オアシス解放戦線、英雄たちの戦い・7
シーラの視界いっぱいに刃が広がる。それがセーマによる攻撃であると、彼女が気付いた時には既にことは終わっていた。
「──っ!? くううぅぅっ!?」
突如顔面を縦に貫き走った衝撃。痛みこそないがたしかに、顔を袈裟懸けに斬られてしまった実感がある。その薄気味悪さに呻き、シーラは己が『不死魔眼』を手で覆った。
「『活殺自在法』。斬ったが痛みもダメージもないはずだ。ただまあ、感触的な気持ちの悪さはあるんだろうが」
ヴィクティムぶらりと携えてセーマが嘯く。もはやすべてを終わらせたかのようなリラックスぶりだが、実際、彼はこの時点で決着を付けていた。シーラを見る。
斬られた顔面は傷一つなく、当然血の一滴とて流れていない。『活殺自在法』という、セーマが編み出したダメージや痛みの有無を自在に調節できる絶技による芸当だ。これと空間を超えての遠距離斬撃を組み合わせて、彼は少女の『不死魔眼』へと斬り付けたのだ。
痛みなく血なく、しからば変化もなし? もちろんそうではない。勇者はたしかに、邪悪の魔眼を斬り裂いた。明らかだった──シーラの、狂おしい焦燥に駈られた声が物語る。
「え、え……? うそ、嘘。『不死魔眼』から、力が、抜けて。何これ、そんな、何これぇっ!?」
抑えた魔眼からエネルギーが失われていく。無節操に垂れ流されていた星の力が萎むように消えていき、不死なる無限の生命がその異能を発揮できなくなっていく。感覚的に察知して、シーラは身を震わせた。
目が見えなくなったわけではない。だがそんなことはどうでも良いことだ。恐怖に早まる鼓動と息遣いを隠すことなく、彼女はこれを為した犯人へと叫んだ。
「お、おおお前ぇぇぇっ!! 何した、何をやったァァァッ!? ウチの、ウチの力ッ!! ウチの『不死魔眼』がっ!!」
「文字通り斬った。その目そのまま、魔眼の部分だけを──マオから聞いてはいたが、なるほど。エルゼターニアさんもそうだったが魔眼の核は眼球内にあるわけだ」
至って冷静にセーマは答えた。同時に魔眼の構造について事前にレクチャーしてくれた『魔王』マオに向け、深く感謝する。
秋、共和国に旅行に出向きエルゼターニアと出会ったマオ。その時に温泉村を脅かしていた放火魔マルケルの『発火魔眼』を回収し、館へと持ち帰って研究していたわけなのだが──アインが共和国へ赴く際のアドバイスであったり、『オロバ』の技術力の調査であったりと諸々の面で活用されていた。
予てより謎だった、星の無限エネルギーの無断流用技術についてもある程度その正体が分かっており、大いに意義のある研究だったと興奮してマオが語っていたのを思い出す。セーマとしてもとりわけ今回、魔眼の核となる物質が眼球内に埋め込まれており、それを破壊することで魔眼の力を無効化できることが発覚したのは大殊勲といえるだろう。
「嘘だ……嘘だ嘘だ、嘘だこんなッ! 力が、ちから……ウチの、『不死魔眼』の力がッ!! 『閣下』に捧げる命が、消えっ、消えて!」
「……」
「『閣下』のための命が! ウチのすべてが! 漏れていく、消えていくっ! ああああっ、ああああああああッ!!」
眼前のシーラから力が失くなっていくのが見える。消えていく力を必死にもがき、集めるように頭を掻き毟る半狂乱の少女に、見るに堪えない惨さを感じさせられつつも彼は、それでも視線を外さずに言った。
「これで君はもう、死んでも生き返れない。正真正銘たった一つきりの命だ」
「っ!!」
「直に脳にまで及んでいた影響も消えるだろう。そうなれば普通の人間に戻る。『不死』なんて夢幻でしかないんだよ、シーラ」
