一/四 これまでの歩み
新学期初日、放課後。
授業も終わり、教室から次々に生徒達が退室していく。
「じゃあ、雫ちゃん。わたし、先に帰ってるね。」
「ん、お疲れ様。またあとで。」
「うん。雫ちゃんもお仕事、お疲れ様…!」
挨拶をして、緋乃を見送る。あの子は、いつも律儀に労いの言葉を掛けてくれる。心遣いがとてもありがたいけれど、良い子すぎてどうかと思うことも割とある。
「さて…。」
通常の生徒と違って、私は放課後に仕事がある。この学校の生徒会に所属しているので、その業務をこなさなければいけない。
まあ、普通に自分で立候補して入ったし、中学の頃からやってるから、別に苦じゃないけど。
私が、そういう人間である一番大きな要因は、やっぱり家庭環境にある。
端的に言えば、両親がとにかく優秀。学問の分野で、学生時代から多くの賞を取り、社会に出てからは、アクション映画ばりの死線を潜り抜けたらしいお父さんも大概凄いけど、特にお母さんがやばい。
お母さんは、色んな事業を立ち上げて、その全てを成功させている怪物エリート。複数の会社のまとめ役を兼任してるのに、一切の乱れなく業務をこなし、涼しい顔をしている。
そのくせ、家ではいつも穏やかな態度で、お父さんに少し甘えたりしている。オンオフの切り替えとか、自分の調子のコントロールとか、死ぬ程上手いんだと思う。正直、凄すぎて引く。
ちなみに、それだけの能力を持っていながら、最初にお父さんのことが気になりだした理由は、中身じゃなく顔らしい。
とにかくそんなわけで、そういう家に生まれた私は自然と、優秀でいようかなーと思うようになったし、優秀でいられるだけの能力も持ってた。
けど、持って生まれた才能だけで胸を張ってたら、努力してるのに私より結果を出せない人達に申し訳ないから、努力した上で結果を出して胸を張ることにした。
そういう生き方をしてきたので、私はずっと私らしく、楽しく生きられている。
「あ、雫ちゃん。やっほ!」
「瑠佳。」
生徒会室に向かう途中で、瑠佳に声を掛けられた。生徒会に所属してないのに、この時間に校舎に残る理由はない筈だけど、何してるのかしら?
「どうしたの?部活の顧問の先生を呼びにきたとか?……まさか、初日から問題起こして呼び出されたわけじゃないでしょうし。」
能天気に見える子だけど、そこまで馬鹿じゃないと思う。理由もなしに、放課後の校舎を歩き回ることもないでしょうし、部活関係の用事が妥当かと予想。瑠佳が部活をやってるのかは、聞いてないから知らないけど。
「用があったのは生徒会。ちょっとお姉ちゃんに話があって。」
「ああ、そういうこと。生徒会の倉科さん、瑠佳のお姉さんだったのね。」
現生徒会長、倉科 凛華。整った顔立ちのクール美人で、多くの生徒に慕われつつも、近寄り難い空気を纏っている三年生。
瑠佳の苗字を聞いた時点で、姉妹の可能性も考えはしたけれど、偶々、苗字が同じな可能性も十分有り得るし、正直どっちでも気にしないから、特に言及はしなかった。
「やっぱり、お姉ちゃんから私の話とかは聞いてないよね。」
「そうね。自分のことすら、ほとんど話さない人だもの。家族のことなんて余計だわ。」
「だよねぇ。逆に、家だと学校のこととか全然話さないし。お姉ちゃん、日常の話の共有とかしないから。」
それはまた、あまりにもイメージ通りすぎる話。『実は、家ではよく喋るの!』なんて言われたら、流石に私も驚愕を隠せないくらいには、口数の少ない人という印象がある。
「お姉ちゃん、ちゃんと友達いるのかなぁ。私は心配だよ…。」
「アンタも大変そうね。」
あれだけ表立って活躍してる人を姉に持ったら、当然、苦労もするでしょう。
…でも、瑠佳の声色からして、姉妹仲は悪くなさそうに思える。正直、ちょっと意外。
血の繋がった家族ですら、倉科会長の人柄は掴みきれなかったとしても、不思議じゃないように感じてたけど、瑠佳はなんとなく把握してそうに見える。
「あ、そうだ!友達と言えばなんだけど、聞きたいことがあって!」
突然、思い出したように声を上げる瑠佳。何か話したいことがあるみたいだけど、残念ながら時間切れ。
「悪いけど、私、これから生徒会の仕事あるから。また明日にして貰える?」
キッパリと断って歩き始める私。…を、逃すまいと腕を掴んでくる瑠佳。
…コイツ。
「アンタ……お姉さんの仕事の邪魔したいの?」
「お願い!!もう少しだけ付き合って!雫ちゃんは怒られないから、大丈夫!私のせいって言えば、お姉ちゃんは納得してくれるから!!…呆れながら!」
「呆れられてるじゃない。」
それ、大丈夫とは言わないと思うんだけど。
けど、なんか全然、腕離す気なさそうだし…。なんなら、振り解いても付いてきそうだし…。
「……はあ〜。…分かった、聞いてあげる。で?何。」
「うん、あのね。緋乃ちゃんと、雫ちゃんと、灰くん。三人は、いつからの友達なのかなーって。」
「は?」
それを聞く為だけに、私を引き止めたと…?正気…?
