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世界混合  作者: あふろ
第四章 未来への道程
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68.邪魔よ、引っ込んでなさい

 迷宮の誕生というのは、そこまで珍しいものではない。

 リスモア大陸のとある場所に“迷宮の森”と呼ばれる場所がある。そこでは毎日のように迷宮が誕生しては消滅している。

 大陸全体で見れば、年に何百という迷宮が誕生している。ただし、ほぼ全てのものが形を保つ事ができずに消滅する。

 ウェイランズ地方の湿原にあるような、完全な迷宮になるものは一握りにも満たない。

 迷宮の誕生は魔力の渦からできるという説がある。実際のところはよくわかっていないのが現状だ。もっとも、一般的に広く信じられているのは、女神が作ったという身も蓋も無いものだが。


 ジータの感じ取った迷宮の誕生は、そんな名も無き迷宮のそれではなかった。

 放っておけば下手をしなくても、危険極まりないものが産まれてしまう。そんなレベルのものだった。

 異世界の次は得体の知れない迷宮、中継都市は不運だ。



 中継都市は物々しい雰囲気だった。

 普段の活気にあふれた姿は無く、殺伐とした空気が支配している。

 原因はもちろん、近くで産まれつつある迷宮だ。

 最初は都市も重く考えていなかった。こんな場所で迷宮の誕生とは珍しい。だが、すぐに消えてしまうだろう。

 誰もがそう思っていた。

 消滅する前に探索を。多くの冒険者がそう考えて迷宮へ出かけた。

 新しい迷宮だ。今までに無かったような、珍しい物がもしかすると手に入るかもしれない。

 少しばかりの期待を抱いて、ちょっとしたピクニック感覚だった。なのに、誰一人として帰って来る者はいなかった。


 迷宮は消滅するどころか、日に日にその魔力を増幅させていく。

 ようやく事態の深刻さに気付いた都市は、腕の立つ傭兵や冒険者を募った。

 まだ完全な形にはなっていない。“核”を破壊しさえすれば、今ならまだ誕生を食い止める事ができるかもしれない。

 ここは多くの商人や旅人の行き交う中継都市なのだ。すぐ近所に迷宮ができてしまえばたまったものではない。


 迷宮攻略隊の審査基準は厳しい。生半可な者ではミイラ取りがミイラになってしまう。

 最低でも二つ名を持つ者、できれば有名な人物の方がいい。

 殺到する参加希望者のほとんどが、厳しい審査を前に弾かれていく。

 あまり大所帯では連携が取りづらくなってしまう。少数精鋭で本隊を編成し、後方支援としていくつかの部隊を突入させる。都市はそんな攻略法を考えていた。



 中継都市に到着したジータとミクシードは目を見張った。

 前回立ち寄った時は大きな打撃を受けていたのに、たったの二ヶ月で見違えるまでの復興を遂げていた。

 異人とおぼしき人々の姿も見受けられる。どうやらあの後、都市と彼らは上手くやっているようだ。その事にほっと肩をなでおろす。


 鉱石族(ドワーフ)たちを迎えたのは吉村小鳥。そして都市の主要人物の一人であるクレランスだ。

 側には護衛だろうか、二人の傭兵の姿もある。片方は鉱石族(ドワーフ)よりも大きい巨体だ。

 挨拶を済ませると、ジータとミクシードの姿に小鳥の目が留まった。


『あなたはッ!』

『やっほー、げんきー?』


 思わずミクシードの手を取る。

 この前のお礼をまだ言えていない。訊きたい事も沢山ある。なにより学人のためにも、逃がすわけにはいかない。

 クレランスもまた、ジータの来訪を喜んでいた。有名な虹姫だ。迷宮の攻略に手を貸してもらう事ができれば鬼に金棒だ。

 正直なところ、攻略本隊の編成状況は芳しくなかった。応募人数は多いのだが、いかんせん実力の伴わない者が多い。

 クレランスが依頼を出すまでもなく、ジータが詰め寄る。


『この騒ぎは迷宮ね? あたしが行ってあげるから、誰も近づけないで。邪魔よ』


 きっぱりと言い切る。

 ジータの言葉に、柄の長い鉄棍を持った傭兵が噛み付いた。


『おいおいおいおい、そりゃねえんじゃねえか? 虹姫さんよ』

『あなた誰?』

『攻略本隊のバーニィだ。こちとら既に前金も貰ってんだ。後から来て仕事を掻っ攫われたんじゃ、いい笑い者だぜ。おまんまの食い上げだ。なあ、アルガンのダンナ!』


 巨体の傭兵、鉄拳のアルガンがその言葉に頷いて同意する。

 彼らの言う通りだ。確かにこれでは傭兵の面子にも関わる。

 下手にその辺をうろちょろされるよりは、一緒に行った方がいいかもしれない。魔法を巻き込んでしまう心配をしなくても済む。

