らないのだ。
もちろん職業も。
「やっぱり僕と同じレベル二十五なんだね」
「そこは仕様でしょ!」
起きあがったイーダスに向かって駈けるクシュリナーダ。
槍先が鋭く突き出される。
だが、スキルを使っているわけではないので回避が可能だ。まして稀属の方が、僕たちよりレベルが高いため、その確率も高くなっているのだ。
ぎりぎりのところでレイピアを振り、槍の軌道を逸らす。
が、という音ともに、穂先が床を抉った。
と同時にクシュリナーダの身体が舞う。
突き立った槍を支柱がわりに使い、くるくると、まるで重力の方向がおかしくなったかのような高速回転だ。
連続して叩き込まれる蹴り。
わずか数瞬の出来事である。
防御も回避もできずに、ふたたびイーダスが吹き飛ばされた。
僕はといえば、あまりに鮮やかな手並みに、思わずぼーっとしちゃっていた。
「ニルス! 追い打ち!」
「そうだった! ごめん! 剣技! 葉風!!」
倒れてる稀属に向かっての抜き打ちだ。
びくんと身体が跳ねる。
追加ダメージの形になったから、だいぶ耐久ゲージが削れた。
しかし、まだトドメには至っていない。
「くくく……やるではないか。ニンゲンたちよ」
ゆらりと、イーダスが立ちあがる。
今度はクシュリナーダも仕掛けない。
稀属の放つオーラみたいなやつが変化したからだ。
僕もクシュリナーダも、慎重に間合いを計る。
「二対一では、さすがに流儀に合わせるなどと慢心はできぬな」
左手に灯る魔法の光。
やばい、魔法を使ってくるのか。
「いくよ。ニルス」
「了解!」
同時に駈け出す二人。
魔法は基本的に必中。剣技と一緒だ。
回避することはできない。
放たれたら、問答無用で喰らってしまう。
だからこそ距離を詰めなくてはいけないのだ。
理想は使わせないこと。
それが無理でも、二発目は撃たせない。
「その勇気は尊敬に値するな。こい。ニンゲンたちよ」
イーダスは下がることなく、迎え撃つ構えだ。
左手を前に、レイピアをもつ右手は自然体に。
「いくぞ!」
僕はさらに加速して、クシュリナーダの前に出る。
放たれる魔法。
両腕をクロスしてガードした僕に、正面から当たる。
「ぐぅぅぅっ!」
歯を食いしばって耐える。
あ、痛みを感じてるわけじゃないんだけど、なんかやっちゃうのだ。
みるみるうちに耐久ゲージ減っていく。
魔法やばい。
強力すぎる。
「けど、耐えきったぞ!」
機関銃みたいな連射はできないから! 使ってたから知ってるよ!
