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第三話 揺らぐ決意と裸の天使


 ゆっくり、踏みしめるように歩きながら、学校の近くに露店商売に来ているタピオカを売る車を通り過ぎた。


 俺の学校の自慢できる一つでもある。部活帰りに買う人はかなりいるみたいだ。俺も何度か食べたことがあるのだが、今日は買う気にはなれなかった。




 こんなことある?

 こんなことある?

 こんなことある?



 

 答えのない問題を与えられた気分だ。

 自分史上最高にドキドキする。

 もうさっきからにやけっぱなしだ。俺の横を通り過ぎた買い物袋を引っ提げた奥さんあたりは、俺のことを不審者か何かに勘違いしたにちがいない。

 しかし、同時に。

 頭の中がクルクル回っている。胸の奥にずっしりと重いなにかがあるようでもある。

 問題は二人の内のどちらを選べばいいのか、ということではない。


 俺は、そもそも今、恋愛をする資格があるのか?


 これに尽きるのである。


 俺には、この三年間という短い高校生活のなかで成し遂げなければならないことがある。

 そのために、最大限の努力をすると決めた。

 いや、それだけじゃない。

 俺が一度、救ってもらった恩師の言葉でもあり、俺の座右の銘でもある言葉。



「不器用でもいい。後悔しないように、全部に全力で生きろ」



 その言葉通り、俺は今まで高校生活を送ってきた。


 目の前の困った人は見過ごせなかった。それは、その人のためというわけではなくて、俺の後味が悪いから。

 生徒会も、部活も、目標も、俺なりに全力でやってきた。


 けれど。


 これにあの人達とどちらかの恋をするとなると、正直全部に全力とはいかないかもしれない。

 月見野会長も、赤座先輩も、どちらも魅力の塊みたいな人達だから。

 彼女たちとの恋は、明らかに今までの自分ではいられなくなる。そんな予感がある。


 と、そこまで思考して、今日もいつもの場所に到着する。

 そこは市営の図書館だった。

 俺は迷いなく中に入る。

 時刻は午後七時。日はすっかり落ちてしまっている。

 この図書館が閉まるのは午後九時。では、その間の二時間、何をするのか。


 俺は、慣れた窓際の席にすわると、一度目を閉じる。

 今日あった出来事が情景として目の前に現れる。しかし、それは数秒間でフェードアウトしていった。そして、自分が自分から分離していくような感覚を覚える。


 これは恩師が教えてくれたやりかただ。

 俺はカバンからノートと教科書を開く。

 目を開け、もう赤の塗装が剥がれかけたシャープペンシルを握る。


















「ふぅ」



 息を短く吐き、手足を伸ばす。「疲れたー」などと言いたいが、図書館なので我慢する。まあ、俺以外もういないんだけど。


カバンに広げていたものを入れ、その場を去る。

 習慣通り、きちっと二時間経っていた。

 外に出ると春とは言えど、少し肌寒い。



「よしっ」



 俺は自分を鼓舞するように手で頬を叩く。少し速足で家へと帰る。

 家は図書館から徒歩五分の場所にある。

 そこは、どこにでもあるような、ごくごく普通の3LDKの一軒家だ。


 玄関に靴を置き、そのまま上がると、母がそこにはいた。


「おう、帰ったか、シジミ」

「えっ、どしたの母さん」


 母は自分で経営する塾の塾長だ。さらに夜中はバーで働いている。

 だから、午後九時まで塾で働いたら、そのまま一回寝に帰って、夜中に出るのだが。


「ああ、なんかマスターがインフルかかったとかなんとかでな。小さな店だし、マスターがいないならってことで今日は臨時の休みになった」

「そう? 晩飯は?」

「今から作るわ。先に風呂はいんなさい」

「はーい」

「ああ、それと……、いや、やっぱいいわ、あんたがあがってから話す」

「?」


 少し、気になったが、俺は従うままに洗面所に向かう。制服をかけ、ワイシャツを脱ぎ、風呂に入る。


 身体を洗い、お湯につかる。


「ふぃいいい」


 極楽極楽。冷えた身体があたたまっていく。

 つかりながら、一度安心してしまうと、またいろんな考え事をしてしまう。


 俺に、父はいない。

 父さんは、俺が小さな頃、事故で亡くなった。海外を股にかけて働き、超がつくほどの仕事人だったらしい。お陰で、亡くなったあとも、十分な貯蓄があった。


「なのに、母さんときたら……」


 母さんは、その貯蓄の大半は使えないという。理由は聞いたことがないが、きっと、俺の教育費や、将来のためにとっておいてくれているのだろう。



 でも、それで仕事詰めになるのは違うじゃないか!



「はあ」


 だから。俺の目標は二つ。母さん楽にしてやること。できるだけ早く自立すること。

 俺の通う高校、私立・銘峰学園には、ある特別な制度がある。

 特待推薦。

 条件は定期テストで上位三十名に高校三年間を通して入り続けること。それにより、特別枠として提携している大学、名門、銘峰大学に授業料無料、寮に住むなら、食費含めて生活費全てが無料になるというものだ。


 俺は、それを目指している。そして、将来的には、母さんの塾の講師となり、母さんの経営する塾を日本一にする。それが俺の夢だ。

 まあ、それを叶えることがどれだけ難しいというのは重々承知しているわけで。



 だから、振り出しにもどるわけだけど。



「ああ、あーーーーー」



 恋愛の件は、一体どうしたものか。



 考え事をしてしまい。止まらなくなってしまった。もう結構な時間お風呂に浸かり続けてしまい、のぼせそうだ。


「そろそろ、上がるか」


 そう思い、浴槽から出たときだった。

 何やら、お風呂のドアの向こうでゴソゴソやってる。母さんが掃除か何かしているのだろうか。

 しかし、その影は認知したときにはすでにこちらに動いてきていた。影はお風呂のドアを開けて静かにはいってきた。



 透き通るような白い肌。さらさらの銀の髪。日本人離れした青の瞳。


 見るとそこには、全裸の天使(少女)が立っていた。



……こんなこと、ある?



「……」

「……………」


 互いに無言になる二人。

 想像してほしい。

 全裸の男女が、お風呂のドアの前で向かいあっている姿を。


 そして、その少女、無表情!

 この状況でそれって、どんな感情だ今!


「えーと……」


 俺が何かを言おうとした途端、少女は一切発言することなく、ドアをそっとじした。


「え、……えーー」


 すごいな。何の恥じらいもなさそうに、何事もなかったかのようだったぞ。




「ちょっと、なにやってんのーー!」




 母の声が聞こえた。母の知り合い、だったのだろうか。


「なんなんだ、今日は」


 今日まで俺は、まあ、普通かと聞かれれば少し違うかもしれないが、ごく平凡的な高校生活を送ってきた。


 それが今日は、学校一の美貌をもつ生徒会長に告白され、中二病の幼女会長にキスされ、銀髪美少女と全裸でご対面。


「だ、誰かに後ろから刺されても文句は言えないな」


 すぐに思い浮かぶのは同じクラスで親友で二次元をこよなく愛するオタクの木霊。

 あいつリア充を見るときの目がもう怖い。シャーシンめっちゃカチカチさせてるし。







「リア充○ね○ね○ね○ね○ね○ね○ね○ね○ね○ね○ね○ね」







 そんな声が聞こえてきて身震いがしたので、もう一度お湯に浸かることにしました。まる。



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