 要は、“荷物”を抱えて戦う。ただそれだけの事だ。


『わかったわ。攻略隊と一緒に行けばいいんでしょ?』

『物分かりがいいじゃねえか。それに、何が起こるともわからねえ。ウィザードには、いざって時に盾が必要だろ?』


 必要無い。そう言いかけて踏み止まった。言ってしまえば、たぶん喧嘩になる。


『行くのはあなた達二人?』

『いや、もう一人いる。どっちかっていうとガイドに近いがな』


 迷宮は廃墟の中だ。ガイドという事は廃墟に詳しい者、つまり異人だろう。

 護らなければならない対象が増えて面倒だが、仕方ない。


『じゃあ、今すぐ出発するから早く準備して来てくれる?』


 叩き潰すなら早い方がいい。こうしている間にも、迷宮は少しずつ魔力を増幅させている。

 ジータはそう思ったのだが、


『いいや、出発は明日にしよう。何の打ち合わせも無しに行くのは阿呆だぜ』


 面倒極まりない。いっそ、傭兵の面子なんて無視してしまおうかと思ったくらいだ。

 ため息が出る。


『なら、さっさと済ませましょう』

『おう、こっちだ』


 ジータとミクシードがバーニィに連れられて行く。


『ちょ、ちょっと待ってください!』


 小鳥が慌てて呼び止める。以前のように、煙の如く姿を消されてはかなわない。


『ごめんね、キミの話は帰って来たらちゃんと聞くからさ』


 ミクシードがそう言い残して、人並みに消えて行った。




 二人が通されたのは、斡旋所の二階にある会議室だった。

 同行する最後の一人の紹介を受ける。


『はじめまして、青木だ』


 青木はジータとミクシードを見て驚いた。

 強力な助っ人が現れたと聞いて来たのに、まだ成人前の少女が二人。本当に大丈夫なのかと確認を取る。

 しかし、その言葉はそのままそっくり返されてしまった。

 ジータの正体を聞いても、青木は信じられないといった様子だった。


『今回の迷宮はただの迷宮じゃねえ』


 全員が揃い、バーニィの言葉で打ち合わせは始まった。

 注目するべきは、その形だ。通常のものとは違い、吹き晒しになっている迷宮。屋外型迷宮である。

 このタイプのものは非常に珍しい。現存するものでは、リスモア大陸の最東部に位置する“悲嘆の森”だけだ。

 数年前にルーレンシア領でも誕生しかけたが、こちらは完全な形を成す前に消滅してしまった。


『この中で、屋外型迷宮の経験者は?』


 ジータだけが手を挙げる。


『よし、どんな風だったか詳しく教えてくれ』

『いいけど、教えたところで方針は変わらないわ。全員、魔法に巻き込まれないようにあたしから離れないで。全部倒してあげるから、みんなは鼻唄でも歌ってるといいわ』


 傲慢なジータの物言いに、バーニィもアルガンも口を挟まない。

 あまり周りをうろうろしても実際に危険なだけだ。魔獣よりもジータの魔法が。

 もし討ち漏らしたものがいれば、青木とミクシードが銃で始末する。それでも駄目な場合はようやく前衛の出番となる。

 歪な形式の部隊だが、これがベストだと思えた。


『少しいいだろうか?』


 青木が発言した。


『私は君達に比べて、迷宮というものがよくわかっていない。どういった基準で魔獣が生まれるのかね?』


 迷宮に関する最低限の知識は、一応頭に叩き込んである。青木が気にしたのは、出現する魔獣の種類だ。

 基本的に、その迷宮に順ずる魔獣が生まれ出る。かなりアバウトな表現だが、そうとしか言えない。

 たとえば、湿原の鍾乳迷宮なら水に関連する魔獣。ファラン領にある監獄跡迷宮には死霊の類など。


 ふむ、と青木は唸る。

 迷宮があるのは駐屯地のあった辺りだ。だとすると、現れるのは死霊なのだろうか。


『そのへんは、行ってみないと何とも言えねえな。なんせ帰って来た奴がいねえんだ』


 その後も、あまり実のあるとは言えない打ち合わせが続けられた。



……。



『こちらです』


 淳平たちが案内されたのは、少し小さめの宿だった。

 鉱石族(ドワーフ)たちに配慮して貸し切りにしてある。宿に併設されている酒場では、厨房を任されているのは日本人だ。多少なら日本食を提供できるのも、この宿に決めた理由のひとつだ。

 初めての外出で皆疲れているだろうと思い、小鳥はそそくさと出ようとする。


『ちょっと待って』


 呼び止めたのは淳平だった。


『竹岡さん、他に何か?』

『こと……いや、吉村さん(・・・・)に頼みたい事があるんす』


 小鳥と一緒に出て行った淳平が帰って来たのは、すっかり夜も更けた頃だった。

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