…かなりどうかと思うけど、聞くって言った以上は付き合わない訳にもいかないか。
「私と緋乃は小学生の頃からよ。絢瀬は、去年同じクラスだっただけだから、めちゃくちゃ知ってる相手って訳でもないわ。」
「うーん…成程。雫ちゃんから灰くんへの認識は、そんな感じかぁ…。」
私の答えを受けて、何かを整理する様に考え込む瑠佳。
「聞きたかったことはそれだけ?なら、私もう行くけど。」
「あっ、待って!ごめんごめん、深く考えるのは後にするから、もうちょっと!」
どうやら、まだ話し足りないらしい。ここまできたら、最後まで付き合ってあげるけど、出来れば手短にしてほしい。
「緋乃ちゃんとは、小学校から一緒なんでしょ?じゃあ、これまでの二人の話、聞かせて!」
私と緋乃のこれまで、ときたか。それはまた、困った話ね…。
「雫ちゃん…?」
「長くなるわよ。」
「え?」
「話せること、色々あるから長くなるわよ。」
私一人なら、大して面白い話もなかったでしょうけど、なにしろ、緋乃の話は色々と凄い。この話題を手短に済ませるのは、私には難しい。
「…!うんっ、聞かせて!大長編でも、どんと来いっ!」
目を輝かせて食い付いてくる瑠佳。こうなったら仕方ない…。聞かせてあげようじゃない、私達の話…!
―――――――――――――――――
十一年前。当時、小学生だった天宮 雫は、自らの優秀さを武器に、己を磨き、周囲に手を差し伸べ、暴力的な者には暴力で応える、そんな少女だった。
そのように振る舞っていた結果、女子からの人気が高く、男子には噛みつかれながらも恐れられる、クラスの纏め役のような立ち位置に、自然と立っていた。
女子達は、彼女とより仲良くなる方法を考え、男子達は、彼女に一泡吹かせる方法を模索する日々を送っていた。クラスの状態は、ほとんど男女で二分化されているような形になってしまっていたものの、中心に居る天宮 雫の立ち回りの上手さによって、両陣営の均衡は保たれていた。
そんなある日、クラスの均衡が一瞬にして瓦解する。発端は、先生からの衝撃の一言。
「今日から、このクラスで一緒に学ぶお友達が増えることになりました!みんな、仲良くして下さいね。」
予期せぬ事態にざわめく生徒達。転校生が来た、というシチュエーションに胸を高鳴らせつつも、参入してくる新入生が、自らの陣営の味方となるか敵となるか、全員が固唾を飲んで教室のドアに注目する。
そして、カラカラと控えめな音で開けられたドアの向こうに立っていたのは、
「わ…!ほ、ほんとにたくさんいる。……あっ、よ、よろしく…おねがいします…!」
「「「「――――――。」」」」
簡潔に言ってしまえば、とても可愛い生き物だった。
毛先が少し赤みがかっている、腰まで伸びた長い髪。少し小さめの身長と、控えめな仕草。
可愛らしく、争いごとに加担しそうにないその少女を目にして、動揺する生徒達。
女子達は、『何あの子、可愛い〜…!』と盛り上がり、男子達は、『なんだアイツ…?てゆーか、なんだこの気持ち…!?」と胸に飛来した妙な感情に戸惑っていた。
そんな生徒達の想いは一度隅において、先生は話を進める。
「じゃあ、緋乃ちゃん。自己紹介してもらえるかな?お名前と、好きな物とかをみんなに教えてあげて?」
「あっ…白羽、緋乃です…っ!好きなのは…えっと…、佐堂さん…は、みんな知らないから……。雫ちゃんが好き…です!」
「「「「!!!?」」」」
再びの激震。突如現れた美少女転校生と、クラス一の美少女優等生が、既に何らかの関係性を持っている。
