第二話 中二病先輩でも恋はする!
会長を見送って、俺は靴箱から正反対の位置にあり、一階の廊下の最奥にある部屋、理科実験室に向かった。
歩きながら、考える。
会長はいつから、そういう気持ちになっていたんだろう。
俺は確かに、よく周りから鈍感だと言われることが多い。しかし、いつも見ている会長のことまで分からないなんて……。
会長の告白は、嬉しい。あの人は俺の憧れの人でもあったから。
けれど、俺にはやるべきことがある。
いや、まあ、生徒会と、これから向かう、もうひとつの部活もあるのに、何言ってんだって話なのは分かるんだが。
生徒会に関しては、当初帰宅部を志願していたから入ったわけで。
これから向かう部活は、ほぼ活動という活動はしていないわけで。
うーんうーんと唸りながら歩いていると、知らぬ間に目的地である理科実験室の前に着いた。
すると、ドアを開ける前に、勝手に開いた。
入れ、ということなのだろう。
たったったっという足音が聞こえたので、「彼女」がいつものように窓際に移動しているのだと考え、「彼女」の為に、ゆっくりと開ける。
「待ちわびたぞ! 我が眷族!」
窓からふく風が、彼女を撫でる。
そこには黒のロングコートをまとい、赤く長い髪をたなびかせている小学生並みの身長の少女がいた。
「赤座先輩……、いや、我が師匠ブラッディレイよ。今のはどうやったんです?」
俺がノリノリで聞くと、赤座とよばれた少女はこう答える。
「ふふふ、ちょいと風の魔法を使っただけよ。風属性初級魔法・ウィンドだ」
この御方は……、いや、この人は赤座絵里。この学校で随一の美貌を持つのはご覧のとおり分かるのだが、月見野 楓とは真反対の意味で有名。
ちなみに師匠呼びをするのは活動中だけだ。暗黙の了解となっている。
「さすが師匠、今日もかっこいいっす!」
「にゅふふふふ。そう褒めるでない。フーーハハハハハ!」
高らかに叫び黒服をはためかせる。左手には封印の包帯。首には十字架のアクセサリ。目の色は赤。そう、彼女は……、
「我が真名は赤座・ブラッディレイ・絵里! 血の悪魔ブラドを使役するものである! この私に不可能の文字はない!」
中二病なのである。
学内でも随一の美貌を持ちながら、彼女はこの難ある特殊な属性により、周りから一目置かれている、というか避けられている。
でも、まあ、悪い人ではないわけで。
「ところで、我が弟子よ。何かあったのか?」
「へ?」
「ふん! 隠そうとしてもむだなのである。お主の顔を見ればお主のことは大体分かる。そら、白状せい」
こんなことを言っているが、瞳を見れば分かる。
この人は俺のことを本気で心配している。そわそわもじもじしてるし。
「師匠には、あまり話したくないです」
「……ふむ? 言いたくなければいわなくてもよいのだが……。お主は少し抱え込みやすいところがあるからな。相談したいときに相談すればよい」
「その節はご迷惑かけてすみません……」
後述するが、この人には多大な迷惑をかけてしまったことがある。
今となっては良い思い出だったと考えてくれていると嬉しいが。
「にゅふふ、良いのだ良いのだ。私だって、君に救われているのだからな」
「俺が、師匠を? そんなことありましたっけ?」
「お主、我が気付いていないとでも思ったのか?」
じと目でいわれてドキっとする。今度は逆に俺がもじもじしてしまう。
「お主、本当はオカルトなんか欠片も興味なかったんだろう?」
「い、いやいやいや! ちゃんとありますよ! 魔法陣開発も異世界交信もめちゃくちゃ楽しかったですし!」
「いや、確かに、その時は結構テンションあがってたみたいだが……。そもそも、あれオカルトじゃないし」
「え、ええええええええええ! じゃああれは何だったんですか!」
「え、我の趣味だけど」
し、知らなかった! ノートに書いた俺流最強魔法陣開発も、二人で考えた異世界設定でやった人生ゲームも、オカルトじゃなかったのか!
「というか、オカルト研とか言ってるけど、オカルトやったこと今まで一度も無かったのじゃが?」
「なん、だと?」
つい、敬語を忘れてしまったが、仕方がない。
目の前の事実があまりにも衝撃的すぎる!
