第三十五章:再び、王の前で
王城の空気は変わらない。
整っていて、無駄がない。
「……静かね」
姫が小さく言う。
「ああ」
俺は短く返す。
前に来た時と同じだ。
何も変わっていない。
――少なくとも、表面は。
玉座の間。
「来たか」
形式ばった言葉はない。
それだけだった。
「はい」
俺も同じ調子で返す。
周囲がわずかにざわつくが、
王は気にしない。
視線が、姫へ向く。
「そちらが、隣国の姫かの」
「はい」
姫は一歩出る。
「このたびは、改めて御礼を」
深く頭を下げる。
王は軽く頷くだけ。
「無事で何よりだ」
それ以上は言わない。
やはり、この件を大きく扱うつもりはない。
「それで」
王が俺に戻る。
「今度は何を持ってきた」
本題は早い。
俺は合図を出す。
箱が開かれる。
中身は――
酒と香辛料、甘味。
「ほう」
王の目がわずかに細くなる。
「食料ではないな」
「はい 足りてますので」
即答。
王は小さく笑う。
「食料はそなたの領のおかげで足りておる。」
今回は“持ってきている”。
そこが違う。
「王様に献上いたします」
俺は言う。
「市場じゃなく、先に上です」
王は黙って聞く。
止めない。
「理由は」
「下からだと遅い」
「上で使えば、勝手に落ちます」
短い説明。
だが十分。
王は軽く頷く。
「……前に言っていたな」
覚えている。
ただの思いつきではないと分かる。
「では」
王は手を上げる。
「試そう」
止める理由がない。
むしろ、
待っていた動きだ。
酒が注がれる。
香りが広がる。
わずかに空気が揺れる。
王は杯を取り、
口にする。
沈黙。
そして――
「……やはりか」
小さく呟く。
「前より整っておるな」
「はい」
改良済みだ。
香辛料も試す。
「これは良い」
即断だった。
「料理が変わる」
「変えるためのものだ」
王は満足げに息を吐く。
「なるほどな」
理解が早い。
説明がいらない。
「回せるか」
「はい」
「量は」
「調整いたします。」
いつも通りのやり取り。
「……よかろう」
王は頷く。
「王家で使う」
決定は早い。
迷いもない。
周囲が静かにざわめく。
それが何を意味するか、
全員分かっている。
姫はその様子を見ていた。
(やっぱり)
この二人は、
話が早すぎる。
説明も、
駆け引きも、
ほとんどない。
なのに――
決まる。
「条件は」
王が一応聞く。
「ありません」
いつも通り。
王は少しだけ笑う。
「変わらぬな」
「そうですか?」
「うむ」
はっきりと。
「大きなことを、小さく扱う」
謁見が終わる。
外へ向かう途中、
姫が言う。
「……早かったわね」
「ああ」
「慣れたからだ」
それだけ。
姫は苦笑する。
「違うわ」
「最初から、こうなるって分かってたのよ」
俺は否定しない。
肯定もしない。
王城の外。
空気は変わらない。
だが――
流れは決まった。
上から始まる。
酒が回り、
香りが広がり、
やがて街へ落ちていく。
その全てを、
当の本人は気にしていない。
そして――
姫だけが、
その意味の大きさを理解していた。




