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最悪の領主に転生した俺、なぜか国を救ってしまう  作者: レモンティー


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第三十四章:広がり始めたもの

数日後。

王都の空気は、わずかに変わっていた。

目に見えるほどではない。

だが――

「……増えてるな」

俺は通りを見ながら言う。

「ええ」

姫も同じものを見ていた。

小さな屋台。

新しく並んだ瓶。

「……あれ、うちの酒よね」

「ああ」

まだ数は少ない。

だが確実に、

“置かれている”。

通りの一角。

簡素な台の上に、果実酒の瓶が並ぶ。

客は――

いる。

多くはない。

だが、ゼロではない。

「……買ってる」

姫が小さく言う。

若い男が一本手に取り、

少し迷ってから金を払う。

その動きはぎこちない。

「慣れてないな」

「当然ね」

姫は頷く。

「こういう“余分”を買うの、久しぶりなんだもの」

さらに歩く。

別の店。

焼き菓子が並んでいる。

子どもが一つ、指をさす。

母親は少し迷い――

買った。

「……」

姫はその光景を黙って見ていた。

子どもが笑う。

それだけのこと。

だが――

「十分だ」

俺は言う。

「ええ」

姫も同意する。

たった一つでいい。

“きっかけ”としては。

「動き始めたな」

俺は淡々と呟く。

「まだ小さいけど」

「小さい方がいい」

即答だった。

「広がりすぎると、反発が出る」

姫は少し驚いたように見る。

「……そこまで考えてるのね」

「考えるほどでもない」

いつも通りの調子だった。

だが内容は、

明らかに“設計”だった。

市場に戻る。

商人たちの様子も変わっていた。

「追加で頼めるか?」

「あの菓子、もう少し数を増やしたい」

声がかかる。

ほんの数日前とは違う。

“様子見”から、“試行”へ。

そして今――

“継続”に変わり始めている。

「量は段階で増やす」

俺は答える。

「急ぐな」

「……分かった」

商人も素直に頷く。

もう警戒は薄い。

代わりにあるのは、

“利益の匂い”だ。

その様子を見ながら、

姫はぽつりと呟く。

「……誰も言わないのね」

「何をだ」

「あなたがやってること」

感謝でも、評価でもない。

もっと単純な話。

“変化の原因”について。

俺は肩をすくめる。

「言う必要がない」

「……そう」

姫は苦く笑う。

確かにそうだ。

市場は結果で動く。

理由では動かない。

だが――

姫だけは知っている。

この変化が、

偶然ではないことを。

あの領地で生まれた余剰が、

ここに流れ込み、

そして今、

“文化”に変わり始めていることを。

「……やっぱり」

小さく呟く。

「何がだ」

「普通じゃないわ、あなた」

俺は短く返す。

「そうか?」

「ええ」

今度は迷いなく。

「だってこれ――」

少しだけ言葉を探して、

そして言う。

「“豊かさ”を広げてるもの」

俺は少しだけ考えて、

「違うな」

と否定する。

姫が首を傾げる。

「じゃあ何?」

答えは簡単だった。

「余ってるものを流してるだけだ」

それだけ。

いつも通りの答え。

だが――

姫はもう否定しない。

「……そういうことにしておくわ」

小さく笑う。

王都は変わらない。

飢えてもいない。

困ってもいない。

だが――

ほんの少しだけ、

人が立ち止まるようになった。

ほんの少しだけ、

余分を手に取るようになった。

そしてその変化は、

誰にも騒がれないまま、

静かに広がっていく。

姫だけが、

その意味を知っていた。

そして――

当の本人だけが、

何も気にしていなかった。


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