ケイジ・カミンチュ
―ッ!ああ、死んだ…
目の前に広がるのは紅い赤い炎、ヴォッカ家に生まれたのに、私にはなかった、もの。
死ぬ直前は、ゆっくり時間が進んで昔のことを思い出すって聞いたことがあったけど、本当なんだなぁ…。
金色の髪が広がる、久しぶりに見た姉様は成長していなかった、最後に見たあの日と変わらない…否、ガリガリに痩せて頬がこけて、綺麗だった髪もくしゃくしゃだ。
おかしいなぁ…なんか違和感がある、姉様だって私を"出来損ない"って言ってたはずなのに、なんで姉様だけ今でも昔の呼び方なんだろう…、あいつは、あの兄はもう随分と昔から様付けなんてしていないのに…。
目の前にまで迫っていたはずの炎がいつまでたってもぶつからない。
おかしいな、と思っていたら、ドンッ!と私に何かがぶつかった。
鼻を金色の髪がくすぐる。
何が起こったか理解できない、いや理解することを拒否してる。
私はいつだってそうだ、辛いことから目をそらしてばかりだ、いつだって…?なんだろう…何から私は目をそらしていたのだろう…。
頭が混乱する、心が、体が事態を拒否する。
けれど、動かなくなった姉様を見て、姉様が私をかばって倒れたということだけは、嫌でも理解できた。
「ぎゃはははは!麗しい姉妹愛だなぁおい!
おいおいエリーシア!何を混乱しているんだ?憎い姉が倒れようとどうでもいいのだろう?
だが!優しい優しいお兄様はお前にかかった魔法をといてやろう!!
エリーシア!お前はこの家で辛かったか?ひもじい思いをしたか?」
「なにを言ってんのよ…。
辛かった?ひもじかった?
当たり前じゃない!
ご飯も食べさせてもらえず!服だって買ってもらえず!
……?………ッ!?
ッ!?ッ!?」
「思い出してきたか?エリーシアよ!かわいそうなエリーシア!
知っているぜぇええ?お前が友達にあの家は最悪だと、家族は誰も私を助けてくれないと!愚痴を!不平を言っていたことを!
俺が憎いよなぁ?アリシャが憎いよなぁ?
しかし、お前はひもじい思いをしたかい?かわいい服は買ってもらえなかったかい?
魔法の才能がないとわかったあとでも、ちゃあんと学校に行けたし、卒業したあとも、平穏に過ごせたと思わないかい?」
私は、出来損ないだった、だから家族からも嫌われていた、ご飯だって食べさせてもらえなかった。
けど姉様はいつも私に優しくしてくれた、おいしいお菓子をくれた、かわいい服やアクセサリーもくれた…
いいや違う!姉様は私を出来損ないと言った!
「幼いお前を思考誘導するのは、たいそう簡単だったぜぇ?
かわいそうになぁ!アリシャ!あれだけ可愛がった愛しいエリーシアが段々と自分のことを嫌いになったもんなぁ!
まあそれでもお前は手を差し伸ばし続けたが、結局はこれだもんなぁ!
家を出てからも散々エリーシアのために頑張ったのに、報われないまま終わっちまったなぁ!おい!
さぞかし有終の美だろうな!ぎゃはははは!」
誘…導…?
何を言っているか、わからない、わからない、わかりたくない!!
私はいつもひもじかった、けど姉様がおいしいものを食べさせてくれた。
私はいつも不満だった、けど姉様がかわいいものをたくさんくれた。
学校に行かされて不安だった、けどいい人ばかりに恵まれた、むしろ、学校に行けたこと自体が、幸運ではないのか?
卒業してから、色々な人にお世話になった、ありえないくらい、本当に…。
ねえ、姉様…全部、姉様が私を助けてくれていたの?
その小さな手で、いつも私に手を差し伸べてくれていたの…?
私は一体いつから姉様のことを見ていなかったの…?
ねえ、姉様…目を開けて…ねえ…
「……………。」
「はははは!あっけねえなあ!
まあお前の大事な大事なエリーシアは俺がおいしくいただくてやるよ!
魔法障壁の開錠方法も手はある!お前は無駄死にだったんだよ!人生お疲れさん!
最高のショーをありがとうよ!!
あああとエリーシア、お前の親友だったか?今頃弟に食べられているだろうが、気にするな!どう考えてもお前のせいだからよ!」
とどめとばかりに、親友の、ノゾミのことを伝えられ、私の心が凍ったのがわかった。
気づけば、兄が私の傍に来ていた。
今まで散々目をそらし続けてきた結果が、これだ。
「………ごめんね、姉様……ごめんね、ノゾミ……………………………………………………………………………………ごめんね、ケイジ…」
兄の手が私に迫る中、呟いた私の声は、轟音と共に、かき消された。
天井から何かが突き破ってきて、激しい轟音を立てる。
もうもうと立ち込める煙が晴れたその中に、私の最愛の人が、立っていた。
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「疾ッ!」
固まる男に踏み込み突きを行う、男は吹き飛び、男の横にいた女が俺を驚愕の瞳で見つめる。
「エリー!無事か!」
「ケイジッ!!」
涙と共にエリーが俺に抱きついてくる、よかった、無事だ…。
さて、エリーを泣かした奴は…。
「ケイジ!姉様が!姉様が!」
「ッ! わかった!」
話に聞いていたエリーの姉、この子がアリシャか。
意識が戻らないその姿に危機感を感じ、即座に癒の気で全力で治療を行う。
「はあああああ!」
魔力が濃すぎて魔力中毒になるかもしれない…しかし命に比べれば軽い!
