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世界混合  作者: あふろ
第四章 未来への道程
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91.メルティアーナ

 夕暮れ時、ジータはミクシードとヒイロナ、そして小鳥にクレランスを連れて廃墟を行く。

 目的地は迷宮のあった地点、メルティアーナを保護した場所だ。


 争いは思いの外、簡単に鎮まった。ユージーンは天使族(エンジェル)の存在を異人よりも脅威と見なしたのか、停戦の申し出をすんなりと受け入れた。軍隊は異人を見て、都市民は軍隊を見て唇を噛んでいたが、双方の指導者による説得の末、今は感情を押し殺して生存者の救出に当たっている。

 説得の方法は簡単だ。天使族(エンジェル)が魔法で皆の心に入り込み、戦争を引き起こすように仕向けた。それに気付いたのが異人で、天使族(エンジェル)は異人を見て逃げ出した。

 天使族(エンジェル)は異人を恐れているらしく、もし戦いになれば異人の力が大いに活躍する、そう説いた。

 かなり無理のある話だが、半信半疑ながらも全員がそれで納得した。

 人は信じたいものを信じる生き物だ。天使族(エンジェル)の手引きでこの度の争いが引き起こされた事にすれば、遺恨は残るものの全面戦争だけは回避できるだろう。誰も王国とリスモアの全面戦争なんて望んでいない。


 メルティアーナは逃走の際、日没に迷宮跡にて待つ。そう言い残した。

 おそらく何らかの説明があるのだと思われる。今後の身の振り方もあって、自分だけが聞いても仕方がない。そう考えてジータは異人の代表と都市の代表を随伴していた。


『こそこそしてないで、出てきなさいよ』


 ふいにジータが足を止め、背後に呼びかけた。観念したように物陰から大男が姿を見せる。ユージーンだ。

 手当を受けたあと、都市から出て行くジータたちを見て不審に思い、尾けてきたのだ。

 甲冑はミクシードに破壊されてしまったため、巻かれた包帯の上にチュニックを重ねただけの姿だ。剣も持っていない。


『天使族(エンジェル)の討伐に向かうにしては、貧弱な面子だと思ったのでな。加勢に来てやった』


 白々しく言う。どう見ても戦う恰好ではないし、その怪我では足手まといにしかならない。

 つまり、これから密会があるのだとお見通しというわけだ。

 ここで追い返すわけにはいかないし、口封じに殺すわけにもいかない。仮に殺すにしても、そうやすやすと殺らせてくれる相手ではない。武装をしていなくてもそれなりの抵抗で騒ぎになり、誰かに気付かれてしまうだろう。

 どうしようか、そう考えを巡らせているとユージーンが続けた。


『警戒しなくてもいい。あの天使族(エンジェル)は謂れのない事を被ってまで争いを止めてくれたのだろう?』


 真剣に考えたのが馬鹿らしくなった。

 軍隊を率いるだけあって、鋭い観察力を持ち合わせているらしい。


『襲っておいて妙な言い草ね』

『俺たちの目的は異人だけだった。都市への被害は極力抑えるつもりだったのだ。だが……』


 破城砲を放つ辺りから暴走した、そう言いたいのだろう。


『何が起きて何をしたのかが知りたい。あの時、部下は正気を失っていた』

『勝手にすれば。あなたの兵たちには呪縛がかけられていたらしいわよ』

『呪縛?』


 ジータはそっぽを向くと再び歩を進めた。

 ユージーンがヒイロナを見る。


『お前はたしか、ジェイクと一緒にいた……』

『ヒイロナだよ』

『ジェイクは何を企んでいる?』

『企む?』


 ヒイロナは首をかしげた。言っている意味がわからない。

 ジェイクから聞いているのは、ノットというウィザードに森林族(エルフ)に伝わる秘宝的な物を奪われて、樹が枯れた。

 その秘宝的な物はとても危険で、領都と異人が危ないという、かなり大雑把なものだ。


『ついて来るのはいいけど黙ってて。メルティアーナと顔を合わせるまで誰とも喋らないで』


 ジータが横やりを入れる。双方に大きな認識の違いがある事は、今の会話からでも十分にわかった。

 言葉を交わせばきっと面倒な事になる。そういう判断だった。


 迷宮跡に入る。もう全く脅威ではないが、まだ少し魔力が残っている。たまに現れる異人のアンデッドを蹂躙して進む。もう二、三日もすれば魔力は完全に散り、元の廃墟に戻る事だろう。

 中心部に到着したのは、もう日がほとんど姿を隠した頃だった。



 メルティアーナはこちらに背を向けて、斧槍を高く掲げていた。薄く輝く斧槍の周りで無数の光の球が遊んでいる。

 廃墟を儚げに照らすその光景は、王都大聖堂を飾る一枚の絵よりも美しい。


『待っていた』


 メルティアーナは人並みな言葉でジータたちを迎えた。

 今、何をしていたのか……ジータは警戒する。動揺しないあたり、見られてまずいものでもなさそうだが。どちらにせよ自分に関係のない争いを止めた事といい、目的が全くわからない。

 警戒するあまりメルシアーナに応えないジータをすり抜け、誰よりも早く前に出たのはユージーンだった。


『龍の影のユージーンと申します。身を呈して皆を止めていただき、感謝の言葉もありません』


 跪いて頭を垂れる。騎士が主にしか見せない礼だ。ユージーンなりに最大の敬意を表しているのだろう。

 その姿を見たメルティアーナは自嘲の笑いをこぼした。


『構わない。どの道私は畏怖されているのだろう? さて、何から話そうかと考えていたんだが……』


 口ではそういうものの、語気には迷いがない。まず最初に話す事は決まっていたのだろう。


『私はお前たちに、我が主の奇行を償わなければならぬ立場にある』


 償う。その発言にジータは失笑を禁じえなかった。女神が何をしたのかちゃんと理解できているのだろうか、それすら疑ってしまう。たった一人が償おうとしたところで、一体何ができると言うのだろうか。

