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シール職人(なんでこうなった)
知っておられる方もおられると思いますが、20世紀の浅草ではママタレ(踊り専門)と社長のタレント(AVとの兼業組)がありました。(今、ママタレとして残っているのは沙◯さんくらい)
前話ででてきた、後◯◯り子さん等は社長のタレントさんとなります。
その後◯さんが、堺の後川崎Rに乗られた時にご一緒していた、雅◯華姐さんが私作のシールを目に止めて、ご自身も欲しいとおっしゃって、作って差し上げたのが深い沼への入口でした。(当時は自覚はなかったです。)
それを皮切りに、浅草のタレントの多くの方々にシールを作るハメになりました。
浅草のタレントの中では、私作のシールを持つ事が1つのステータスみたいになったようで、ある踊り子さんに差し入れた時、『◯◯さんシール、ゲット!』と言われた事もありました。(私ゃ、ポケモンか?!と思った事も懐かしい思い出です。
とりあえず、シール職人としてのお話はこれくらいにしておきます。