何より彼女の魔力量ならば大丈夫と信じて治癒を行う。
どれくらい時間がたったろうか、彼女の顔色は良くなり、呼吸も戻った。
「よかった…ッ!姉様…!よかったッ!ッ!」
パチ!パチ!パチ!パチ!
そっけない拍手の音が場に響く。
「いやーおめでとう!感動だねぇ!
よかったなあ!エリーシア!…だ~が、さようならだ、エリーシアああ!
目の前で最愛の姉と最愛の人を無残に殺される姿を見て、絶望するがいい!
ぎゃはははははあ!!!!」
「てめえがイグネストか……」
「だとしたら、どうするんだよ愚民がああああ!!!」
男の手から炎の玉が飛んでくる、俺は鼻で笑って弾き飛ばす。
「ぶっ飛ばす!!!!」
俺は力を解放した。
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ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ
以前ケイジが見せてくれた全力。
…この世界のハンターからすれば桁違いのものだろう、やっぱりケイジはすごい…。
そう、思っていた…。
「げははははあ! なかなか強いようだが、所詮は愚民!!!!」
兄から、ケイジよりもさらに強い魔力が、開放された。
「おらああああ!どうした三下があああ!!!」
兄の拳がケイジに突き刺さり、ケイジが吹き飛ばされる…。
ありえ…ない…あのケイジが、超位種にだって!ドラゴンにだって勝ったのに!
「ぎゃはははあ! 残念だったなぁ!俺はこの世で最もSランクに近いんだ!
てめえらごときが束になろうとかなわねえんだよお!!」
煙が立つ中、ケイジがゆらりと立ち上がる…。
頑張れ!助けて!ううん、違う、そんな言葉じゃ、ない。
これは私の問題だ、だから彼をこれ以上巻き込むわけには…だから、逃げて…あなたまで死なれたら……」
「へへ、エリー…声に、出てるぜ?」
「~ッ!」
「エリー、過去は、見れたか?自分を、見れたか?」
「…………。見れたよ、見れた…私は…私は………。」
「おっと、それ以上はいい。
自分を見つめ直せたのなら、今はそれでいい。
そこからどうするかは、これからゆっくり考えていけばいい。
だってお前はもう、まっすぐ見ているんだからな。」
「げははは!だがああ!残念!お前はここで終わりだ!俺に勝てない!」
「…………おいイグネストとやら、それがお前の全力か?」
「ああ?だったらどうし
――――ズン!
言葉で表せばそんな感じだろうか。
ケイジの気が、もう感じることができないくらいに、膨れ上がった。
「リミッター1…解除だ…」
「てめええ!なんだその力はあああ!」
兄がうろたえる、確かになんなのだこの力は、ケイジは、一体…?
「さて、イグネストよ…お前はSランクに近いといったが、全然だな。
お前なんかシールたんの足元にも及ばないぜ?
まあそんなことよりも、だ。
イグネストよ、俺は変身をあと二回残している。この意味がわかるな?」
「なんだ!何なんだその力は!!!みとめん!みとめねえぞおおおおお!!!!」
兄から莫大な魔力が放出され、その身体に纏わせる、そして一気にケイジに近づく。
ケイジはノリ悪いな…的な言葉を発していたが…
「フンッ!トゥイーズィー!」
めしゃあ!
と兄の手を取ったケイジがそのまま兄を地面に叩きつける。
「てめえは楽にはいかせねえ!いくぞおおお!
おーりゃ!おりゃおりゃおりゃおりゃおりゃおりゃおりゃおりゃおりゃおりゃおりゃおりゃおりゃおりゃおりゃおりゃおりゃおりゃおりゃおりゃおりゃおりゃおりゃおりゃおりゃおりゃおりゃおりゃおりゃおりゃおりゃおりゃおりゃおりゃおりゃおりゃおりゃおりゃおりゃおりゃおりゃおりゃおりゃおりゃおりゃ!!」
ケイジの拳が兄へと突き刺さりまくる、兄は空中に浮かんだまま降りてこない。
「おりゃおりゃおりゃおりゃおりゃおりゃおりゃおりゃおりゃおりゃおりゃおりゃおりゃおりゃおりゃおりゃおりゃおりゃおりゃおりゃおりゃおりゃおりゃおりゃおりゃおりゃおりゃおりゃおりゃおりゃ!」
当初逃げようとしていた兄ももはや打たれるがままになっている。
「おりゃおりゃおりゃおりゃおりゃおりゃおりゃおりゃおりゃおりゃおりゃおりゃおりゃおりゃおりゃ!おりゃああああああ!!!!!」
最後は渾身の一撃と共に吹き飛ばされる兄、あれは生ゴミだろうか、燃えるゴミだろうか。
まあ、そんなことはどうでもいい。
わかったのはたったひとつの単純な答えだ…………戦いは終わった。
それだけは確かだった。
「姉様…終わったよ、全部…。
ごめんね、ごめんね…そして…ありがとう…今まで、本当に…ありがとう…!!!最高のお姉ちゃんだったよッ!!~ッ!」
「………………(どうしましょう…目覚めたんだけど、起きるタイミング逃したわ…)」