 たとえ死をもってしても、到底償いきれるものではない。


『それはご立派な事ね。仮にそうだとして、どうやってそれを証明するつもり? 誰も信じないわ』

『む……先の行動では証明にならないか?』

『そうね。信用させておいて、裏で何か企んでるっていうなら信じてあげるわ』


 ジータの頭の中で、いくつもの訊きたい事が浮かんでは消えていく。質問が多く、何から問うべきかと思案に暮れる。

 そこで、ヒイロナから聞いた事がひとつ浮上した。部屋を出たあとの話だ。


『あなた、ジェイクがどうとか言ってたらしいわね。あたしのジェイクとどういう関係?』

『あたしの……?』


 メルティアーナはきょとんとした顔をする。少し考えて言葉の意味を理解すると、


『お前の思っているような間柄ではない。ただの腐れ縁だ』


 含み笑いで答えた。

 メルティアーナの口からジェイクとの関係が説明される。

 ジェイクはお伽話の時代から生きていて、その時からの知り合いだという事。


『ありえない。馬鹿にしてるの?』


 当然、ジータたちには信じられなかった。


『私は訊かれたから答えたまでだ。信じられなくても、少なくとも私はその時代から生きている』


 もっとも、メルティアーナの場合は大半の時間を亜空間で過ごしていたからだが。

 淀みのない声と真っ直ぐな目から、嘘を吐いているようには見えない。だが、それを証明する手段がない。

 話に飽きたヒイロナは髪を弄び始めていた。


『で、あなたは今何をしていたの?』


 次の質問に移る。メルティアーナは漂う魔力を操作して、何かをしようとしていた。


『あの方角だ』


 メルティアーナが西を指す。ヒルデンノース領都のある方向だ。


『生命の魔力が渦巻いている』

『生命の魔力?』

『女神様に対抗するために、お前たちの祖先が作った禁断の魔力。多くの人間の命と引き換えに、変様層にまで昇華されたものだ』


 また知らない単語が出てきた。そう言われればあの時も似たような事を言っていたのを思い出す。


『層とは魔力の質みたいなものだ』


 普段、人々が使っているのが一番下の序開層。熟練したウィザードの使う上級魔法が浅短層に当たる。

 その上が天の魔力である乖離層、生命の魔力はさらに上、変様層に位置する。

 上に行けば行くほど強力になり、その性質も大きな変化を見せる。

 空中庭園を満たしていた、女神本来の生命の魔力は新奇層。創世の魔力は女神層となる。


『女神様のいなくなった今、あの魔力は役目を果たしお前たちに必要ないはずだ。私ができる、まず最初の事が生命の魔力を排除する事だと考えた。行き過ぎた力は身を滅ぼす。あれは二度に渡る女神様との戦争で生まれた、負の遺産だと言える』

『それで?』

『兵たちに植えられた呪縛から、あの魔力が感じられた。何者かが使役しているのだ、心当たりは?』

『ヒイロナ、なんだっけ? あの、なんとかっていう魔術研究者』


 唐突に話を振られたヒイロナが慌てた声を出す。


『え? あ……ノット。ノット・マーシレス!』


 ノットの名前が挙がった瞬間、ユージーンが顔色を変えた。


『さっきも虹姫が言っていたが……呪縛とは何だ?』

『深層心理に植え付けられた、本人の意思とは別の感情だ。かつてお前たち全員にも女神様の呪縛がかかっていた』


 戦争に明け暮れた歴史の理由がそこにあった。現に、女神がいなくなってから、王国では一度も戦争が起きていない。

 女神大戦の傷跡があるにしても、歴史を顧みればこれは奇跡とも言えた。しかし、タネが明かされるとそれは奇跡でも何でもない、必然だった。

 おそらく殺し合いをせずにはいられないような、ドス黒い感情を植え付けられていたのだろう。


『ノット先生がそんな事をするはずがない!』


 ユージーンは声を荒げる。

 その言葉に、ジータはクスクスと微笑した。


『あら、誰もノットがやったなんて言っていないけど?』

『今の話の流れではそういう事だろう!』

『男のヒステリーはみっともないわよ』


 メルティアーナは咳払いをする。


『とにかく、私の目的は償いだ。今、転移魔法の準備を進めている』

『転移? そんな事ができるの?』

『ここにあったのは迷宮ではない、亜空間監獄だ。生命の魔力は未だに残留する創世の魔力に干渉して、亜空間を手繰り寄せようとしている。まだ残っている監獄の魔力で上手く使えば引き寄せられるはずだ』

『そう、じゃあ同行させてもらうから』

『構わない。生成にはまだ時間が要る。それまでに出発の準備をしておけ』


 魔法の生成に戻ろうとするメルティアーナを、クレランスが呼び止めた。


『今回の出来事は、黒幕がいて彼らの意思ではないと捉えて問題ないのかな?』

『全てとは言わん。行動を起こしたのは自分たちの意思だろうが、ここまでする気は無かったように見えた。そこの大男を見ればわかる。彼だけは正気だった』


 クレランスがユージーンを見やる。


『国王からの使者が来るまでの間、強力してもらうぞユージーン殿』

『心得ている』

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