憂いの金髪剣士編 5
牙狼人を一掃し、僕とノルブはホウライ館に侵入する。
広い廊下と高い天井。
こういうのは3Dダンジョンの一般的な造型だけど、いざ自分がその中に入るとけっこう怖いね。
身を隠す場所なんかいくらでもあるのさ。
不意打ちへの警戒を厳に、だ。
慎重に進んでゆく。
ノルブによると、この館は地上三階地下一階の規模だという。
稀属がどこにいるか、現時点では予測がつかない。
地下か、地上か。
こっちが二手に分かれるのは愚策。
ただでさえ少ない戦力を小分けにしてどうすんだって話だ。
「地下に行ってみないか? ニルス」
「……そうだな。それもありか」
ノルブの提案に対し、僕は返答の前に沈黙を挿入した。
こういう、館とか城タイプのダンジョンで、ボスが地下にいるというのはちょっとそぐわない気がする。
けど、それでも頷いたのは、相棒になにか考えがあるのだろうと思ったからだ。
警戒しつつ廊下を進み、階段を探す。
散発的に襲いかかってくる敵を倒しながら。
館内のモンスターは虎人。レベル六の獣人型モンスターだ。
一撃がかなり重いため、油断していると耐久ゲージがごっそり持っていかれる。
こいつらが柱の影や曲がり角に潜んでいて、いきなり後背や横合いから襲いかかってくるのだ。
正直なところ、けっこう怖い。
僕一人だったら、何度もピンチに陥ったことだろう。
そうならなかったのは相棒がいるから。
ノルブが僕の背中を守り、僕が彼の背を守る。
いやあ、相棒っていいよね。
今日会ったばかりのNPCですらこうなんだもん。プレイヤーキャラクターとの連携が決まったりしたら、そりゃあ気持ち良いだろうなあ。
あと、剣技が強力だってのもある。
カウンター技の『浮舟』。その派生技で、敵陣を一気に突き抜けて背後に出る『疾風』。
この二つだけでも圧倒的なのに、幾度かの戦闘で僕はもうひとつ発動条件を見つけた剣技がある。
『葉風』。抜刀体勢を五秒以上続けることで条件が整うという、なんというか、タメ技に近い感じだ。
そして、僕が初めて手にした範囲攻撃である。
前方七メートル先までの空間を扇状に薙ぐ。
もしその範囲に複数の敵がいれば、その全員に影響があるのだ。虎人くらいなら一撃で倒せるね。
もし『LIO』に誤射の概念があったら、思いっきり味方まで巻き込んじゃいそうな攻撃だけど、幸いなことにこのゲームは味方に攻撃は当たらない。
普通に素通りするだけだ。
「ニルス。階段だ」
何度目かの波状攻撃を退けた後、ノルブが言った。
指さす先には、重厚な雰囲気の階段。
地下へと続いている。
「よし。いこうか」
軽く頷き、僕は長剣を腰の鞘に収めた。
どうせすぐに抜くことになるけど、『葉風』を使うには剣は鞘にないといけないからね。
階段を降りる。
たどり着いたのは、なんだか広間みたいな場所だった。
地下室って雰囲気じゃなく、なんか宗教的な儀式をやるような感じの。
しかも邪教とか、そっち方面だね。どう考えても。
中央部には祭壇のようなものがあり、少女が鎖で縛り付けられている。かなり危ない構図だけど、『LIO』は全年齢対象なので、ちゃんと服は着ている。
そんなことはどうでも良くて。
わぁお。生贄だ。
生贄ですよ。邪神的ななにかに捧げられる。
「アキナ!」
ノルブが飛び出す。
「お兄ちゃん!?」
「助けにきたぞ!」
おおっと。話が変わってきたぞ。稀属を倒そうって単純なものではなくて、救出シナリオだったとは。
祭壇に駆け寄ったノルブがハンドアックスで鎖を破壊する。
その瞬間、壁に設置された松明に次々と灯がともってゆく。
ぼ、ぼ、ぼ、って効果音とともに。
なかなかの演出である。
「ネズミが入り込んだか」
地下の広場に、声が響き渡った。
闇の彼方から現れるのは、青白い顔と双角をもった男。
髪は夜を溶かしたように漆黒で、瞳は金色に輝いている。
まさに稀属の特徴そのままに。
「我が主復活の邪魔をしたのだ。楽に死ねるなどとは思わぬことだ」
一歩、また一歩と近づいてくる。
圧倒的なプレッシャーだ。