畳み掛けるような情報量にざわめき立つ教室。一気に騒がしくなった生徒達を静めたのは、やはり天宮 雫であった。
「皆、静かに。説明なら休み時間にしてあげるから。緋乃、こっち来なさい。」
そう言って、転校生を隣の席に招く雫。生徒達は静まりながら、二人の会話に注目していた。
「緋乃、さっきのは好きな食べ物とか遊びとかを聞かれてたのよ。」
「そうなの?……もしかしてわたし、間違えちゃった…?でも、食べ物とか遊びはまだよく知らなくて、何が好きとかは…。」
「まあ、それはこれから見つけるモノだものね。別に、間違えたわけじゃないわ。皆に説明する前に私の名前を出すと面倒、って伝えてなかったのは私のミスだし。ただ、先生の言葉の意図は教えておいたほうがいいでしょ?」
「!…うん!言葉の意味、ちゃんと分かるようになりたいから。ありがとう、雫ちゃん…!」
仲の良さそうな雰囲気で会話をする二人を見て、生徒達の脳に再び勢力図の概念が戻る。
難攻不落、絶対不動の女、天宮 雫。今まで、彼女を都合の良いように動かすことは絶対にできない、というのは両陣営の共通認識であった。
だが、彼女が目をかけている無垢そうな転校生を引き込めれば、クラスの状態は一変するかもしれない。生徒達は、そんな邪な考えを巡らせていた。
だが、結果を言ってしまえばそんな展開にはならなかった。
転校生、白羽 緋乃。彼女には、特有の強さと優しさがあった。
悪巧みの誘いには決して乗らず、困っている者がいれば一生懸命、力になろうとする。そして、思い通りに動かない彼女に腹を立て意地悪をしてきた者にも、決してやり返さず相互理解を深めようと努力する。
そんな彼女の姿に、生徒達は次第に絆されていき、結局、妙な緊張感があったのは彼女が入学してから最初の半年程。その半年間はクラスの状態が不安定になっていたものの、その後は卒業するまで、小学校での日々は平和に過ぎていった。
しかし、中学校に進学すると、再び変化が訪れる。
原因は、思春期による男子達の恋愛感情への強い意識。それまで、何となく可愛いと思っている程度だった女子への認識が、恋というものに変化し始める。
そして、善良で無垢な美少女の緋乃に対して向けられるその感情の数は少なくなかった。
そんな男子達の感情に、緋乃は気づいていなかったが、周りの女子達はしっかりと感じ取っていた。そのとき、女子達に芽生えたのは嫉妬――ではなく、庇護の感情だった。無垢で可愛い友達を、男子達の魔の手から守らねば!と。
斯くして、第二次『クラス内男女間抗争』の幕が上がった。
とはいえ、表立って騒ぎが起きたという訳ではない。両陣営に共通して、緋乃に嫌われたくないという気持ちがある以上、目に見えて仲の悪そうな様子を見せないようにしていた。緋乃は、喧嘩を見ると心を痛めてしまう人だと知っているからだ。
露骨になり過ぎないよう、どうにかして緋乃と交流する機会を増やそうとする男子達と、それを徹底的に阻止しようとする女子達。そして、そんな水面下の戦いを知らずに、分け隔てなく皆と仲良くしようとする緋乃。
不思議な状態が続き、流石の緋乃も違和感を感じ始めてきた頃、全ての状況を把握していた彼女の親友、天宮 雫が平和に解決させる為の爆弾を放つ。
「ねえ、緋乃。アンタ、クラスの男子と吾郎さん、どっちの方が好き?」
聞いていた全員が、意味不明な問いかけに首を傾げる。地元で有名なニートおじさん、川島 吾郎とクラスの男子を比較する。それに一体、何の意味があるのか、と。
男子のみならず、女子までもが『天宮は、一体何を言ってるんだ…?その二択で吾郎さんを選ぶ人間なんか、居る筈ないだろ。』と、大変失礼な考えをしていた。
