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ワケあり公子は諦めない  作者: 豊口楽々亭
内緒の逢瀬
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フローリス

貴族相手や輸入品を取り扱う大商人が軒を連ねる中央通り、そこから通り二つほど外れた住宅街に紛れる小さな家から、僕は顔を覗かせた。

左右を見渡してから通りに踏み出すと、少しだけ足早に歩き出す。

近年主流になった煉瓦作りの建物の赤銅色と、切り出した石で作られた古い建造物の灰色が混在した街並みに、陽射しが照り映える。

立ち並ぶ建物に細い蔦の緑が絡み付き、綻ぼうとする蕾がもうすぐ正午であることを僕に教えてくれた。


「やばい、遅刻するかもっ」


僕は帽子を片手で押さえて走り出すと、スカートが翻る。

あまり土地勘はないが、中央通りの真ん中にある噴水は待ち合わせ場所として有名だ。

店と店の隙間が作る路地を一本、二本と通って大通りに出ると僕は噴水に視線を向けた。

同時に、正午を告げる鐘の音が大公城の鐘楼から響き渡る。

途端に蔦に鈴なりになっていた蕾が一斉に咲き綻ぶ。


「わぁっ…!きれい」


子供の歓声が響いた。

その子の鼻先を、散った八重の花弁がくるくる回って掠めていく。

ある建物では白一色で彩られ、別の建物では淡いピンクと薄紫がモザイク柄を作っている。

色とりどりに咲き乱れるこの花の名前は、エスメラルダ。

公国の名を冠する国花であり、公都の環境でしか咲くことのない花だ。


毎日見ても見飽きることのない、美しい光景だった。

婚約式の祝賀に集まってきた人でごった返す通りであったが、みんな足を止めて感嘆の声を上げている。


「すごい…これがフローリスか」

「見れて良かったわねぇ、晴れてくれないと咲かないんだもの、お天道様に感謝しないと!」

「精霊様方もご婚約をお祝いして下さっているのね、きっと」


口々に上がる人々の声が、僕にはどこか遠くに聞こえていた。

僕の瞳は咲き誇る花よりも何よりも、噴水の側に佇む人影に目を奪われていたのだ。


正午を向かえると共にフローリス(一斉開花)を迎えたエスメラルダ。その花弁に彩られるように、フロレンスの姿がそこにあった。


すらりとした長身は簡素な綿の白いシャツと黒いパンツに包まれているだけなのに、均整が取れていることが分かる身体。

背中に流された髪は、黒真珠のように艶やかで、美しく無防備な横顔を彩っていた。


足の動かし方さえ忘れ彼女を見つめていた僕の背中に、ドンッ、と急に衝撃が走った。


「わっ、ぁっ」


誰かが背中にぶつかったのだ。

踏み止まろうとして、踵が浮く。

人にぶつかりながらよろけ、噴水の方へと押し出されると、バランスを崩して身体が傾いた。

目の前に迫る噴水。


───駄目だ!ぶつかるっ!!


噴水に転がり落ちる覚悟をした僕は、思わずギュッ、と強く目を閉じた。

しかし、いつまで経っても痛みと冷たさはやって来ない。


僕が恐る恐る目を開けると、目の前にあったのは美しい薔薇色の瞳だった。

黒く濃い睫毛が心配そうに瞬くと、柔らかく引き絞られた唇からこぼれた甘い声が、鼓膜をくすぐる。


「大丈夫?ローゼ」

「っ…ごめんなさい!ぼ、いや…私ったら、ぼうっとしちゃって!」


呆然としていた僕の意識が遅れて一気に引き戻されると、跳ねるようしてフロレンスの胸に抱かれた身体を引き離した。

動揺を隠すように僕は両手を前に突き出して左右に勢いよく振ると、フロレンスは可笑しそうに目元をほころばせる。


「元気が良いね。演技が上手くなったんじゃないかい?」


フロレンスの指摘に僕の心臓は跳ね上がった。

動揺を隠すために咳払いを一つして、気持ちを落ち着ける。


「なら良かったわ、きっと研究の成果が出たのね」

「さすがローゼ、勉強家の君らしいよ」


貴族的な言葉使いを止めたお陰で、距離がいつもより近く感じる。

まるで、幼い頃に戻ったようだった。心が浮き立つと、僕の唇からは自然と笑みが溢れた。

フロレンスと一緒に歩き出しながらあらためて大通りを見渡すと、開いたばかりのエスメラルダの花に彩られた街の中に、人々の声が飛び交っていた。


「エスメラルダの花で作った蜂蜜酒はいらんかね!」

「大公子様と公女様を描いたメダルはいかが、記念になるよ」

「緑の精霊様の加護を受けたハーブパン!鴨肉たっぷりのサンドイッチは一度食べたら病み付きだよ!」


方々から呼び掛ける声が響く。

きょろきょろと辺りを見渡しながら歩く僕の手を、フロレンスが握って引き寄せた。

芸を見せる旅一座の方へと吸い寄せられそうになっていた僕は少しよろけて、フロレンスの肩に寄りかかる。

思わず驚いて瞳を瞬かせると、鼻先が触れあいそうな距離で彼女を見上げることになった。

心臓が一瞬、高鳴る。


「なに、フロレンス?」

「君が子供みたいに迷子になりそうだと思ってさ」


僕を見下ろすフロレンスは、からかうように少し意地悪く笑ってみせた。


「ひどいわ!そんなこと言うなら、今度は私がエスコートしてある。ついてきて」


僕は眉をつり上げると、思わずフロレンスの腕を引きながら先を歩き出した。

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