「…………まだだ、まだだっ! まだだぁっ!!」
諭す口調の男に激昂しつつ、少女はナイフを己の頚に向けた。『不死魔眼』のエネルギーの余韻はまだ、後一回きりだが残っている。もう一回だけ、蘇られる。
ならば、最後に目にものを見せてやる。いきなりやって来て自分のすべてを奪ったこの、憎い上から目線の男に。自分は、シーラは──夢幻の中でこそ、死と再生の中でこそ、その命に価値があったのだと思い知らせてやる。
「家族も友達もいないウチを、それでも『閣下』は使ってくださったんだ! 『不死魔眼』までくれて、あの方のために生きて死ぬ価値をくださったんだ!! ウチにはそれしかないんだ! それをお前は、お前はぁっ!!」
「……君は」
「せめて最後だこれでも喰らえぇぇっ!! 『不死魔眼"リインカーネート"』ッ!!」
頚を掻き斬り、血飛沫を飛ばす。残ったエネルギーではその血までは炎とできないため、吹き出た血がそのまま砂漠の乾いた大地に吸われていく。
それさえ構わずシーラは炎と化した。先程とは異なりひどく弱々しいものだが、それでも殺意と絶望に溢れた勢いは常人であれば十分に殺し得るものだ。
『不死魔眼』シーラの正真正銘、最後の攻撃。すべて余さず叩き付けて、燃やし尽くして殺してやると火の鳥は一直線にセーマへと向かった。
『"ラストフェニックス──』
「シーラ。命は、そんな程度のものじゃない」
『──ファンタズマリフレクション"ッ!!』
何もかも、それこそ命さえ吐き出すように炎が迫る。シーラの、中央オアシスユートピア最強の戦士として培ったこれまでが籠められた気迫の一撃。
けれど。静かに呟くセーマは、それを一切の脅威とも認識していない。ただひたすらに哀しみを胸に、言い聞かせるように彼女へと言葉を紡ぐのみだ。
「命の価値が、それしきのものでしかないはずないんだ。誰だってそうだ。君だってそうなんだよ、シーラ」
『死ね、死ね、死ねぇぇぇぇッ!!』
「自分を殺し、他者を傷付ける。そんなことだけが君の命の価値なんかじゃない。無限の未来のその先に、誰でもない君だけの幸せがきっとあるんだ。だから」
命の価値を奪われて、歪んだ意味を与えられた炎が近付く。少女の言葉にはもはや、自分自身の幸福など欠片も見えてこない。
幸せを、追い求める権利さえ見失ったシーラに。セーマは目を瞑り、悼み。
「迷妄を超えて、君自身のすべてを取り戻すために……目を覚ませ、シーラっ!!」
そして次に目を開けた時、ヴィクティムを一閃、振るった。目にも止まらぬ速さ、けれど音など少しも立てない、まさしく神速の剣。
シーラの最終技『ラストフェニックス・ファンタズマリフレクション』が既に、直撃する否かというタイミング。常人ならば完全に手遅れの状態から放たれたそれは、けれど当たり前のように先んじて炎を捉え、叩き伏せた。
『が──!?』
潰された。最後の技さえ、この男は喰らってくれない。何も、何一つさえ、届かせてくれない。
ここまでくれば笑うしかない。シーラは呆然と炎から人の身に戻っていく自分の、薄れ行く意識の中。
『は、はは──つよ、すぎ──」
魔眼を得て以来初めてとなる、強気でもなければ虚を装ってもいない、自然な笑みを浮かべていた。
『不死魔眼』、陥落。伝説の大英雄『勇者』の堂々たる完全勝利であった。
セーマがシーラと相対し、エルゼターニアとアインが『オクトプロミネンス・ドライバー』に乗って一路、首都へと目指し急ぐ頃。
別動隊の面々は快進撃を続けていた。関所を超えた先、広がる砂漠に待ち受ける『魅了魔眼』の支配下にある人間たちを相手に大立ち回りをしていたのだ。