誰もが、返ってくる答えを疑わなかった。しかし、
「うーん…。吾郎さんかな。」
「「「「そんな訳ねぇーーーーーーーーーっっ!?」」」」
口にされたのは、衝撃の回答。
これを機に、第二次『クラス内男女間抗争』は休戦協定が結ばれ、吾郎さんよりはクラスの男子の方が魅力があると思わせなければ!という考えの下に、クラス全員が一つになった。
―――――――――――――――――
「大まかに、こんなところかしら。」
私達のこれまでの話で、瑠佳が気に入りそうな出来事を抜粋して話した。他にもあるかも知れないけれど、流石にこれ以上の時間は掛けられない。
「ほえー…凄いね…!なんか二人共、注目度とか影響力が高いんだ。まあ、何となく分かる気するけど!」
うんうんと頷き、満足そうな瑠佳。好感触だったみたいだし、そろそろ解放してもらえるかしら。
「そう言えば、緋乃ちゃんがモテモテって話だったけど、雫ちゃんはモテなかったの?モテそうだけど。」
話の内容から、話題を膨らませてきた。もしかして、今日はこのまま、生徒会室に行かせずに帰るつもりじゃないでしょうね…?
「モテたわよ。好みの人がいなかったから、告白されても全員振ったけど。それより、そろそろいい?結構話してあげたでしょ。」
「あぁ、そうだった…!うんっ!ありがとう!!もう行って良いよ!また明日ね!!」
そう言って、瑠佳は足早に帰っていった。……そうだった、って言いやがったわね、あの子…。
「はぁ…。」
まあいいわ。いい加減、行かないと。とっくに集合時間は過ぎてるけど、どうせ遅れるなら一緒なんて考える程、怠惰じゃないし。
そうして、私は急いで生徒会室に向かった。
―――――――――――――――――
「すみません、遅くなりましたっ…!」
生徒会室のドアをあけて、遅刻したことを謝罪する。生徒会の皆の視線が、私に集まる。一人の生徒が前に出て、私を問い詰めてきた。
「珍しいわね、天宮さん。それで、一体どうして遅刻したの?」
余分のない言葉で、端的に説明を求めてきたこの人こそ、現生徒会長であり瑠佳のお姉さん、倉科 凛華さんだ。
珍しい、という言葉には『貴女を評価していたのに』という失望が含まれているように感じる。
「すみません、倉科会長…。瑠佳に捕まって、断り切れずに付き合っていたら、遅くなってしまいました。」
起こったことをありのまま話す。結局、付き合ったのは私だから、瑠佳だけのせいにはしないけど、それはそれとして瑠佳の名前もちゃんと出しておく。
「瑠佳…………………?」
え、なに、その顔。そんな露骨に怪訝そうな顔、初めて見た。
「……………そう。なら、仕方ないわ。今後は気をつけるように言っておきます。妹が迷惑をかけて、御免なさい。」
「―――……はい。」
怒られるどころか謝られてしまって、困惑して他の言葉が出なかった。
瑠佳の言葉を思い出す。『雫ちゃんは怒られないから、大丈夫!私のせいって言えば、お姉ちゃんは納得してくれるから!!…呆れながら!』
倉科会長の対応は、正しく瑠佳の言った通りだった。家族ですら会長のことは計りきれないのでは、と思っていたのに、ドンピシャで当ててきた。
瑠佳の様子から、まあ他人よりは解ってるかくらいには思ってたけど、もしかして大分通じ合ってる…?
倉科姉妹の謎が深まったけど、今考えても答えは出ないでしょうし、切り替えて生徒会の業務をこなすことにした。
新学期初日の学校での時間は、かなり騒がしいものだったけれど、最後の締めくくりは静かに過ぎていった。




