第二十章:毒の疑い
隣国に、報告が届いた。
「姫殿下が“毒草”を口にした」
その一文だけで、十分だった。
王城の空気が変わる。
「……何だと?」
重臣の一人が、低く呟く。
報告書には続きがある。
“異国の都市にて栽培された赤い果実”
“現地では食用とされている”
“姫自ら試食”
だが――
そこに書かれていないことの方が、重要だった。
「止める者はいなかったのか」
「記録にはありません」
沈黙。
そして、誰かが言う。
「誘導されたのでは?」
その一言で、方向が決まる。
「……つまり」
「姫は毒を盛られた可能性がある、と」
言葉は柔らかい。
だが中身は断定に近い。
別の重臣が口を開く。
「例の領主だな」
「あの“我が国に食糧支援をした”」
「得体の知れない手法で統治している男か」
空気が、じわじわと固まっていく。
「偶然とは思えんな」
「ええ」
「意図的でしょう」
結論は早かった。
証拠はない。
だが、“都合のいい解釈”は揃っている。
「民にも知らせるべきだ」
「姫が危険に晒されている、と」
「保護の名目で、帰国を促すべきでは」
そして――
最も静かな男が、口を開く。
「……いえ」
全員がそちらを見る。
「むしろ、逆です」
「帰国させる必要はない」
「なに?」
男は淡々と言う。
「向こうに“責任”を負わせましょう」
一拍。
「毒を食わせた疑いがある国」
「その印象だけで十分です」
空気が凍る。
だが、否定する者はいない。
「……なるほど」
「交渉材料になるな」
「謝罪、賠償、あるいは……」
言葉は濁された。
だが意味は明確だった。
圧力。
支配。
介入。
「よろしい」
上座の人物が、ゆっくりとうなずく。
「では、この件は――」
静かに宣言される。
「“外交問題”とする」
その瞬間、
ただの食材は、
国家間の火種に変わった。
同時刻:都市国家側
「……来たか」
俺は手紙を見て、ため息をつく。
姫は向かいに座っている。
すでに内容は知っている。
「“毒を食わせた疑い”」
読み上げる声は、やけに落ち着いていた。
「予想より早いですね」
「だな」
俺は紙を机に置く。
「どうする」
姫は少しだけ考える。
政治家の顔になっている。
「三つ、選択肢があります」
指を一本立てる。
「否定」
二本目。
「説明」
三本目。
「利用」
俺は笑う。
「最後が本命か?」
姫は否定しない。
「ええ」
その目は冷静だった。
「これは“誤解”ではありません」
「“意図的に作られた状況”です」
「ならば――」
一拍。
「こちらも、利用すべきです」
風が窓を揺らす。
「どう利用する」
姫は静かに言う。
「証明します」
「何を」
「毒ではないことを」
間。
「そして」
少しだけ、表情が変わる。
ほんのわずかに、挑戦的に。
「“こちらの方が正しい”と」
俺は眉を上げる。
「ずいぶん強気だな」
「当然です」
即答。
「民を飢えさせている側と」
「救える側」
「どちらが正しいかは明白です」
沈黙。
そして俺は、少しだけ笑う。
「いいな」
椅子にもたれながら言う。
「戦争じゃなくて済みそうだ」
姫もわずかに笑う。
「ええ」
そして、静かに続ける。
「これは“食料戦”です」




