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世界混合  作者: あふろ
第四章 未来への道程
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92.序章

――投獄から三日目。

 魔力嵐がいよいよ本格化し、気温はかなり低下している。隅に置かれたバケツの水には氷が張っていた。

 狭い牢獄の中は薄暗い。天井付近にわずかに設けられた窓と、少しばかりの松明だけが光源だ。魔法結晶は既に使えなくなっていて、本物の火が灯されている。

 牢獄はほとんどの部分が地下に埋まっていて、普通の建物よりはまだ暖かい。それでも凍えてしまいそうになる。

 与えられた粗末な毛布を一枚被り、ペルーシャと身を寄り添って寒さを凌ぐ。


 ペルーシャは寒さに弱いらしく、震えて丸くなる姿は見ていて痛々しくも感じる。

 一晩過ぎたあたりから、学人はペルーシャの様子がおかしい事に気が付いていた。息遣いがかなり荒い。顔色は良く熱もなさそうだが、目が爛々としている。

 もしかすると自分の知らない、この世界特有の病気か何かかもしれない。そう思い、学人は何度も見張りの兵に診察を訴えた。

 仮病を使い、隙を衝いて脱獄するのは常套手段だ。学人の必死な訴えはまるで相手にされなかった。


『ペルーシャ、大丈夫?』


 苦悶の表情を浮かべて蹲るペルーシャに声をかける。


『うっさい喋んニャ……もっと離れろや、臭いねん自分……』


 心配で声をかけたのにこの言われようである。

 そんなに臭いかな、と少し落ち込む。たしかにここ数日間、全く体を拭いていない。だからといって、そこまで拒絶されるほど臭くはないはずだ。


 投獄されてから何の動きもない。

 腑に落ちない。

 尋問も何もされず、ほったらかしである。

 アルテリオスも一切顔を見せない。彼ならば、いくらでも兵の目を欺いて会いに来れそうなものだが。彼も拘束されて、どこか別の場所に監禁されてしまっているのだろうか。

 何もない静かな時間が学人の不安を膨らませていた。


 ジェイクの助けを期待する反面、それではいけないと首を振る。森を出る時にあれだけの啖呵を切ったのだ、このまま足手まといになってはいけない。どうにかして自力で脱出を試みなければ。

 有り余る時間を使って考えても良い案は出ない。

 今日も何の動きもなく、また厳しい極寒の夜を迎えようとしていた。




『おかしいですわ!』


 身を隠していた宿でソラネは苛立ちを募らせていた。

 日に一度連絡を入れると言っていたアルテリオスだが、実際にあった連絡は潜入成功の知らせだけで、何の音沙汰も無く三日目が終わろうとしている。

 何かあったと捉えるのが妥当だろう。しかし、ジェイクからは動こうという気が感じられない。


『ソラネさん、落ち着いて』


 アシュレーがおずおずと宥めるも、ソラネの興奮は収まらない。


『ジェイク様、すぐに何か行動を起こすべきですわ! きっと見つかって、捕らえられてしまったに決まっていますわ!』


 ジェイクはベッドに転がったまま、そうだな、とだけ返す。ずっとこの調子だ。


『暗くなってきたね。明かりを点けてくれるかい?』


 アシュレーに言われて、カイルがランタンに魔力を注ぐ。

 昨日まではなんとか点いていたのだが、本格化した嵐のせいで今日はもう使えそうにない。


『点かないのか?』


 ジェイクが尋ねる。


『あぁ、ダメだね。下で蝋燭をもらってくるよ』

『てことは、そろそろ嵐のピークってとこか……』


 少しして、蝋燭を持ったカイルが戻ってきた。


『うう、寒い。しばらくは水も使えないらしい。この寒さで凍っちゃったんだってさ』


 温暖のこの地域には、もちろん防寒設備など整っていない。都市の住人は皆、服を着込んで毛布を被ったり、台所で薪を燃やして寒さを凌ぐ。

 年に一回ほど嵐はやってくるが、魔法が全く使えず、防寒設備が必要になるまで冷え込んだのは初めての事だった。


『しまった、どうやって火を点けよう?』


 普段から魔法に頼りきっているため、一旦それが使えなくなると火を起こすにしても大変な苦労を強いられる。当然、宿の一室に火を起こす道具など完備されていない。


『どいてろ』


 見かねたジェイクが立ち上がった。

 親指で擦ると一瞬で火が灯る。学人からもらった百円ライターだ。

 あまり火力の調節ができず、手を放すと消えてしまう。かといって点けっぱなしにしていると火傷をする、クソの役にも立たない貧弱な道具だと思っていたが、これはこれで中々便利な物だと感心する。