ステータス表示には、イーダス、子爵級稀属、レベル二十六、とあった。
おいおい。
男爵級って言ってなかったっけ? ノルブさんよ。
ちらりと視線を動かす。
大切そうに少女を抱いた男が詫びていた。
「すまないニルス……本当にすまない……」
あー。
察しちゃったよ。
稀属に誘拐された妹さんを助けようとしたんだね。けど、子爵級なんていったら誰も協力してくれない。だから手頃な男爵級であるって嘘をついた。
そういうことなんだね。ノルブ。
考えてみたら、おかしい点はあったよね。
出発を急いだりとか、地下を探索しようと主張したりとか。
ゲームだから、と、気にしなかったけど、ちゃんと伏線になってたのか。
急いだのは、妹……アキナだっけ? 彼女がいつ捧げられてしまうか判らないから。
だから、買い物とか仲間探しとかができる組合ではなく、場所を変えて話をした。
地下を目指したのは、儀式を最上階なんかでやるわけがないからだ。
ノルブの目的は稀属の討伐ではなく、アキナの救出である。
わざわざ稀属と戦う必要はなく、助けて逃げることができれば充分なのだ。
さすがは聖の描く物語。
細かいところまで、しっかり作り込んでる。
「おまえが謝るとしたらな、ノルブ。最初から本当のことを話さなかったことさ」
ノルブとアキナをかばうように立つ。
「ニルス……」
「お前が見込んだ男は、相棒の妹を見捨てる程度の男なのか?」
背中越しに笑ってみせる。
にやり、と。
「あまり舐めるなよ。ここは僕に任せて、妹さんを連れて逃げろ」
「ニルス! 俺も!」
一緒に戦うと言おうとしたのだろうか。しかし僕は右手をあげて制した。
そいつはできない相談だよ。相棒。
「足手まといさ。とっとといきなよ」
君が死んだら誰が妹さんの面倒をみるんだい? と、副音声で語りながら、手を振る。
しっしっ、と。
「すまねえ! 本当にすまねえ!」
「生きて返ったら、またあの店に連れて行ってくれよ。今度はちゃんと営業中にさ」
「ああ! 必ず!!」
アキナを抱えて走り去るノルブ。
背中で見送る。
「麗しい自己犠牲だな。小僧」
「待たせてしまったかい? 稀属さま」
「なに。我が生きてきた刻に比すれば、ささいなものよ」
「そいつはどうも」
僕は長剣を抜く。
「剣士か。ならば汝の流儀に付き合ってやろう」
イーダスの手に現れるのは細剣だ。
いかにも魔力剣って感じで、すごい強そうである。
さすがレベル二十六の名前のある敵だ。
迫力が半端ない。
僕にとっては、自分よりレベルの高い初めての相手である。
絶対に油断はできない。
「征くぞ。小僧」
ぐっと踏み込んでくるイーダス。
速い!
数メートルの距離が一瞬でゼロになる。
「くっ!?」
なんとか長剣を跳ね上げ、高速の突き込みを弾く。
ぎりぎり間に合った!
「剣技! 浮舟!」
胴を薙ぐ。
稀属の耐久ゲージがほんの少し削れた。
く。そんなもんか。
「剣技! 疾風!」
そのまま派生技で、一気に距離を取る。
剣技は魔法と同じ扱いだから、基本的に必中。
確実にダメージを与える方法だ。
普通に剣を振った場合は、もちろん回避される可能性があるし、そもそも威力が違う。
ボスキャラ相手に通常攻撃ってのは、ちょっとない選択だろう。
「剣技! 葉風!!」
距離を取ったところで範囲攻撃だ。
相手が一人だからって、べつに使ってはいけないって方はない。
「ぐ。やるな小僧」
後ろからの攻撃だったので、わりと良いダメージが入った。
けど、距離を詰められる。
「次はこちらからゆくぞ」
「く。まだ硬直が!?」
レイピアが何ヶ所も、僕の身体を貫く。
剣技を使った後の硬直時間を狙われた! くそ!
一気に一割くらいの耐久ゲージが減る。
こっちが剣技二発で与えたダメージより、はるかに大きいじゃないか。
さすがボスキャラってとこか。
やばいよこれ。
まったく勝ち筋が見えない。
「剣技に頼りすぎるからよ」
突如として割り込んだ声。
いきなり横合いから伸びてきた脚が、稀属の頭を蹴り飛ばした!




