18話 余香
『僕を人殺しと呼ぶ魔女』1st PV
2026年10月2日(金)21:00 よりYouTubeにて公開中。
▼YouTube
https://youtu.be/OgxDnCscaYc
「……きな臭いことになってきたな。」
ハンナさんとセリナさんの二人と一緒に対策部へ戻ると、先に戻ったリサさんが通信端末を睨みつけ独り言を零している。
テオは珍しく業務用端末をデスクに置いて何やら必死に作業をしている。
……なぜだろう。違和感しか感じない。
「戻ったか。ハンナ君から逐一報告は受けていたが、こちらでも同じような証言が取れた。厄介なことに、単なる出任せというわけではなさそうだ。」
「そうですか。では今後、要人警護も対策部で兼ねる方針になりそうでしょうか?」
「魔女絡みである以上、普通ならな。ただミア君も動けない現状からも、警護に人員を割けるほど対策部に余裕はない。」
「……そうですね。」
「いま長官のご予定を確認している。もし長官のご都合がつけば、この後すぐにでも面会へ伺うつもりだ。アノン対魔官、テオ対魔官……二人とも、準備しておくように。」
「まじっすか!?俺もっすか!?」
「当然だろう。対魔官である以上、こういった場に参加せずどうする?」
「まぁ、そりゃそうですけど……。」
……しばらく休む暇はなさそうだ。
リサさんとのやり取りが一旦落ち着き、各々自分のデスクへと散る。
俺も自分のデスクへと向かい業務用端末を立ち上げると、そのままグラスを片手にコーヒーマシンの元へと向かう。
グラスをセットし、エスプレッソ抽出ボタンを押す。
抽出音と共に少しずつグラスへ注がれるのを確認し、通信端末を取り出しながら壁に掛かった時計を見る。
PM 9:08
……今日も一体いつ帰れるのか。
気を紛らわそうと通信端末へ視線を落とすと、今日の事件についての記事が上がっている。
《人質六名死亡。警察隊は何をしていた?》
《未だ張られた非常線。近隣住民からの不満の声が高まる。》
端末を開いてしまったことを後悔するように、本文までは確認せず左ポケットへとしまう。
そのまま視線を持ち上げて薄暗がりの天井を眺める。
……一体、誰のために戦ってるんだか。
「あの……。」
不意に右隣から声を掛けられる。
顔を少し下げて声のした方向を見ると、セリナさんがこちらを見ていた。
「そこ、使ってもいいですか?」
後ろを見ると、もたれ掛かっていたシンクの上に電気ポットがあった。
「あ、あぁ。すみません。邪魔でしたね。」
とっくに淹れ終わったエスプレッソを取り出し、口に含ませながら場所を空ける。
セリナさんは紙コップを三個ほど重ねて取り出し、ティーバッグを入れる。
電気ポットのボタンを押すと、紙コップへ少しずつお湯が注がれていく。
……カップスリーブがないからあんなに重ねてるのか。
左手の義手側で持てば熱くならない気もするが、そんな野暮なことは聞くべきではない……そんなことを思っていると、手に持つグラスが空になっていたことに遅れて気づく。
小さくため息を吐きながら再びコーヒーマシンへセットし抽出する。今度は邪魔にならなさそうな場所へもたれ掛かり、懲りずまた通信端末を取り出そうとする。
「紅茶は飲まれないのですか?」
今度は左側から、セリナさんに声を掛けられる。
取り出しかけていた端末を左ポケットへとそのまま戻す。
「あぁ。俺はいつもここではコーヒーしか飲んでいませんから。あまり紅茶は……。」
話しながら、今日の紅茶専門店での出来事を少しずつ思い出す。
…………あ、もしかして茶葉もう届いて、た……?
「そうですか。確かに朝飲みたいと仰ってましたからね。それに、淹れ方も分かっていなさそうですし。」
「いや、淹れ方くらいは分かりますよ。お湯を入れるだけなんですから。」
「……やっぱり分かっていなさそうですね。ああいう専門店だと茶葉のまま渡されることが多いですから。お湯を入れるだけでは悲惨なことになりますよ?」
そう言いながらセリナさんは個包装されたマドラーを一本取り出し、包装の端を丁寧に開ける。
木製の使い捨てマドラーが下から上がるように袋から少しずつ姿を見せ、半分ほど出てきたところで右手で引き抜く。
そのマドラーで器用にティーバッグを引き上げ、重ねた紙コップから空の一つを抜き取り、ティーバッグをその中へ入れる。
ティーバッグを入れた紙コップの飲み口を軽く潰し、中に溜まったお湯をシンクへ流してから、紙コップごとごみ箱へ捨てる。
……捨てた時に水が溢れないようにってことか。
「でも、セリナさんもいまティーバッグで淹れてましたよね?今日は備え付けの紅茶か何かを飲まれてるんですか?」
「いえ。いただいた紅茶ですよ。お茶パックも一緒に包んでくださっていましたので、自分で詰めて淹れてます。」
「……わざわざそこまでしなくとも。」
「包んでもらった茶葉を見てみれば分かりますよ?」
あまり想像できないが、何もそこまで神経質になる必要はないだろうと、グラスを口元で傾けながらデスクへと戻る。
確かにデスクの端には、どこかのプレゼント用かと思うほど丁寧に包装された小包が置かれていた。
解くのも少し気が引けるように感じるが、自分なりに丁寧に開封してみる。
中には留め具の付いた深緑色の小さな袋が入っており、袋の端にテープで小さく『ウバ』と書かれている。静かに中を開けると、確かに茶葉がティーバッグなどで小分けされておらず、そのまま入っている。
……これは、どうやって飲めと?
「もし飲まれる際にはお使いください。」
隣に座ったセリナさんが、そんな言葉をかけながら俺のデスクに店から一緒に渡されたお茶パックを数枚、静かに置く。
「……セリナさんの包みの中には入ってたんですか?」
「はい。袋の底に。」
「俺の方には入ってなかったんですけど——」
……あ。入ってた。
既に色々と気恥ずかしいが、明日の朝のためにも一度淹れ方を教えてもらおうと急いでエスプレッソを流し込む。
お茶パックへ茶葉を丁寧に入れて口を閉じ、そこからは普通のティーバッグと同じようにという説明を受けながらお湯を注ぎ、再度自分のデスクへと戻る。
お店で小さく感動した時の味を思い出しながらそっと口元へ運ぶ。
……渋い。
「ふふっ。ウバやアッサムなどはミルクを入れて飲まれることも多いですからね。」
「セリナさん、紅茶にも詳しいんですね。」
「いえ、そこまでは。ただザッハトルテと一緒にいただく機会もありましたので、自然に覚えた程度ですよ。」
そう言い、セリナさんも自分で淹れた紅茶を口元へ運ぶ。
口の中で紅茶を転がし、ゆっくりと飲み込む。
飲み込んだ直後、口を閉じたまま鼻からゆっくりと空気を吐き出す。
……特魔官試験には、紅茶の専門性でも問われるのだろうか。
そんなことを思いながら、いまはいないミアを思い出して考えを改めた。