『ジェイク様、ガクト様をなんとかしないと!』

『あぁ、そうだな』


 もう飽きるくらいに交わしたやり取りだ。ソラネからは焦燥感が滲み出ていた。

 今まではここで会話が終わっていたのだが、今回は違った。ジェイクが領都周辺の地図を広げる。


『地図には載っていないが……この辺りに地下水道の入口がある』


 言って、一点を指す。

 周辺街を出て北西、ちょっとした山があり、その脇を川が流れている。その川は途中で不自然に折れ曲がり、領都に向かって伸びている。

 領都はこの川を水源としていて、上流は基本的に立ち入り禁止となっている。


『この折れ目で実は二手に別れている。片方は一般水道、もう片方は城の地下水道だ』


 全てを聞かなくても馬鹿でもわかる。地下水道から侵入を試みようというのだ。

 しかし、問題しかなかった。


『前にも言ったけど、少し前にここから賊が潜り込もうとして、警備が厳重になってる』


 アシュレーが口を挟む。

 集めた情報では、ご丁寧に鉄格子まで設置されたらしい。何分立ち入れない場所なので、たかがこの程度の情報を得るために、大枚をはたいて仕入れた裏情報だった。


『わかってる、だからだ。松明しか使えないこの状況なら、水道の中まではうろついてねえ。つまり入っちまえばこっちのもんだ』


 視界の狭い松明だけで、足場の悪い水道内の見回りをするとはあまり思えない。万が一足を踏み外して水の中に落ちれば、この寒さでは命に係るからだ。

 そのために入口を固めているのだろう。


『その水道を進むとどこに出るんだ?』


 ワッツが疑問を口にする。さすがに城内の見取り図は手に入らなかった。情報屋によれば、そもそもそんな物は存在していない。

 進んだ先はおろか、水道内がどうなっているのかすらわからない。

 途中で井戸にぶつかるのか、それとも川そのものが外に顔を出すのか。出口の形態によって難易度も大きく変わってくる。


『井戸の他にも城の地下に、たしか汲み上げ場があったはずだ』

『ジェイク様、入った事がありますの?』

『急に腹を壊して便所を借りた。昔の話だ』


 はぐらかされた。あまり言いたくない話なのか、それとも単に面倒なだけなのか。

 ソラネもそれ以上は追及しなかった。


 侵入経路を地下水道に定め、今度はそこに辿り着くまでの問題を解決しなければならない。

 周辺一帯は立ち入り禁止区域で、囲むようにしていくつも見張り台が建てられている。見つからずに進む事は難しい。

 通常であれば光で信号を送り合い、異常が無い事を見張り台間で情報共有をする。しかし今は魔法が使えない。

 つまり、連絡手段の無い今であれば、一箇所を速やかに落としてしまえば発見に至る危険は低くなる。しかも今夜は分厚い雨雲に覆われていて真っ暗闇だ。


『兵はどうするんだい?』

『安らかにお眠り願え。それも下っ端の仕事のひとつだ』


 わかるのはここまでだ。城内の構造など、ジェイクもいちいち覚えてはいない。

 光源を原始的な道具に頼らざる得ない今夜なら、城の中も薄暗く死角が増える事だろう。ある程度の隠密行動が可能なはずである。


『ワッツとカイルは俺と来い。アシュレーとソラネはお留守番だ』


 魔法が使えない以上、どうしても純粋な肉体のぶつかり合いとなる。

 筋力に不安のある二人にはここで残ってもらうという考えだったのだが、


『いや、ボクたちも行くよ』


 アシュレーが拒否した。


『仮に城内で魔法陣か何かを発見したとして、ウィザード抜きでどうにかできるのかい?』


 中でアルテリオスと合流できるとも限らない。

 そう考えると、たしかにアシュレーの言う通りだ。魔法に関しては筋肉だけではどうにもならない。


『わかった。お前らは正面から出ろ。じきに門が閉まる、急いで――』


 窓から外を覗いたジェイクが言葉を止めた。

 数は五くらいだろうか。眼下に見える建物の隙間から視線を感じた。


『鼻の効く犬っころだぜ。さては奴らも嵐を待っていたな……』

『追手かい?』

『番犬のザットだ』


 前回の事で学習したのか、今度は少人数で奇襲をかけるらしい。おそらく精鋭を集めたのだろう。


『外で落ち合おう』


 言って、ジェイクは窓から身を投げ出した。

 長い夜が始まる。

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