「じゃあ今までのは一体……」
「我の趣味」
おう、まじか。
「ふふ、つまりお主は放課後、ずぅっと我の趣味に付き合わされていたというわけだ」
唖然とする俺を余所に、彼女はからかうような笑顔を見せる。
「でもお主は、何も知らないまま、今まで我と一緒にいてくれた。あのときに、お主がこの部活にはいってくれなかったら……。だから……」
先輩はふと顎に手を当て、考える仕草をする。
「? どうしたんですか?」
「……勝負するなら、今、今なのか? シジミは鈍感だし……」
先輩は何やらもごもご小さな声でしゃべっているが上手く聞き取れない。
「へ? 師匠、今なんていいました?」
「……………………よし、決めた」
先輩は何やら決意を決めたらしく、一瞬ちらりと俺の顔をのぞくと、コホンとわざとらしく咳をした。
「よし、お主、ちょっと目をつぶっていてくれっ」
「一体何が始まるんです?」
「まあまあ、いつもの我の趣味をするだけさ」
しばらく経ち……。
俺は先輩の封印の包帯でイスに固定された。てか封印の包帯それでいいんですかぁ!
と、大声でツッコミを入れたいところを先輩の真剣な表情をみて、我慢した。
「…………これより、禁断の上級契約をはじめる」
……ふむ。
これは、いつものノリに乗ってしまえばいいのか?
「この契約は、師弟契約のはるかに上をいく! そして、この契約は両者の合意が無ければ成立しない!」
「はい! 師匠!」
「この契約は永遠に続くものだ! この契約を結べば、我々は未来永劫共に歩むこととなる! お主は、この契約を結ぶか!」
「はい! 師匠!」
俺がそう答えるとガタッという音がした。
俺はとっさに目を開ける。妙にあたふたしている会長がかわいい。
「ど、どうしました? 師匠」
「う、うむ。大丈夫だ。心配するな。それで、だな。ほ、本当に上級契約を結んでくれるのか!」
「は、はい。ところで、これってどういう契約なんですか?」
先輩は口を大きく開け、ポカンとしていた。
「……なんで? なんであの流れで分かんないの? なんで?」
「あのー師匠?」
「も、もういいわ! ちょっとシジミくん! 君そんなとこやぞ!」
え、えーー。なんで先輩怒ってんの。口調もなんかおかしいし。
「もう一度、目をつぶっていなさい!」
「ひゃい!」
声が裏返った。自分より数段背の低い先輩だけど、怒ったらこんなにも怖いのだ。
俺は一度、この怖い会長を見たことがある。
あの時を思い出すと、今でもゾッとする……。
先輩の怖さを知っている俺は、大人しく目を閉じた。
「良いか、我が弟子よ。絶対にぜーーったいに我がいいと言うまで目を開けてはならんぞ!」
「は、はい」
変に身体に力が入る。
……ん?
十秒ほどたったが、なにも起きない。
「あのーー師匠?」
「きゃっ!」
ガタっという音がした。
先輩は倒れてしまったんじゃないかと心配して目を開けた瞬間。
口に生温かく、やわらかいものが重なった。
二人してそっぽを向く。い、今のは事故なんだろうか。
「……なんで」
「……え?」
「なんで目開けちゃうの!」
時々聞こえなくなるほど、その小さな身長と同じように小さくなる声量が、段違いにでかくなる。
「し、師匠のことが心配になった、から?」
俺がそう言うと、先輩は赤面しながら、顔に怒りマークを浮かべていた。
「わ、わわわわ我が真名は赤座・ブラッディレイ・絵里! 血の悪魔ブラドを使役するものである! この私に不可能の文字はない!」
先輩はそう言うと、たったっと小走りするように動き、カバンを取ったかと思うと、すぐにドアの前に立った。
「……そういうことだから」
「へ?」
「そういうことだから!」
先輩は再び咆哮すると、バァン! とドアを閉め、今度こそ走り去っていった。
どういうことだ? とはさすがの俺も思わない。あの場面においてあの表情、慌て様、さすがの俺でも察することは容易だ。
つまり、会長だけでなく、先輩までもが……。
くちびるにはまだ感触が残っている。
すごくデジャビュな気もするが……。
俺は、その場からすぐに動くことなどできなかった。




