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最悪の領主に転生した俺、なぜか国を救ってしまう  作者: レモンティー


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第三十一章:知られない価値

朝。

村はいつも通り動いていた。

畑では人が働き、水路では水が流れ、倉庫では穀物が運ばれている。

変わらない光景。

――少なくとも、彼らにとっては。

「これ、今日の分だ」

「こっちは王都行きだな」

「積みすぎるなよ、崩れるぞ」

農夫たちは手際よく作業している。

そこにあるのは“仕事”であって、“偉業”ではなかった。

少し離れた場所で、姫がその様子を見ている。

黙って。

ただ、見ている。

「……当たり前、なのね」

小さく呟く。

誰にも聞こえない声。

昨日の言葉が、まだ胸に残っている。

――助かった人が、たくさんいる。

だがここでは、それは語られない。

語る必要がない。

「そっち持て!」

「おう!」

笑い声が上がる。

誰も誇っていない。

誰も特別だと思っていない。

ただ、今日の作業をしているだけだ。

姫は少しだけ目を伏せる。

「……知らないのね」

その事実に、違和感を覚える。

王都なら違う。

一つの政策、一つの供給で、誰が救ったかが語られる。

名が立つ。

功績になる。

評価される。

だがここには、それがない。

「姫様」

執事が静かに声をかける。

「お休みのところを申し訳ありません」

「いいえ」

姫は顔を上げる。

「……いつも通りなのね」

「はい」

執事は頷く。

「この領では、“余っていること”自体が日常ですので」

姫は少しだけ苦笑する。

「それがどれほどのことか、分かっているのは外だけ、ね」

執事は何も言わない。

否定も、肯定もしない。

その頃。

倉庫の中。

「領主様、これどこに回します?」

農夫が気軽に聞く。

俺は積まれた麦を見る。

「余ってる分は王都行きでいい」

「了解」

それだけだ。

感慨も、ためらいもない。

ただの判断。

姫がその様子を見ている。

少し離れた場所から。

「……やっぱり」

小さく呟く。

「分かってないのね」

その言葉には責める響きはない。

むしろ逆だった。

どこか、呆れに近い。

そして――少しだけ、安堵。

夕方。

焚き火の前。

村人たちは今日も食事をしている。

穏やかな時間。

「今日もよく働いたな」

「腹減った」

「余ってるんだ、食え食え」

笑い声。

そこには、飢えの影はない。

姫はその輪の外で座っている。

少し距離を置いて。

その光景を見ている。

「……この人たち」

ぽつりと呟く。

「自分たちが何をしているのか、知らない」

だがそれは、責めるべきことなのか。

少し考えて――

首を振る。

「違うわね」

静かに言い直す。

「知らないから、続いている」

足音。

俺が隣に座る。

「何見てる」

「あなたの領地よ」

「そうか」

短いやり取り。

姫は少しだけ視線を横に向ける。

「ねえ」

「何だ」

「あなた、自分が何をしたか分かってる?」

俺は少し考えてから答える。

「食えるようにした」

それだけだった。

姫は目を細める。

「……それだけ?」

「それ以上でも、それ以下でもない」

沈黙。

焚き火がはぜる。

姫はゆっくりと息を吐く。

「やっぱり、分かってないのね」

「何がだ」

「あなたが動かしたもの」

俺は答えない。

興味がないわけではない。

だが、優先順位が違う。

姫は焚き火を見る。

揺れる火。

安定した熱。

「国が一つ、救われたのよ」

小さく言う。

俺は肩をすくめる。

「大げさだな」

その一言で終わる。

姫は少しだけ笑う。

呆れたように。

だがどこか、納得したように。

「……そういう人だったわね」

夜。

星が静かに広がっている。

村は穏やかだ。

だがその裏で、

誰にも知られないまま、

確かに何かが変わっていた。

それを知っているのは――

ただ一人だった。

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