「見事だ。だが我には剣もあるぞ」
イーダスの右手があがる。
「もちろん知ってるわよ」
僕の後ろから響く声は、もちろんクシュリナーダのものだ。
稀属からはブラインドの位置である。
正面に立って僕が魔法を受けたのは、彼女の姿を隠すためだったのさ。
油断なく左右に視線をイーダス。
どちらからクシュリナーダの攻撃がきても対応できるように。
でも残念。
右でも左でもないのさ。
とん、と、僕の肩に手をついたクシュリナーダが宙を舞う。
伸身の前方宙返りだ。
まさか上からくるとは思わず、イーダスの対応か一瞬遅れる。
そしてその一瞬があれば、クシュリナーダには充分だった。
回転力まで利用して勢いをつけた黒髪の女戦士の踵落としが、稀属の肩口に叩きつけられる。
視界に浮かびあがる、EXCELLENT!! の文字。
素晴らしい連係プレイや、見事な攻撃を決めたときに表示されるエフェクトだ。
これが出ると、ボーナスがある。
「ぐあ!?」
左手で右肩をおさえ、イーダスが片膝をついた。
チャンスだ。
「ニルス!」
ふたたび跳躍するクシュリナーダ。もちろん僕の攻撃を邪魔しないために。
目前には無防備な姿を晒す稀属。
「これで終わりだ!」
鋭く踏み込みながらの片手突きが、その胸に吸い込まれる。
「見事……我の最後の相手が……貴様たちで良かった……」
言葉とともに、イーダスが光の粒子に変わった。
「ふぃぃぃっ」
大きく息を吐いて、僕はどっかりと床に座り込んだ。
やべえ。
まじぎりぎりだった。
耐久ゲージは、あと一割も残ってない。
軽く撫でられただけで死んじゃいそうな蓄積ダメージである。
「ナイスファイト。ニルス」
近づいてきたクシュリナーダが右手を差し出した。
いやいや。ナイスはあなたですよ。
僕は服で手を拭ったあと、その白い手を握りかえす。
「助かったよ。君がきてくれなかったら負けていた。クシュリナーダ」
「間に合って良かったわ」
美女が破顔一笑した。
素晴らしいタイミングで駆けつけてくれたわけだが、じつは偶然ではないらしい。
僕が進行中だったシナリオ『その戦士がついた嘘は』に派生する形で生まれる『大馬鹿野郎を救え!』というシナリオを、彼女はプレイしていたのである。
これは、ノルブの求めに応じてホウライ館に挑んだプレイヤーが、イーダスよりレベルが低く、しかも一人だった場合に発生するシナリオなんだってさ。
ようするに救援シナリオだ。
サッポロの街を歩いていたクシュリナーダは、ホウライ館から逃げ出してきたノルブとその妹に出会う。
そして二人から懇請されたのだ。
自分たちを逃がすために館に残った勇気ある戦士を救って欲しい、と。
「良くできてるけど、サッポロの街にプレイヤーがいなかったら、シナリオが成立しないんじゃないか? これ」
「そもそも、サッポロに他のプレイヤーがいない場合は、ノルブとイーダスのシナリオは出てこないらしいわよ」
「おおっと。そこから始まってるんだね」
感心してしまう。
いったいどれほどの条件が複雑に絡み合っているのだろう。
こんなシナリオを書いた聖も頭おかしい(褒め言葉)けど、違和感なくシステムを組んじゃってる技術部の連中も変態(褒め言葉)だね。
クシュリナーダがぐっと力を入れ、僕を立たせてくれる。
「宝箱が出てるわよ」
「まじか」
イーダスが消滅したあとに、金色に輝く宝箱が出現している。
「金だね」
「金は初めて見たわ」
『LIO』には、木、鉄、金って三種類の宝箱があり、後ろに行くほど良いものが入っているということになっている。
さてさて、なにが入ってるだろう。
「お先にどうぞ」
クシュリナーダが順番を譲ってくれた。
パーティーなので、二人とも手に入れる資格がある。そのため、僕が開けても宝箱は消滅しない。
「では、お言葉に甘えて」
蓋を開くと、中には一振りの剣が入っていた。
『魔剣ラジル』という名前が、視界の片隅に表示されている。レベル二十五から装備できるすごく強い剣だ。
普通だったら狂喜乱舞ってところだろう。
「くっそくっそ。いま僕が持ってる剣じゃないか」
「テストプレイだからね。仕方ないね」
クシュリナーダが肩をすくめている。
両手にまったく同じ槍を持って。
『魔槍マリーゴールド』という名前が浮かんでいた。
テストプレイヤーの僕たちは、そのレベルで持てる一番良い武器を持っている。
金の宝箱からすごく良い武器が出ちゃったら、当たり前みたいにかぶってしまうのだ。
くすりと笑い合う。
死闘の結果として手に入れたのが持っているものと同じというのはせつないが、そもそも、それを持っていたからこそ勝てたともいえるのだ。
「上手くいかないものよね」
「まったくだよ」