「神雷よ、活人の慈悲を示せ!」
『剣姫』リリーナが愛刀を振るう。元天使ゆえに備える体内エネルギーが雷となって剣に纏わり、一振りごとに周囲に拡散して放たれる。全力ならば亜人の群れをも炭化させる威力だが、今は極力加減して麻痺させる程度に抑えている。
『ちぃと痛いが意識は薄そうじゃしな、勘弁しとくれよ。後遺症は皆無じゃから安心せい』
霧となり、次々人間たちの首や手足に関節技を掛けて行動不能にしていくのはヴァンパイアの『女帝』アリスだ。ハーモニに超接近戦術を教え込んだ張本人である彼女は、それゆえに弟子をも超えた極端なインファイターである。
多彩な技で関節を極める。痛みこそ気絶級だが後に残るようなダメージを与えないのがアリスらしい手際の良さだ。かつては何代か前の『魔王』とも渡り合った伝説のヴァンパイアたる手練手管が今、存分に発揮されていた。
「『千道・天乱拳』!」
深く腰を落とし、眼前に向け無数の拳を放つ。生まれた衝撃が次々に人々を襲い、面単位で吹き飛ばしていく。
『疾狼』ジナの闘いだ。古式拳法をベースにワーウルフの身体能力、リリーナやアリスの指導、そして彼女自身の戦闘理論を組み合わせて昇華されたまったく新しい我流拳法。それこそが彼女を若くしてアリス以上の実力を持つ麒麟児へと至らせた秘訣であった。
『むむむ、三人ともやるなぁ……!』
「かくいうハーモニ殿もすさまじいじゃないですか。無数に分身して大暴れ」
『ファズさんこそ、そんな危ない得物で人間さん相手によく加減できるね……よっぽど熟達してないと難しいよ、それ』
「まあ、これでも『クローズド・ヘヴン』ですからね。にしてもすごいもんですね、あの三人」
暴れ倒すメイド三人を横目に感嘆するハーモニとファズ。それぞれハーモニは『ヴァンピーア・ファントム』で無数に分裂した霧の自分たちで戦い、ファズは鋼鉄鞭を巧みに用いて敵を捕縛。死なない程度に締め上げて気絶させる手法で現状を切り抜けている。
「こう見えて俺、『クローズド・ヘヴン』じゃサポート役なんだよなァ。前衛なんてのはそれこそゴッホレールのアホとかカームハルトの坊っちゃんの領分だし、と。『人間用五感封じ玉』ァ!」
「『気配感知』対策のスペシャリスト……お見事です! ちゃんと人間用のも用意してらっしゃるんですね」
「逆に言えばできるのはここまででしてなァ。いや亜人相手なら『キーポイント・ショット』とかあるんですが……人間にやると死んじまいますし」
少し離れたところではオルビスとソフィーリア。オルビスは人間用に威力を抑えた『気配感知』封じ──つまるところ五感潰しの煙玉をばらまき、ソフィーリアは『リボルビング・ボウ』に装填した低威力矢で的確に敵の脚を撃ち機動力を削いでいる。
この二人は亜人戦に特化した、加減の利かせにくい戦い方を主体とするところから基本的にはサポート役だ。とはいえそれでも並の冒険者では比べるべくもない程の戦果を挙げている辺り、やはり『クローズド・ヘヴン』が一員と『焔魔豪剣』のパートナーとしての面目躍如と言えよう。
派手な戦線は拡大を続ける。一同は首都へと着実に進行しつつ、道中の敵兵や仕向けられる人間たちを丁寧に慎重に、そしてなるべく目立つように叩きのめしていく。恐らくはエルゼターニアたちもそろそろ首都へ到達する頃だろう、少しでも向こうに充てられる戦力を減らすため、別動隊たる自分たちが敵の注目を引かねばならない場面だ。
「良い調子だ……このまま進んで行くぞ! 本隊の負担を減らせ、こちらに敵を引き付けろ!」
リリーナが吼える。世界最高峰の剣士の号令に、戦士たちは皆、頷き応えるのであった。




